スナフキンの帽子②(中編)
私たち〈編み人知らず〉によるご自慢の山高帽は、フィンランドはトーべ・ヤンソン美術館に保存された世界に唯一現存する〈スナフキンの帽子〉を、その生地から微妙なシルエットに至るまで完全にコピーしたものです......というのは真っ赤な嘘です。
そもそも私たちは、フィンランドにトーべ・ヤンソン美術館なる建物が存在しているのかどうか知りませんし、あらためてそれを調べようとも思いません。そのための旅行に必要なチケットの購入先を探したりもしません。嘘か誠か世界で唯一存在しているらしい〈スナフキンの帽子〉だって見たことも触れたこともありません。
それでも、もしも本当にトーべ・ヤンソン美術館が世界のどこかに存在しているのなら、いつの日か私たちはその地を訪ねてみたいと思います。お手製の〈スナフキンの帽子〉をみんなで頭にかぶって。
でもそれは叶わない夢物語のようです。飛行機に乗った放浪好きの団体客だなんて。考えただけでもなんだかゾッとします。
だから私はいつも一人で想像するだけで済ませるんです。空想こそは放浪の旅にお似合いの孤独な旅人たちの友人です。
私は頭の中で空想します。もしも遠い外国の地でついにオリジナルに対面した私たちの手によるコピーの山帽子は、そのときいったいどんな顔をするのかと。頭の上で緊張して打ち震えるのでしょうか。まるで百獣の王ライオンを目の前にした子猫みたいにかしこまって。
以前、サザビーズのオークションで世界的に有名な物語コレクターが蒐集した〈七つしか世界に現存しない最古のスナフキンの帽子〉の一つが出品され、記録的な高値で取引されたのは記憶に新しいところです......というのもじつは私がさっきこしらえたばかりの作り話しです。
せっせとインチキ話しを頭の中から捻りだし、糸を編むようにして作りあげた虚構の網を世間に向かって投げかけては、それを今度は一から否定してみせるのが、〈編み人知らず〉の広報係を自認している私にとっての大切なお役目の一つになっています。
この世に魔法の帽子なんて存在しません。世界一有名な魔法の帽子をかぶったら魔法学校に入学できるとか、その寮に入れるとか、そんなこともありません。
同じように、私たちが作った山高帽をかぶっても、学生や勤め人の人たちがその日から身も心も旅人へと変身して、いつも通勤や通学に利用している電車の車内広告の並びに旅情を感じさせるポスターを発見し、それに誘われるように止まった車両からふらふらと降りてしまっては、プラットフォームの反対側に停車中の行き先の知れない電車に飛び乗ったりもしません。
私たち〈編み人知らず〉はもともとは知る人ぞ知る匿名の手芸団体だったはずなのですが、これまでの社会活動が身を結んだのでしょうか、このところ私たちの作った製品に関する問い合わせがとても多く、その中でも〈スナフキンの帽子〉について尋ねてくるケースが非常に目立つのです。
とくに多いのが魔法や超能力に関連した問い合わせです。どうも最近のインターネット上での動画配信サービスで、ファンタジーやSFをテーマに扱った映画やアニメが増加している傾向が関係しているようです。「山高帽をかぶって箒に跨ったら空を飛べるようになりますか?」とか、「帽子をかぶるとどんなスタンドが使えますか?」とか、「帽子の呼吸の使い手になれますか?」とか、普通に社会常識で考えたならおよそあり得ない問い合わせが多いのです。
もう一つ問い合わせの中で目立つのが、こちらは一転して旅行にありがちな割引サービスに関するものです。「鉄道会社の緑の窓口で帽子をかぶってみせるとチケットが割安になりますか?なるとしたら何割ですか?」とか、「旅館のカウンターで山高帽をかぶってチェックすと、次回の宿泊費に使える割安ポイントが付きますか?」とか、「宿の夕食に特別なデザートが付きますか?」とか。
断っておきますと、私たちが作った〈スナフキンの帽子〉をかぶっても、交通費や宿泊費が割安になるというサービスはどこにもありません。同じようになにかしらの特典が付くというサービスもです。ちゃんと正規の代金を支払ってください。もしそれについて不満や不平があって、旅行会社の窓口や旅館ホテルのカウンターで駄々をこねたりすると、最悪の場合、警察のご厄介になるケースもあり得るかと思います。
ただ百歩譲って、そのような困った問い合わせに対して一概に責め立てるわけにはいかない微妙な事情が、私たち〈編み人知らず〉に存在する可能性もあるのかもしれません。
私たちの〈スナフキンの帽子〉をかぶった旅人たちが、その道中の行く先々で、地元の見知らぬ人たちから、駅員やホテル旅館の従業員から、「いい旅を」と声を掛けられる喜ばしい経験が頻繁に起きているからです。そしてその光景が側にいた事情を知らない旅行客の目にとまって、噂話が尾を引き、やがて「宿泊費が割安になる」という事実無根のサービスへと発展する可能性はあるかもしれないのです。
私たちが作る〈スナフキンの帽子〉とは、そういう帽子です。そのシルエットを見ると、旅の行く先々で見知らぬ人たちが「いい旅を」と声を掛けずにはいられなくなるのです。原作の小説やアニメ作品からの影響もあるでしょう。でもそれ以上に私たちがそういうふうに一つ一つ丹精込めて作っているのがその要因です。
私たちが作る山高帽は決して魔法の帽子ではありませんが、普通の帽子にはない不思議な力を持っています。それは小学校の児童のかぶる黄色い帽子が人々に注意を喚起させるように、草色した先端の尖った形が、人々にある感情を直感的に引き起こさせるのです。
このあとは、私たちの作る山高帽がいかにして不思議な力を持つにいたったのか、それを見るとなぜ人々は「いい旅を」と声をかけずにはいられないのか、その秘密をご説明をしたいと思います。
つづく




