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足湯下車(シーズン2)⑫

どれくらい眠っていたでしょう、ふたたび泉のせせらぎが聞こえてきて私は目を覚ましました。

辺りを見渡してみると、周囲には相変わらず心地よい初夏の木漏れ日があふれていて、それとは対照的に年間をとおして一番いい季節であるはずなのに、西西荻窪駅のターミナルにはそれがもったいないほどに人通りがありませんでした。

私と公子さんを乗せた影帽子電車がプラットホームに到着したあとからは、あらたな電車が到着するレール音も、ホーム上の発車を知らせるBGMも、なに一つ聞こえてはきませんでした。ターミナルと駅の建物は隣接し合っているのに。

田舎育ちのせいだからでしょうか、私は静かな環境も好きなのですけど、付近の不動産屋が見たなら、この街の活気のなさには目を覆いたくなりそうなところです。商売替えを考えはじめた方がいいのかもしれません。人通りが少しでもあればまだ可能性は残されていますけど、なにしろノラ猫一匹姿を見せないのです。


そんな時の流れから取り残されてしまったかのような西西荻窪の街ではありましたけど、ある二つの特筆すべき異変が私の寝落ちしている隙に起きていました。もしかしたらここ数年の間に起きた数少ない変化のうちの二つの大事件が、わずか数分の間に立てつづけに起こった可能性があります。

その大事件のうちの一つ目は、噴水に張られている水がお湯に変化していた件です。それも誰かがきめ細やかな温度設定でもしたのでしょうか、緩すぎず熱すぎず、ちょうどいい湯加減なのです。眩しい日差しの間に白い湯気が薄っすらと立ちのぼって、周囲との温度差の間を漂いながら大気の中へゆらゆら吸い込まれて消えていく様が見てとれます。これならもういつでも駅前足湯として営業をはじめられそうな雰囲気です。実際にその湯に足をつけている私が言うのですからまず間違いありません。つい気持ちよくなって、いつの間にかうとうとと寝落ちしてしまったのがその生きた証しです。最終テストの最中に寝落ちしてしまった輩お墨付きとも呼べそうな、温泉としての血統書付きなのです。もしも西西荻窪の駅前が日本猿の生息地であったとしたなら、その足湯の恩恵をうけるはじめての温泉客は訪問したばかりの私ではなく、きっと彼らだったでしょう。


もしかしたら〈素数の湯〉には、その場所を必ず「素数で割り切れる温泉客数で訪れなければならない」という決まりでもあるのでしょうか。だからこそ〈素数の湯〉なのかもしれません。

それでも「素数で割り切れる客数」という言い方にはどこか矛盾がありそうです。ただ西西荻窪の駅前に起きた二つ目の大事件は、就職試験の最終テストにおける試験官であったはずのシスターXの姿が噴水を取り囲んだ外壁上にはすでに見当たらずに、彼女がもといた場所に代わりに一人の若い女性が占めていたという件であるのです。私を足して温泉客は二人です。1は当然素数です。2は唯一つの偶数の素数です。


女性は履いたブルージーンズの裾を膝までまくり上げ、シスターXと同じように外壁に腰掛けて、両足を噴水につけていました。そのときには、噴水はすでに湯気の立ったお湯へと変わってはいたのですけど。

髪をうしろで結んだその女性は、ブルージーンズの上に黒文字のロゴが入った白いロンTを着ていました。年齢は私とほとんど離れていないように見えました。それほど厚さのなさそうな薄い読み物に両手を添えていて、こちらが眠りに落ちている間にもジーンズの上にそれを置いて木漏れ日の下で視線を落としつつ、文面を目で追っていたようでした。

そしたら彼女は、私が目を覚ましたのに気がついたのか、ほとんど突飛なぐらいの調子で、それまでは黙読していた文章を声にだして朗読しはじめたのでした。


私がよく休日に散歩にでかける芝生のある公園はそれなりの広さがあって、ジョギングしたり、グループでヨガをやったり、楽器の演奏をしたりと、人々が思い思いの活動をエンジョイしています。中にはチンパンジーや羊に首輪を付けて散歩させたり、お気に入りのカラオケのレパートリーをアンプ付きのマイクで朗々と何曲も歌い上げたりと、かなり風変わりな趣味を持った人たちもいます。

もしも西西荻窪に起きた特筆すべき三番目の事件があったとしたら、それはロンTの彼女が、唐突に〈素数の湯〉で〈詩の一人朗読会〉をはじめた件になるかもしれません。でもそれはその朗読が風変わりというよりは、チンパンジーや羊を公園で散歩させたり、一人カラオケを熱唱したりする行為にくらべたらむしろ平凡であって、ましてや西西荻窪という謎の街の存在や、なんの前置きもなしに消えてしまった、やはり謎多きお婆さんの存在にくらべたのなら、その詩の内容がそれらの謎の帰結としてあるとすると、それは平凡すぎるくらいに平凡な感じがする、という意味で特筆ものなのです。まるで田舎の素朴な中学生が国語の授業でこしらえた、少し張りぼて気味のダンボールの詩作のように。母が昔歌っていた遠い日の夏の童謡のように。

さらに言えば、そのどこまでも素朴である詩を、張りぼての詩作品を、一度耳にしただけなのに、なぜか私は一言一句忘れずにいるのです。

髪をうしろで結いた女性は舞台俳優みたいによくとおった張りのある声で、足湯につかりながら朗読しました。


『私がしたかったこと』

私がしたかったこと

生きているうちに私がしたかったこと

休日に電車に乗っていろんな路線の終点駅まで行ってみたかった

自転車に乗って東西南北の道を走れるところまで走ってみたかった

それから日が暮れて灯りの点いた街並みを、電車の窓から、自転車を停めた高架橋の上から、昔の飛行機乗りみたいに、その下で暮らす人々の姿を想像しながら、いつまでもいつまでも眺めていたかった


つづく

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