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足湯下車(シーズン2)⑮

「一つ約束してね。それが誰であろうと、どんな形をしていたとしても、足湯で出会った素数については、その存在の有り様を決して人に他言はしないように。たとえ相手が家族や特殊電話オペレーター仲間の身内であっても。だからキミちゃんが素数の彼女との出会いを他人に語るのはこれでおしまいね」

公子さんは校舎内の図書館へと通じる階段口に立って私に告げました。

「素数の湯は大勢の人たちとは共有できない秘密の場所なの。1から3までは素数。でも4になったらもう違う。マジックナンバーは決して多くの約数は持たないと心得てね」

そこから首を振って、通路の行き止まりの売店で一人店番をしている若い女性を振り返りました。売店の女性は離れた場所で内輪話をしている私たち二人の存在に気がついてこちらを不思議そうに見やりました。私がはじめて顔を見る学校の訪問者だったからでしょうか。その視線は、足湯での出来事をなぜだかあちらの方は覚えていない事実を物語っていました。それともわざと素知らぬ振りをしていたのでしょうか。公子さんの忠告どおりに。

公子さんは売店の女性に向かって小さく手を振る親しみのゼスチャーを送りながらつづけました。

「彼女は図書館の司書の男性と同じように、中野コールセンターの社員ではないけど、私たちの仲間の一人なの。あとで紹介することになると思う。もしかしたら近いうちに彼女の方から売店のお薦めパンを教えてくれるかも。ちなみに私の一押しは〈大きなメンチカツパン〉」


一つ私がずっと疑問に思っていたのは、素数云々の説明の中で、公子さんが数字の1を素数の仲間に、そのはじまりとして頭の数字に置いていた点です。

足湯の揺らぎにも似た、たゆたゆと漂うかのような微かな私の記憶のさざなみの淵で、たしか数字の1は素数には入らないはずでした。高校の数学の授業でそう教えられた覚えがあります。素数は必ずその数字自身と1との二つの約数を持っているという数学上の約束事があるのです。それなのに1の約数は1のみです。数学の授業が死ぬほど苦手だった(なにしろ私は中間試験ではじめて0点を取った生徒として数学の男性教論に長らく記憶されているはずです)ので、その件についてはことさら鮮やかに記憶しています。その「数学上の約束事云々」こそ、私が中間テストで完全無欠な赤点を叩きだした根拠になっていたからです。


数学を教えている男性教論の説明の中で、私が常々引っかかっていたのは「数学上の約束事」という一点です。

言葉を考えたのは人間です。でも数字は違います。数字は宇宙の真理そのものです。極端に言えば宇宙が生まれたときから数字は存在していたわけです。それなのにどうして「約束事」なんて人間の手垢が付いたような言葉の注釈がでてくるのでしょうか。それこそが私がテストで赤点をとった理由です。矛盾しているわけです。

言うに事欠いて、まるで若気の至りが全面に出まくっているような言い訳でお恥ずかしい限りなのですけど、いまになってようやく合点がいった次第です。つまり人間が考えた数学と〈数式の民〉が考えた数学とは根本から違っているようなのです。きっと〈数式の民〉が遠い昔の古代に作り上げた数学の世界では、数学上の約束事といった注釈は突破られて、数字の1も素数の一員であったはずです。ついに私が幼少の頃に編みだした妄想上の「魔女が生んだ出来損ないとしての私」と〈数式の民〉とが、中間テストの赤点によって晴れて一つに結ばれるときがきたようです。


リサイクル廃校オフィスに入っている図書館の司書の男性は青柳さんといって、中野コールセンターで働く特殊電話オペレーターたちからは親しみを込めて「葬儀屋さん」と呼ばれています。なんでも彼の実家は、中野の地で代々葬儀屋を営んでいる、その名も〈青柳葬儀株式会社〉なのだそうです。

その風変わりなニックネームを持った司書さんは三兄弟で、彼は次男坊に当たるそうです。それにしても葬儀屋一族の青年がどうして小学校の図書館で司書を勤めているのかいささかの謎を秘めていそうですけど、どうもその一家では代々、リサイクル廃校オフィス内にある図書館の司書を勤めるのが慣わしになっているようです。ある意味ではその図書館司書という職業は、彼ら三兄弟にとって一人前の葬儀屋さんになるためには避けて通れない、まるで葬儀屋家業の〈虎の穴〉めいた存在として機能しているようなのです。

とはいっても、その慣わしは長男である一代目の司書につづいて、二代目にあたる次男が就任したあとから成立した話しなので、まだそれほど月日を重ねているわけではありません。実家の葬儀屋を一代目司書である長男が継ぎ、学業を終えたばかりの次男が二代目司書として就任したという段取りです。残りの三男はいまだ学業に専念中ですけど、いずれ次男が葬儀屋家業に勤しむ身になれば、やがて三男の彼が三代目司書となる日がやってくるのかもしれません。


リサイクル廃校オフィスの図書館は利用者からは「幽霊図書館」と呼ばれています。誰がいつごろからそう呼びはじめたのか定かではありませんけど、小学校の校舎に幽霊はつきものですし、リサイクルされて甦る前は事実人気のない廃校でもあったので、「火のないところに煙りは立たない」の諺よろしく、はたして幽霊図書館が先なのか、それとも縁起がいいような悪いような葬儀屋さん司書の存在が先なのか、鶏と卵の逸話にも似て永遠に答えはでてこないみたいです。

諸手を挙げて歓迎できそうにはない呼び名が付けられているのにもかかわらず、幽霊図書館はとても繁盛しているようです。

なんでもその図書館にいくと、「必ず読みたい本が見つかる」という、嘘のような本当のような言い伝えがあるのです。まさか白装束を頭からスッポリ被った幽霊たちが、館内で手招きして読みたい本を教えてくれるわけではないでしょうけど。


つづく

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