第05話:男たちの闘い
マリエが正式な探索者になり、
紫紺の戦乙女たちが指名依頼を受けた日から、一夜明けて――
再び場所は、対魔組合。
業務が開始されたばかりの時間。
受付前には、むさくるしい男連中が集まっていた。
現実には「紫紺の戦乙女」のような女性の探索者は少なく、
こういう男だらけの対魔組合が正しい姿ではあるのだけれども。
さて、ここ対魔組合には最も重要な業務がある。
それは毎日午前中に「一組の最終ボス挑戦者を送り出すこと」である。
これは過去、組織名が対魔組合となる前、
ダンジョンと、当時の魔物ハンター組合との間で交わされた最優先事項。
付け加えれば、これこそがシェリルのダンジョンの存在意義そのものであり、
このために対魔組合ダンジョン探索部門が組織されたと言っても過言ではない。
それほどまでに重要な日課なのである。
ということで――
今日は、ノルンがその挑戦者の予定だったのだが……。
◇ ◆ ◇
バルドが相棒のドライクと共に、
今日の最終ボス挑戦者の変更手続きをしていると、横から声をかけられた。
「あんた、大地の勇者だな。勝手に隣りで聞いちまって悪いが……。
今日これから、あの最終ボスに挑むんだろ。すまねぇ、俺もまぜてくれねぇか」
いかにも探索者という風貌の中年男の顔は、相棒のほうを向いている。
その横顔に見覚えだけはあったが、いつどこで会ったのかは思い出せなかった。
「俺はキサルイのミゲルってもんだ。
それなりに名前は知られているはずなんだが……」
その名前は聞き覚えがある。
有名なAランク探索者だが……それだけじゃない。
確か、あのキサルイ軍進攻事件が始まる直前、
ここのダンジョン攻略を同時目標にして、奴らが送り込んできた探索者集団。
そのリーダー格の一人として、この組合に来ていたはず。
あの時に見た顔なのか――と、
バルドがいま一度、男の顔を確認すると、確かに記憶にある顔だった。
そこで相棒に「うむ」とうなずいてみせる。
「足手まといになるつもりはねえ。それに資格ならある。これを見てくれ」
そう言ってミゲルと名乗った男は、腰のバッグに手を突っ込み、
中年の男に似合わない、手のひらサイズの可愛い人形を取り出した。
それはシェリルの姿をかたどった、最終ボス部屋までの通行手形。
世界で五十人程しか持ち主のいない、最強への挑戦権を証明するもの。
むさい男の顔と、可愛い人形を交互に見て、「ふむ」とバルドは答える。
「確かにそうだな……おまえがキサルイのミゲルさんか。
その実力も聞いているさ。どうする、勇者さん」
「バルド、ここで俺をそう呼ばないでくれ」
「おい、ドライク。ノルンに言ってたんだろ、
シェリル様に挑めるようになったら、もう一度勇者と名乗るって。
前回の挑戦でその宣言を達成したんだから、堂々としていればいい」
大地の勇者ドライク。ノルンの師匠。
この地に来る前のシェリルを知り、かつ何度も戦いを挑んだ過去を持つ。
その時だけはノルンを連れずに一対一。
最強魔族少女相手に勇者の全力をぶつけて、互いに楽しみながらの腕試し。
しかし彼は、とある事件でその能力の大半を失ってしまう。
「それは、そうだが……」
その事件が巡り巡って、この地でシェリルに再会。
失った力を取り戻して彼女に再挑戦しようと修行に励み、
知り合ったバルドと新しくパーティを組んで、どうにか探索者Aランクに。
勇者であれば、元々、探索者としてはSランク。
当時と比べて、現在の力は遠く及ばない。
「なら、いいじゃねえか。
ぐだぐだ言ってると、ノルンだって安心して出張に行けないぜ」
結果、不満足に終わった前回を反省して、
次の挑戦は、もう一度念入りに修行をしてからと考えていたのだが、
突然ノルンから、今日の最終ボス挑戦を代わって欲しいと頼まれたのだ。
「まぁ、いい。ミゲル君か。俺が勇者だと知っているようだが、
すまないが、今の俺には君が思っているような能力はない」
ちなみに、本人曰く、ノルンの師匠とは名ばかりで、
出会った当時、まだ十歳だった赤毛の少女は最初から別格の強さを持ち、
その「化け物」じみた実力を本人が隠したがっていたので、
気づいていない振りをしていた――と、いうことらしい。
「あぁ、それも知っている。俺はそういう情報が入って来る立場だったからな。
というか、立って歩くのもやっとの状態になったって聞いてたんだが。
それがいま、もうあの最終ボスに挑めるってのを見て、驚いているところだ。
もしかして、俺の情報が間違っていたのか?」
あごに手を当て、首をかしげるミゲルの疑問に、苦笑するバルド。
「いや、その情報は合っている。俺も驚いているくらいだからな。
まぁ、勇者は腐っても勇者ってことなんだろうよ」
「バルド、もう勇者の話はいいだろう? それよりも、ミゲル君。
知ってのとおり、今の俺はシェリルさんを満足させるには、少し力不足だ。
その分を補ってくれるのなら、歓迎するよ」
「ありがてぇ。とはいっても、
俺だって、あの最終ボスを倒せる実力はないけどな」
「それは当たり前だ」
「それができる奴がいたら、是非お目にかかりたいな」
三人の中年男が笑い合う。
◇ ◆ ◇
シェリルのダンジョン、最終ボス部屋。
「あれっ? 今日はノルンじゃなかったっけ……?」
「今日は用事ができたから、代わってくれと頼まれました」
「うん、わかった。じゃあ、やろうか。
我が直々に相手をしてやろう! かかってこい!」
「まぜてくれたお礼だ、俺が先鋒になる」
「シェリルさんを相手に、それは抜け駆けと言うんだよ」
「二人とも元気だな」
◇ ◆ ◇
あの時から、かなり経っちまったから、
こっちのことなんぞ忘れちまってるだろうが、俺は覚えているぜ。
ミゲルは二度目の挑戦を、あえて前回と同じ手から始める。
ひとつ違うのは、あの時は一緒に戦っていた奴から強化魔法を受け取り、
能力の底上げがされていたってこと。
だが今は、自前の強化魔法だけで、
あの時を上回る速度と威力を出せるようになっている。
そこまでは鍛えてきたからよ。見てくれや。
細剣を構えたミゲルの姿が、高速移動で一瞬消える。
次に現れたのは最終ボスの側面。細剣を突き出した格好で止まっている。
笑顔のシェリルが左手で細剣の先を摘まんでいる。
「ここまでは同じだな…………、爆炎!」
そう叫んで、左手から球形に圧縮された炎を放つ。
炎球の向かう先にいたはずのシェリル、その姿はすでにそこにはない。
だが確認する暇も、考える時間もない。
すぐさま身体をねじる、強化した肉体すら悲鳴を上げる速度で。
「ぐうっ!」
轟音が通り過ぎるのを脇腹に感じながら、
自由になっている細剣を、おそらく最終ボスがいるはずの場所に突き入れる。
それは空振り。いや避けられたのか。それすらもわからない。
だがそこに居ないのなら、ここしかない。
これをっ!
「爆炎っ!」
一瞬、最終ボスの顔が見えた。笑っていた。
そして陽炎のような何かが目の前を通りすぎ、
放った魔法の炎球が、進むはずだった方向から直角に向きを変える。
ミゲルの爆炎をシェリルが手で払いのけたのだ。
「強くなったね」
ミゲルの耳に届いたその声は幻聴だったのかもしれない。
彼の視界は急速に回転を始め、遅れて感じる脇腹への衝撃。
「ぐおっ!」そのまま何度も地面をバウンドする。
遠ざかるシェリルの姿。
自分の放った炎球が入口側の壁に命中し、爆発しているのが見える。
何とか体勢を立て直したのは、四回目に地面に落ちた時。
足から着地し――、
抗し切れていない勢いを地面との摩擦で押し込め、ようやく静止する。
「なんだ、覚えてんのかよ」
唇の端を笑みの形に歪める。
ミゲルはまだ戦える。
◇ ◆ ◇
シェリルがミゲルに向けて「強くなったね」と唇を動かしたのが見えた。
軽く嫉妬を感じながら「次は俺だな」と、ドライクは自分の戦いを始める。
ミゲルと変わらない速度でシェリルの背後に回り、
ようやく手に馴染んできた銘のない大剣を振るう。
もちろん避けられることは想定済み。しかしシェリルの回避は眼で追えない。
声にならない声で「岩槍陣」と魔法発動の言葉を唱える。
地面から、彼の身長程の石の槍が、彼の周囲を守るように十本。
世間から大地の勇者と持てはやされていたころには、
この部屋を覆い尽くす程も生み出すことができた槍が、たったこれだけ。
いや、前回は使えなかった魔法が、もうこんなにも。
そのうちの右後方にある二本が砕かれるのに合わせ、
振り向きざまにそちらに向けて大剣をはらう。
突然上に向かう衝撃が剣に加わり、押さえ切れず両手が上がる。
がら空きにしてしまった腹に、轟音が向かってくる。
耐えろ!
腹筋に力を込める。
言い方を変えると――魔法強化済みの腹に、さらに魔力を注ぎ込む。
その分を計算したかのような衝撃が腹部を襲い、
背後にある自分が生み出した石の槍を砕きながら、巨体が後方に飛ばされる。
体重差二倍は優にある身体を、ただの拳の一撃でいともたやすく。
足が地面から離れ、勢いを減ずることができず、宙を舞う大地の勇者の身体。
出来ることは壁に激突する前に態勢を立て直し、
身体全体のバネを使い、垂直の壁に両足で着地することだけ。
「ぐっ!」
以前ならば、この体勢のまま壁を蹴り、次の攻撃に移れたのだが、
今は喰らったダメージが大きすぎて、そのまま地面に落ち、膝をついてしまう。
顔を上げると、ミゲルが再び挑みかかっていて、そこにバルドも加わっている。
中年男二人の攻撃を楽しそうにさばいているシェリル。
ノルンに代役を頼まれなければ、なんだかんだと理由をつけて、
シェリルさんに再挑戦するのをためらっていただろう。
前回の戦いはそれほどまでに酷かった。
シェリルさんを楽しませることが全く出来なかった……そう思っていた。
だが、こうして最終ボス部屋に立ち、それが間違いだと気付かされた。
いまならわかる。
あの時も、あの魔族の少女はああして笑顔だった。楽しんでいた。
そして……今も楽しんでくれているのだと。
大地の勇者ドライクも、今の戦いを楽しんでいた。
◇ ◆ ◇
まったくよくやるなあ。
バルドは二人の男が、魔族の少女に同じように腹をぶん殴られて宙を舞って、
それでいて笑顔でいるのを呆れながら見ていた。
思った通りだ。
あのミゲルってやつの眼は、ドライクと同じ眼をしていたからな。
強さを求め続けて、あの魔族少女の強さに魅せられた眼。
だから奴の参加を認めたし、相棒も同じことを思ったんだろう。
まぁ、俺の眼も、あんな眼をしているんだろうな。
そしてこれから、あの二人と同じことをされて、同じ顔をするってことだ。
ミゲルが再び挑みかかる瞬間に合わせて、
バルドも自分の身体を魔法で強化、愛用の両手斧で攻撃を仕掛ける。
この歳になって、肉体と武器の強化魔法を覚えるとは思ってもいなかった。
つい、力を失くした勇者の訓練に付き合ってやってたら、
身体全体を使って魔法を発動させる方法――
世に言う「肉体呪文」ってやつを、無理やり覚え込まされることになるとはな。
そのせいで別の世界が開けちまった。
へへへっ。
バルドも戦いの最中に笑っている。
◇ ◆ ◇
シェリルに挑むための資格は探索者Aランク以上。
このレベルになれば――
魔物をちょちょいと倒して、その魔石を売れば生活に困ることもない。
大所帯の探索者グループのリーダーにだってなれる。
貴族に仕えれば特別待遇されて当たり前。
悪に走れば、民衆を恐怖のどん底へ叩き落すことだって可能だ。
半面、シェリルと戦って得られるものはない……ひとつを除いて。
一応、このダンジョンの最終ボスを攻略すると、
巨大転移魔法石(ソラ渾身の作)が手に入るという触れ込みだが、
シェリルの強さを知ってしまえば、それが不可能だと思い知ることになる。
だというのに……男たちはシェリルに挑むのを止めない。
毎日誰かしらかが、足腰立たなくなるまで打ちのめされて、
それでも満足した顔で、帰りに回復の温泉で傷を癒すのであった。
たったひとつ手にするもの……、
全てをぶつけて戦ったという、ただの自己満足だけを胸に。
これがシェリルのダンジョン……午前中の日課である。
第05話、お読みいただき、ありがとうございます。
次回は「楽しい旅行に出発だ(1)」
領主の護衛任務で旅立つ紫紺の戦乙女たち。
こんな時に何も起こらないはずがない……です。
次回更新は2月11日の予定です。




