第04話:探索者のお仕事(2)
その日、おやつ時のマリエの店。
いつものように留守をシロとクロに任せて、
甘味を食べにシェリルとソラが空間転移してきたのだけど、
いるはずの元気な少女の姿は、そこにはなかった。
「マリエちゃんがいない……」
「正式な探索者登録と、あのマルスライムの使い魔登録とか、
組合でいろいろ手続きがあるんじゃないですかね。
初めてのダンジョン探索で緊張して疲れてもいるでしょうし、
今日くらいは、ゆっくりと休んでもらった方が、いいんじゃないですか」
「うん……そうだね」
ソラの説明に、納得はしつつも寂しそうな顔のシェリル。
しかし、それよりも目立つのが、一人と一体の奇妙な格好。
ヤトカイの町に来ている主と従者は、いわゆる「変装」というものをしている。
それも全身で。
ただし、その理由は単純明快「シェリルが魔族だから」である。
魔族がいることで、町があらぬ疑いをかけられてしまうから、である。
現に、そのことが過去に、
ヤトカイの町の大事件「キサルイ軍進攻事件」の発端にもなっていた。
このため、町に出向く時には、必ず変装するようになったのである。
その姿は、顔の部分だけがぽっかり空いた猫の着ぐるみ。
シェリルは三毛猫。ソラはその身体にあった小さな茶猫姿。
名前も、シェリルは「キャリコ」と名乗り、ソラは「ブラウン」である。
ちなみに、シロは白猫で名は「ホワイト」、クロは黒猫で「ブラック」だが、
あまりダンジョンから出ることがないので、日の目を見ることは少ない。
そして、この姿の時、シェリルたちは自らをこう名乗る。
さすらいの武闘家集団ピンクキャット――と。
「あんみつ二つに、お土産にも二つ」
「あいよー」
少し元気のないシェリルの注文に、マリエの母親――マイカが明るく応える。
実は、この少し前――
シェリルたちの知らない処で、マリエたちの状況に大きな変化が訪れていた。
◇ ◆ ◇
「わ、わたし……ここにいちゃダメ……ですか?」
マリエが心細い声でそう言った。
ここはヤトカイの町――対魔組合、その本館の応接室。
◇ ◆ ◇
初心者の部屋で魔物を倒した。
最初、緊張したけど、知らないうちに身体が動いて、
気がついたら、驚いた顔のシオリさんと、
すっごくいい笑顔のアカネさんと、得意げな顔のノルンお姉ちゃん。
わたしの目標達成を、みんなが喜んでくれた。
これで、わたしもちゃんとした探索者だ。
そして友達になってくれたマルスライム。
紫色のからだが、わたしたちのパーティ『紫紺の戦乙女』の色とおそろい。
もう名前は決めた。命名「ポンタ」――理由、ぱっと閃いたから。
今は帽子のふりして、頭の上で大人しくしているけど、
なんだか、ほわほわした感じが伝わってくる。
多分だけど安心しているんじゃないかな。なんかつながっている気がするから。
それから、ダンジョン前のお店で、
お昼ご飯にお肉いっぱいのサンドイッチを買って、帰り道を歩きながら食べた。
お行儀が悪いと思ったけど、
探索者は、いつ、どんな所でも食べられるようにしなきゃだから。
◇ ◆ ◇
あれからシオリたちはヤトカイの町に戻り、
マリエの探索者本登録という今日一番の目的を果たすため、
ダンジョン探索者等を統括する組織「対魔組合」を訪れていた。
ちなみに、対魔組合の正式名称は「対魔関連業合同組合」
ヤトカイの町の近くにある魔物の森、
その魔物を狩る仕事を統括する「魔物ハンター組合」が古くからあり、
そして昨年、シェリルのダンジョンができたことで、
合同組織「魔物ハンター・ダンジョン探索合同組合」となり、
のちに改名され、正式に採用された組織の名前である。
そこでまずは、マリエの本登録。これで彼女も晴れてEランク探索者。
続けて、ポンタの使い魔登録――魔物を従える場合に必須――も終わらせる。
すると――
受付嬢から、紫紺の戦乙女宛てに「指名依頼がある」と云われ、
全員で通されたのが、受付の右、通路を挟んだ先にある応接室。
しばらく座って待っていると、
組合のお偉いさん二人が、部屋に入ってきたのである。
◇ ◆ ◇
(……なぜ、マリエがいるんだ。
まだ彼女たちの正式なメンバーじゃ、なかったはずじゃないか?)
(……俺も知りませんよ、でもマリエちゃんの扱いは特に慎重にすべきかと。
この組合の最重要人物と言っても過言じゃないんですから。
失敗して、シェリル様の機嫌を損ねてしまえば大問題ですよ)
マリエの姿を見て、なにやら部屋の隅でコソコソと話し始めた二人。
しかし、その声は、マリエ以外の三人の聴覚には丸聞こえだった。
リーダーとして、シオリが苦言を呈する。
「タバサ組合長、グレイ。何をそこで、ひそひそ話しているんですか」
一人は女性、この組合の長であるタバサ。
肩にかからない長さで切り揃えている黒髪。整った顔立ち。
二十代前半と云われても納得しそうな容姿だが、
黒い瞳の奥にある輝きが、役職に相応しい威厳を見る者に与える。
だから……今みたいに、うろたえる姿を見せるのは珍しい。
「あぁ、す、すまない」
そしてもう一人は男性、名前はグレイ。
若さに似合わず、タバサの片腕として働く対魔組合の部長代理。
そして、シオリとは恋人同士の関係。
そろそろ付き合いだして一年だが、その仲がどの程度進展しているかは不明。
「シ、シオリ……、マリエちゃんは、
その……、君たちの正式メンバーになったのかい?」
「そうよ、午前中にマルスライムの魔石をとってきてね。
それと、気づいてないようだから言っておくけど、
ここにいるの、マリエの使い魔になったマルスライムだから。
シェリル様のダンジョンだと初めてだって、受付のルミアさんが言ってた」
「そ、そうか……」
「その態度、やめてくれない? マリエが不安に感じてるから」
どちらかというと、
恋人同士の不穏な雰囲気を感じ取って、おどおどしているマリエ。
その頭の上では、帽子に擬態しているポンタがプルプルと身を震わせている。
「わ、わたし……ここにいちゃダメ……ですか?」
「はいはーい! みんな、やめるっすぅ。
マリエちゃんは、あたしたち『紫紺の戦乙女』のちゃんとしたメンバーっす。
それにシオリさんも、グレイさん相手に、ギスギスしないでほしいっすよぉ」
「タバサさんもグレイも、何かあるのならはっきり言って。
今回の指名依頼って、組合が直接噛んでいるの?」
場の雰囲気を変えようとするアカネとノルンの言葉を受けて、
気持ちを切り替えたタバサ。
普段の凛々しさを取り戻し、姿勢を正してシオリたちと向き合う。
「そうだな。マリエ、そしてシオリ、すまなかった。正直に話そう」
シオリたちの正面に、タバサとグレイが並んで座る。
「今回の依頼はシオリ、アカネ、ノルンの三人を想定していたのだ。
そこにマリエを含めるかどうかは、こちらが決めることではなかったな。
改めて『紫紺の戦乙女』に対して依頼内容を伝える。
その上で、参加人員をそちらで判断してくれ」
「わかりました」
「マリエちゃんは、もう正式な探索者なんすから、
もっと、どっしりと構えていればいいっす」
「そこらの探索者より、マリエちゃんのほうがずっと優秀なんだから。
なんたって、わたしが鍛えたんだからね」
「……はい!」
アカネとノルンの励ましで笑顔を取り戻したマリエ。
頭のマルスライムはやっぱりプルプルしている。
もしかしたら、そのプルプルには感情の変化による違いがあるのかもしれない。
あくまで、もしかしたらだけど。
「今回の依頼は――」
タバサが語った依頼内容とは、ある人物の護衛任務。
その、ある人物とは――ヤトカイの町の領主だった。
◇ ◆ ◇
ヤトカイの町の領主――名前はライル。若干十五歳の少年。
一年前、シェリルのダンジョンが現れた時、
友好関係を結ぶ最終決断を下したのは彼である。
だが、それが原因で、東の大都市キサルイに隙を与えてしまい、
三千の兵に町が包囲された「キサルイ軍侵攻事件」は記憶に新しい。
町の内部に裏切り者を出しながらも、どうにかこれを撃退。
停戦協定で、老獪な大貴族を前に堂々と渡り合った彼の姿は、
とても十代の少年には見えなかった――というのが関係者共通の認識である。
◇ ◆ ◇
事情を説明するタバサの話を、マリエは静かに聞いていた。
「ライル様は、学術都市クリアトルにある、総合学科の学校に在籍していてな。
領主になられるときに、そこを休学して町に帰ってきている状態なんだ」
マリエは領主のライルとは面識がある。
シェリルのダンジョンができたころ、
町が主催したダンジョン観光ツアーに両親と一緒に招待され、
そこにライルも参加していたのだ。
そういえばあの時、シオリさんもアカネさんも、
目の前にいるタバサ組合長とグレイさんもいたんだっけ。
あと、ここにはいないバルドさんも。
「その後、領主になられたあと、運悪く体調を崩されたりもしたが、
今ではすっかり良くなったのは、皆も知っているだろう」
領主さまは車椅子に乗っていて、
自分がはしゃいでいる近くで、優しい目をしていたのを覚えている。
一緒にお世話係の人がいたから話す機会はなかったけど。
「それで、執務も、町のほうも落ち着いてきたので、
一度、学術都市に戻って、学校を卒業してきたいと希望されている」
先日の、ダンジョン新区画のお披露目式典で、
遠目から見た時には、あの時と違って元気な姿を見せてくれた。
それに、優しい感じは変わらずにそのままだったので嬉しかった。
「私たちも、少し休暇の意味も込めて、
領主さまに旅行にでもと考えていたところなので、是非にと賛成してな」
自分と少ししか年齢が違わないのに、しっかりしていてすごいなぁ。
町の人で、領主さまを悪く言う人もいないし――と、
そんなことをマリエが考えているうちに、タバサの説明は終わる。
「――と、いうことで学術都市に行って、
向こうで滞在して帰ってくるまでの間、ライル様の護衛をして欲しい」
ダンジョン探索者といっても、
その強さを買われて、ダンジョンに関係のない依頼がくることも多い。
特に、こういった護衛任務だ。
その詳細を、対魔組合部長代理のグレイが補足する。
「学校側からの連絡で、おそらく二十日も通えば問題ないらしい。
ライル様が在籍していた頃、成績が抜群だったらしくてね」
「年単位じゃないのね」
「そう。行きに五日、向こうで二十日、帰りで五日。
余裕と休日と、もうひとつの件でプラス十日。
都合四十日前後の拘束になる予定。出発は明後日の朝」
「その、もうひとつって何?」
「途中にあるタンガクの町で、盗賊が頻繁に出没する話が届いてね。
それがどうにも手ごわい相手らしくて……探索者ランクで言うと、
Cランクとか、中にはBランクとかいうレベルがいるらしい」
「それは……確かに普通の町じゃ、どうにもならないっすねぇ」
「で、この町にヘルプが来たから、今回の行きの日程で対応をお願いしたい。
領主さまも了承済みだからね」
「それで私たち……というか、ノルンね」
シオリの言葉に合わせて、
組合長のタバサが、ちらりとノルンに視線を向けて口を開く。
「この町で戦闘能力が一番高いのは、
町の英雄ノルンだというのは誰も異論がないだろう」
ノルンは過去、魔物の森のヌシ(推定Sランク)をひとりで仕留め、
その功績を讃えられている。
「そしてシオリとアカネの二人は、
旅や異郷の地で暮らすことを厭わない経験と、探索者Bランクの実力がある」
シオリとアカネはヤトカイの町出身ではなく、
幾つもの土地を渡り歩き、ようやく居心地の良いこの町に辿り着いていた。
「付け加えると、学術都市クリアトルにも、少しきな臭い噂が流れている。
これは、あくまで噂でしかないが、用心するに越したことはないだろう」
タバサが対面に座る、マリエを含めた四人の顔を順番に見る。
「この任務に相応しいのは、『紫紺の戦乙女』のパーティ以外、他にはない。
それが君たちを指名した理由だ」
◇ ◆ ◇
紫紺の戦乙女たちは指名依頼を受諾した。断る理由もないからだ。
その後は、対魔組合の受付前の椅子に座って話し合う。
口を開いたのはシオリから。
「最初に言っておくけど……マリエ、一緒に行こうね」
「えっ……」
「私たち『紫紺の戦乙女』は、もう運命共同体。
依頼を受けたら一緒に行動する。作戦で別行動はありだけどね」
「いいんですか」
「あたりまえっす」
「だから、マリエが行けないって言っても連れて行く。
マリエに行くなって人がいるなら私たちが説得する。
必要があれば排除だってしちゃうよ」
「まずは親御さんの説得っすね。ノルンに頼んだ方がいいっすかね。
一緒に暮らしていたこともあるんだし」
「うん、それはいいけど……たぶん、そっちは大丈夫じゃないかなって。
マリエちゃんのお母さん、マリエちゃんが探索者になるの凄く賛成していたし。
なんか若いころ魔物ハンターだったみたいよ」
「そうらしいです。あんまり話してくれないんですけど」
「で、マリエちゃんのお父さん、お母さんの言いなりだし」
「店の手伝いは大丈夫なの?」
「それは、どちらかというと……、
わたしがお願いして手伝わせてもらっていたって感じで。
お母さんがいるからお店は大丈夫で、
探索者が忙しくなったら、そっちに専念しなって言われてるくらいで」
「じゃあ、問題ないっすね!」
「そうね、みんなでマリエの両親に話をしましょう。
マリエが正式に探索者になったこと、ポンタが仲間になったこと、
そして今回の依頼のこと」
その後、マリエの両親から「可愛い子には旅をさせろ」と承諾をもらって、
さっそく、明後日の出発準備を始める『紫紺の戦乙女』であった。
第04話、お読みいただき、ありがとうございます。
次回は「男たちの闘い」
シェリルに戦いを挑む男たちの話……です。
今後は、週二回の更新を予定しています。
次回更新予定は、2月7日です。
よろしくお願いします。




