第十五話
「なあ、長谷川」
「何」
「お前んち、昨日停電した?」
「した」
「やっぱり!」
……。
何がやっぱりなんだよ。
俺は鞄を机の横へ掛けた。
朝の四組。
昨日より、ちょっとうるさい。
前の方で何人かが机を囲んでいる。
窓際では、女子が二人、スマホを見ながら笑っていた。
廊下からも声。
まだ二日目なのに、もう結構賑やかだ。
「俺さ、風呂入ってたんだよ!」
「停電した時?」
「そう!」
「最悪じゃん」
「そうなんだよ!」
福山が机に手をついた。
「シャンプー流してる途中でさ!」
「おう」
「急に真っ暗!」
「おう」
「しかも全然見えねえの!」
「そりゃ停電だからな」
「そういう話じゃねえ!」
……。
いや。
そういう話だろ。
「長谷川は?」
「リビング」
「一人?」
「いや」
「ああ、同居人の子たち?」
「そう」
「みんなで何してた?」
「テレビ見てた」
「何の?」
「陸上」
「……陸上?」
「おう」
「お前、サッカーじゃねえの?」
「サッカーしか見ねえと思ってんの?」
「いや、そうじゃないけど!」
……。
俺は椅子を引いた。
座る前に、左脚を少し伸ばす。
曲げる。
問題なし。
座る。
「一橋がつけてたんだよ」
「ああ、あの子」
「そう」
「陸上やってるんだよな?」
「百メートル」
「速い?」
「全国二位」
「……」
福山が止まった。
「……え?」
「全国二位」
「全国!?」
「おう」
「二位!?」
「そう」
「すげえじゃん!」
「すげえよ」
「お前、何でそんな普通なんだよ!」
「いや、速えの知ってるし」
「そういう問題じゃねえ!」
……。
何なんだよ。
「おはよう」
横から声がした。
天尾だった。
「おう」
「おはよ!」
福山が手を上げる。
天尾は鞄を自分の席へ置いてから、俺たちの方へ来た。
「何の話?」
「昨日の停電!」
「ああ」
「天尾んちも?」
「うん。少しだけ」
「何してた?」
「本を読んでたよ」
「へえ」
「福山くんは?」
「風呂!」
天尾が瞬きをした。
「……大変だったね」
「だろ!?」
「転ばなかった?」
「そこまでは!」
「よかった」
天尾が笑った。
……。
何か、ちゃんと心配されてるな。
福山。
風呂で騒いでただけなのに。
「長谷川くんは?」
「リビング」
「皆さん一緒だったの?」
「おう」
「賑やかだった?」
「停電する前からな」
「ふふ」
……。
何で笑うんだよ。
「そういえば」
天尾が俺を見る。
「彩愛ちゃん、今日も陸上部?」
「そうだろ」
「昨日、練習してたんだよね」
「おう」
「楽しそうだった?」
「いや、遠くから見ただけだけど」
トラック。
スタートブロック。
流し。
スパイク。
昨日、一橋は先輩の話を聞いていた。
家より静かだった。
……。
まあ、練習中に家みたいに騒いでたら怒られるだろうけど。
「一橋、陸上だと結構真面目だからな」
俺が言う。
「そうなんだ」
天尾。
「家では違うのか?」
福山。
「真面目じゃない」
「言い切るなよ!」
「昨日、停電してんのに歩幅の話してたぞ」
「何で!?」
「知らん」
……。
実際、何であの話になったんだろ。
長谷川。
彩愛。
ジュン。
歩幅。
接地。
……。
ああ。
また思い出した。
うるさかったな。
「何か楽しそうだね」
天尾が言った。
「そう?」
「うん」
「うるせえぞ」
「それも含めて」
……。
変わってんな。
いや。
あいつらと一緒にいたら、もっと変なこと言いそうだけど。
「なあ、長谷川」
別の声。
顔を上げる。
男子。
短い黒髪。
少し背が高い。
……。
昨日、四組にいたやつだ。
「昨日、サッカー部見に来てたよな?」
「おう」
「やっぱり」
男子が笑った。
「俺もいたんだよ」
「そうなん?」
「うん。普通科だけど」
「俺も普通科じゃん」
「いや、そうだけど!」
……。
何だよ。
福山が顔を上げた。
「あ、村瀬!」
「おう」
「お前も長谷川に話あんの?」
「そう」
「サッカー?」
「そりゃそうだろ」
「俺も!」
「お前は昨日からずっとだろ」
「悪いかよ!」
……。
村瀬。
ああ。
名前。
今覚えた。
「俺、村瀬航平」
「長谷川鳴美」
「それは知ってる」
「じゃあ何で名乗ったんだよ」
「自己紹介!」
「ああ」
……。
福山が笑った。
「お前、絶対分かってて言ってるだろ!」
「何が?」
「そういうとこ!」
……。
俺は笑った。
村瀬も笑う。
「いや、荻田が言ってた通りだわ」
「荻田?」
「うん。昨日、練習終わってから話したんだよ」
「ああ」
荻田翔真。
昨日、久しぶりに会った。
中学の時より身体が大きくなっていた。
相変わらず、いい右サイドバックだった。
「長谷川、めっちゃ上手かったって」
「へえ」
「あと、ムカつくって」
「おい!」
福山が笑い始めた。
「それ昨日も言ってた!」
「抜いたあと笑うんだって?」
村瀬。
「ああ」
「何で笑うんだよ!」
「楽しいからだろ」
「相手は楽しくねえよ!」
「それはそうかもな」
……。
でも、抜けたら楽しいじゃん。
しょうがねえだろ。
「あとさ」
村瀬が言った。
「何?」
「荻田が、最初より途中からの方がやりやすくなったって言ってた」
「ああ」
「立ち位置変えたらしいな」
「そう」
「それでも抜かれたって」
「まあな」
……。
あの試合。
よく覚えてる。
右。
荻田。
最初は外を切ってきた。
だから中。
途中から中を消してきた。
だから外。
そのあと、俺がボールに触る前に寄ってくるようになった。
あれが一番嫌だった。
……。
まあ、面白かったけど。
「どうやって抜いてたん?」
村瀬。
「相手の重心見て」
「それだけ?」
「いや、いろいろあるけど」
「聞きたい」
……。
お。
いいね。
「例えばさ」
「うん」
「右に出る時って、左足で地面押すじゃん」
「ああ」
「その左足がまだ浮いてたら、すぐ右には来れねえだろ」
「……ああ!」
「だからそこ行く」
「なるほど」
村瀬が頷いた。
「でも荻田、途中からそこ隠してきたんだよ」
「へえ」
「だから嫌だった」
「結局抜いてんじゃん」
「全部じゃねえよ」
……。
止められたのも覚えてる。
身体入れられて。
ボール取られて。
……。
あれは上手かった。
「村瀬はポジションどこ?」
「ボランチ」
「へえ」
「昨日の練習、全然ついていけなかったわ」
「何が?」
「周りの判断」
「ああ」
「ボール受けた時には、もう相手来てんの」
「あるある」
「長谷川も?」
「そりゃある」
「マジ?」
「中一の時とか」
「へえ」
村瀬が少し身を乗り出した。
「どうした?」
「練習した」
「雑!」
「いや、受ける前に見る練習」
「ああ」
「あと、取られた場面覚えとく」
「何で?」
「次に同じことしないため」
……。
村瀬が少し考えた。
「……なるほど」
「おう」
「じゃあ今日、取られたとこ覚えとくわ」
「いいじゃん」
「福山もやれよ」
村瀬が言った。
「俺!?」
「お前、昨日も結構取られてたじゃん」
「お前もだろ!」
「だから一緒にやろうぜ」
「……」
福山が止まった。
……。
「……まあ、いいけど」
……。
何だよ。
普通に仲いいじゃん。
「長谷川も来る?」
福山が言った。
「今日はリハビリ」
「ああ」
「昨日も言っただろ」
「いや、また見てほしかったんだよ」
「また今度な」
「絶対?」
「予定合えば」
「その返事信用ならねえ!」
……。
天尾が笑った。
「福山くん、長谷川くんが来なくても頑張らないと」
「頑張るわ!」
「ふふ」
……。
村瀬も笑っている。
こういうの、いいな。
サッカーの話。
普通に楽しい。
「ねえ」
別の声。
女子が二人。
一人は髪を後ろで結んでいる。
もう一人は肩くらいの髪。
「また福山くんたち騒いでる」
「またって何だよ!」
福山。
「昨日もずっと騒いでたじゃん」
「長谷川もだろ!」
「俺静かだったぞ」
「嘘つけ!」
……。
女子が笑った。
「長谷川くん、昨日のレクリエーションすごかったよね」
髪を結んだ方。
「ああ、紙のやつ?」
「そう!」
「福山くん二回落ちてたのに」
「何で俺の話になるんだよ!」
……。
俺は福山を見た。
「二回だったな」
「数えんな!」
「俺は落ちてねえぞ」
「聞いてねえ!」
……。
笑い声。
昨日より増えたな。
こういう会話。
「私、小野寺美月」
髪を結んだ女子。
「小野寺」
「うん」
「よろしく」
「よろしく!」
「私は柏木莉子」
短い髪。
「柏木」
「そう」
「よろしく」
「よろしくー」
……。
よし。
覚えた。
村瀬。
小野寺。
柏木。
昨日も同じ教室にいた。
でも、今日初めてちゃんと話した。
……。
高校二日目。
こんな感じか。
「長谷川くん」
天尾が言った。
「ん?」
「昨日より楽しそうだね」
「そう?」
「うん」
……。
俺は少し考えた。
「まあ、話すやつ増えたし」
「ふふ」
……。
天尾が笑った。
その時。
廊下から靴音。
近づく。
……。
あ。
横谷先生だ。
「福山」
「何?」
「戻れ」
「まだ大丈夫だろ」
「先生来るぞ」
「マジ?」
「多分」
「多分かよ!」
扉が開いた。
「はい、おはよう」
横谷先生。
「おはようございまーす」
福山が俺を見る。
「……お前、何で分かった?」
「足音」
「怖!」
「何がだよ!」
「福山、座れー」
横谷先生。
「はい!」
「長谷川も静かに」
「俺座ってます!」
「じゃあ黙って」
「理不尽!」
……。
また笑い。
俺は前を向いた。
左脚。
少し伸ばす。
曲げる。
……。
問題なし。
今日も一日、始まった。
*
四時間目。
終わり。
……。
よし。
私は筆箱を片づけた。
昼休み。
十二時。
午後の授業。
そのあと部活。
今日のメニュー。
スタート。
加速。
補強。
……。
楽しみ。
昨日の練習で、右のふくらはぎに少し張りが出た。
でも、朝にはほとんど消えていた。
起きた時。
階段。
登校中。
全部確認した。
問題なし。
……。
今日の練習前にも確認する。
無理して怪我したら意味ない。
大会まで時間もないし。
……。
負けたくない。
大宮甘奈。
……。
あいつ、今頃何してんだろ。
多分、練習してる。
いや、今は昼か。
じゃあ食べてる。
……。
何食べてんだろ。
関係ないか。
でも。
……。
私は負けない。
「彩愛!」
クラスの子が呼んだ。
「何!」
「今日も部活?」
「うん!」
「何時まで?」
「七時くらい!」
「長!」
「普通でしょ!」
「普通じゃないよ!」
……。
そう?
中学の頃もそれくらいだったけど。
私はスマホを見た。
ジュン。
『なおちゃんと合流したよ。十組の前にいるね』
返す。
『今行く!』
……。
よし。
財布。
スマホ。
……。
あ。
プリン。
帰りに買わないと。
長谷川の。
昨日の夜、約束した。
……。
まあ、それは帰り。
今は昼飯。
今日はしっかり食べたい。
昨日のパンだけじゃ足りなかった。
午後の練習。
そのあと補強。
エネルギー足りなくなったら嫌だ。
……。
おにぎり。
パン。
あと何か。
……。
購買行って決めよう。
「じゃ、行ってくる!」
「いってらっしゃーい」
私は廊下へ出た。
……。
人、多!
昨日より多い。
普通科。
スポーツ科。
みんな昼休み。
そりゃそうか。
……。
急ぎたい。
でも、校内で走るのは駄目。
それに。
こんなところで転んで怪我したら、アホすぎる。
……。
歩く。
速く。
右。
前から二人。
左。
三人。
真ん中。
空いてる。
そこ。
……。
あ。
「長谷川!」
四組の方。
福山くん。
天尾さん。
知らない男子。
それから。
長谷川。
「何!」
「どこ行くの!」
「購買!」
「あ、私も!」
「知ってる!」
「何で!」
「昨日言ってただろ!」
……。
あ。
そうだった。
ジュンとなおと行くって話した。
「一橋、昼飯まだ?」
「まだ!」
「早く行かねえと売り切れるぞ」
「だから行くんじゃん!」
「じゃあ何で止まったんだよ!」
……。
あ。
確かに。
いや!
「長谷川がいたからでしょ!」
「俺のせいかよ!」
「そう!」
「理不尽!」
福山くんが笑い始めた。
……。
何なの。
こいつら。
「今日、練習あんの?」
長谷川。
「ある!」
「何やる?」
「スタートと加速!」
「ブロック?」
「そう!」
「いいじゃん」
「でしょ!」
……。
そう。
いいんだよ。
早く走りたい。
昨日、スタートブロック使ってる先輩見てたら、うずうずした。
あれ。
地面を押す感覚。
前に飛び出す瞬間。
……。
早くやりたい。
「足、大丈夫?」
長谷川が聞いた。
「何が?」
「昨日ちょっと張ってたろ」
「ああ!」
……。
言ったっけ。
昨日の夜。
話したか。
「もう大丈夫!」
「ならいいけど」
「そっちは?」
「順調」
「今日もリハビリ?」
「おう」
「無理すんなよ!」
「分かってる」
……。
長谷川が笑った。
私も笑う。
こいつ、身体の話になると普通なんだよな。
……。
いや。
いつも普通にしろよ。
「あ、彩愛ちゃん」
天尾さん。
「何!」
「今日も元気だね」
「元気だよ!」
「ふふ」
……。
天尾さん。
相変わらず可愛い。
長い黒髪。
金色の目。
綺麗な顔。
……。
で。
何で長谷川の隣にいるの。
いや、クラス一緒だからなんだけど。
……。
腹立つ。
天尾さんには腹立たない。
むしろ普通に好き。
長谷川が腹立つ。
……。
何で?
知らない!
「長谷川!」
「何!」
「お前、今日も天尾さんと一緒なの!?」
「クラス同じだからな!」
「それはそうだけど!」
福山くんが笑う。
「昨日もやってたじゃん、それ!」
「やってない!」
「やってねえ!」
……。
あ。
声重なった。
長谷川が笑ってる。
……。
絶対何か言ってくる。
「一橋」
「何!」
「そんな天尾が可愛いなら、仲良くすりゃいいじゃん」
……。
「してるけど!」
「じゃあいいじゃん」
……。
あ。
そうだ。
いいんじゃん。
……。
え。
待って。
何か言い返せなくなった。
長谷川が笑ってる。
……。
ムカつく。
いや。
今の、別に変なこと言ってない。
……。
余計ムカつく。
「じゃ、部活頑張れよ」
長谷川。
「おう!」
……。
あ。
そうだ。
部活。
大事なのはそっち。
長谷川に言い返すことじゃない。
天尾さんが可愛いとか、長谷川がムカつくとか。
そんなの今どうでもいい。
……。
いや。
ちょっと腹立つけど。
でも。
今日の練習。
スタート。
加速。
そっちの方がずっと大事。
「じゃ!」
私は手を振った。
「ジュンたち待ってるから!」
「おう」
歩き出す。
……。
あ。
もう一個。
「長谷川!」
「何!」
「プリン、帰りに買ってくるから!」
「忘れんなよ!」
「忘れない!」
「昨日も言ってたぞ!」
「今日は買う!」
……。
よし。
約束。
でも帰り。
今は昼。
昼飯。
そのあと授業。
部活。
……。
走る。
早く走りたい。
私は歩幅を少し広げた。
*
「……うるさ」
私はお茶を飲んだ。
五組の教室。
昼休み。
友達と机を寄せて、お弁当を食べている。
廊下の方から、彩愛の声。
……。
昨日も聞いた。
家でも聞いてる。
あの声。
間違いない。
「武田さん」
「何?」
「今の、昨日の子たちじゃない?」
「……多分」
「また喧嘩してる?」
「多分」
……。
見てないから分からない。
でも。
あの声量。
あの言い方。
長谷川の声もする。
……。
ほぼ確定。
「見に行かない?」
「何で?」
「面白そうじゃん」
「……」
……。
見世物じゃないんだけど。
いや。
見世物みたいになってるけど。
「武田さん、長谷川くんと同じ家なんだよね」
「うん」
「大変じゃない?」
「何が?」
「あんなにうるさい人と一緒で」
……。
私は少し考えた。
長谷川。
家では彩愛とかジュンがいると騒がしい。
でも、それ以外はそうでもない。
洗濯して。
料理して。
掃除して。
必要なことだけ聞いてくる。
私に対しては。
……。
あんまり喋らない。
むしろ、それでいい。
「ずっとうるさいわけじゃないよ」
「へえ」
「静かな時もあるし」
「そうなんだ」
……。
まあ。
彩愛が帰ってきたら、大体終わるけど。
私はお弁当の蓋を開けた。
焼き魚。
ご飯。
煮物。
……。
悪くない。
「そういえば武田さん、ピアノって今日も?」
「うん」
「放課後?」
「そう」
「毎日やるの?」
「弾きたい時は」
「へえ」
……。
ピアノ。
昨日の続き。
右手の運び方。
あそこ、まだ少し気になる。
速く弾けばいいわけじゃない。
同じ音でも、重さが違う。
鍵盤の底に触れるまでの速度。
離すタイミング。
……。
あ。
違う。
さっき考えたやつ。
右手じゃなくて、左手の方を少し軽くしたら。
……。
いや。
帰って弾いてみないと分からない。
「武田さん?」
「何?」
「何考えてたの?」
「ピアノ」
「好きだね」
「まあね」
……。
好き。
そう。
普通に好き。
別に、誰かにすごいって言われたいからじゃない。
弾きたいから弾く。
それだけ。
……。
あ。
廊下。
長谷川たちが通ってる。
福山くん。
知らない男子。
天尾さん。
……。
今日は増えてる。
「長谷川くん、結構かっこいいよね」
友達が言った。
「そう?」
「そう思わない?」
「……」
私は廊下を見る。
茶色い髪。
顔立ち。
目元。
……。
まあ。
整ってはいる。
と思う。
でも。
今、福山くんと何か言い合って笑ってる。
……。
あれを見ると。
かっこいいとか、そういう話の前に。
クソガキだな、って。
「見た目だけなら」
私は答えた。
「え?」
「いや、別に」
……。
友達が笑った。
「武田さん、厳しい!」
「そう?」
「うん!」
……。
そうかな。
私はお茶を飲んだ。
……。
あ。
麦茶。
今朝、長谷川が冷蔵庫に補充してたな。
家なら麦茶あるのに。
学校だと買わなきゃいけない。
……。
面倒くさい。
「武田さん?」
「何?」
「また何考えてた?」
「麦茶」
「……麦茶?」
「うん」
友達が吹き出した。
「何で!?」
「飲みたくなったから」
「今!?」
「今」
……。
そんな変?
私はもう一口、お茶を飲んだ。
廊下。
長谷川がこっちを見た。
一瞬。
目が合う。
向こうが軽く手を上げた。
私も、小さく頷いた。
それだけ。
……。
普通。
「仲いいね」
友達。
「誰が?」
「武田さんと長谷川くん」
「同じ家だから」
「ああ、そっか」
……。
それで納得するんだ。
まあ、いいけど。
私はお弁当へ目を戻した。
午後。
授業。
そのあとピアノ。
帰ったら、また長谷川たちが騒いでるかもしれない。
……。
でも。
別に、私まで混ざる必要はない。
自分のやりたいことをやればいい。
……。
うん。
それでいい。
*
「ジュン!」
……。
来た。
私は振り返った。
彩愛。
速い。
走ってはいない。
でも、歩幅が大きい。
接地の時間が短い。
身体が前に進むことを、全然ためらわない。
「彩愛、走ってない?」
「走ってない!」
「ほんと?」
「歩いてる!」
……。
ふふ。
まあ、そうなんだけど。
「なおちゃん」
私は隣を見る。
「何?」
「彩愛、速くない?」
「速い」
「でしょ?」
「うん」
「ほら!」
彩愛が笑った。
「普通に歩いてるだけ!」
……。
それで速いんだから、すごいよね。
私はスマホを見る。
十二時十二分。
昼休み。
まだ時間はある。
でも、購買は混みそう。
昨日も結構並んでたし。
「何買う?」
彩愛。
「まだ決めてない」
「私も!」
「なおちゃんは?」
「パン」
「何パン!?」
「まだ」
……。
私は笑った。
昨日も似たような会話した気がする。
でも、何かいい。
こういうの。
「そういやジュン!」
彩愛。
「何?」
「さっき長谷川見た!」
「ああ」
「福山くんと!」
「昨日言ってた子?」
「そう!」
「ほかにも?」
「天尾さん!」
……。
あ。
昨日の夜、彩愛が話してた子。
長谷川くんのクラスメイト。
綺麗な子らしい。
「可愛いんだよ!」
「へえ」
「めっちゃ!」
「そうなんだ」
「でも長谷川が!」
……。
あ。
来た。
私は彩愛を見る。
「何か言われた?」
「今日は普通だった!」
「……普通?」
「そう!」
「じゃあいいじゃん」
「そうなんだけど!」
……。
なるほど。
私は笑った。
「彩愛、長谷川くんに言い返す気だったんだ」
「違う!」
「違うの?」
「違う!」
「じゃあ何?」
「……」
彩愛が止まった。
……。
考えてる。
分かりやすいな。
「……分かんない!」
……。
私は吹き出した。
「彩愛、それ好き」
「何が!」
「分かんないって言えるところ」
「普通でしょ!」
「うん。普通だけど」
……。
仕事だと。
分からないことを分からないって言わない人、結構いる。
相手に合わせたり。
知ってるふりしたり。
……。
私も、たまにやる。
でも彩愛は、そういうのない。
分からなかったら分からない。
腹が立ったら腹が立つ。
走りたかったら走る。
……。
いいな。
「ジュン!」
「何?」
「今日も仕事!?」
「夕方から佐伯さんと電話」
「ああ!」
……。
彩愛が急に納得した。
それ以上聞いてこない。
いいところだと思う。
私は今朝、台本の十八ページをもう一回読んだ。
あの台詞。
少し変えたい。
でも、変えすぎると前のシーンと合わなくなる。
二十四ページ。
階段。
走る。
衣装。
靴。
……。
まだ決まってない。
階段を走るなら、足元は大事。
でも、見た目も大事。
……。
佐伯さんに確認しよう。
私はスマホを鞄へ戻した。
「ねえ彩愛」
「何?」
「天尾さん、会えたら紹介して」
「いいよ!」
……。
即答。
「彩愛が決めていいの?」
「……」
彩愛が止まった。
「……あ」
……。
私は笑った。
「会えたらでいいよ」
「そうだね!」
なおちゃんが、小さく笑った。
……。
うん。
今日も楽しいな。
*
廊下。
十二時十四分。
窓。
右側。
光。
西側の壁にはまだ強く届かない。
床の光沢。
蛍光灯の白。
自然光の青。
混ざる。
……。
人。
多い。
制服。
同じ色。
でも、同じ形ではない。
肩幅。
鎖骨。
骨盤。
大腿骨。
下腿。
足部。
……。
全員違う。
当たり前。
でも。
面白い。
彩愛ちゃん。
前。
歩幅が大きい。
股関節の伸展。
膝関節。
足関節。
地面からの反力を、ほとんど無駄なく前進に使っている。
……。
速い。
でも、それだけじゃない。
踵。
接地。
荷重。
母趾球。
離地。
足底のアーチ。
……。
強い。
昨日の夜、歩幅の話をしていた。
長谷川くんとジュンちゃん。
彩愛ちゃんも。
……。
歩幅が大きいから速いわけではない。
接地。
力の方向。
接地時間。
脚の回転。
……。
そう。
全部必要。
でも。
彩愛ちゃんは、歩く時にも走る時の感覚を持っている。
身体の中に。
……。
骨。
筋肉。
腱。
神経。
それらの協調。
……。
描くなら。
表面だけでは足りない。
脚の形。
その下。
大腿四頭筋。
ハムストリングス。
腓腹筋。
ヒラメ筋。
アキレス腱。
……。
いや。
違う。
筋肉だけ描いても、速さは描けない。
速さは、時間。
時間は、形ではない。
……。
どう描く?
連続した姿勢。
重心の移動。
筋肉の緊張。
でも。
それでも違う。
……。
面白い。
「なおちゃん?」
ジュンちゃん。
「何?」
「また何か考えてた?」
「うん」
「何?」
「彩愛ちゃんの脚」
彩愛ちゃんが振り返った。
「え!?」
「綺麗」
「……」
……。
彩愛ちゃんが止まった。
「……ありがと?」
「うん」
ジュンちゃんが笑った。
「なおちゃん、たまに急に褒めるよね」
「そう?」
「うん」
……。
褒めた。
そうなのかな。
綺麗だと思った。
だから言った。
それだけ。
……。
あ。
視線。
正面。
少し右。
黒髪。
長い。
……。
昨日の子。
十組の前。
長谷川くんたちが通り過ぎた時。
一度、目が合った。
……。
覚えている。
金色の瞳。
正確には黄褐色。
虹彩の外周が少し暗い。
中心へ向かう放射状の模様。
……。
昨日と違う。
いや。
色素が変わったわけではない。
光源。
昨日は廊下の反対側。
今日は窓に近い。
虹彩に届く光量。
反射。
散乱。
角膜表面の光沢。
……。
同じ目。
でも違う色。
描くなら。
昨日と今日で、使う絵の具が変わる。
イエローオーカー。
バーントシェンナ。
少量のウルトラマリン。
……。
違う。
青を入れると濁りすぎる。
影の部分だけ。
薄く。
……。
綺麗。
でも。
目だけではない。
上眼瞼。
下眼瞼。
眼輪筋。
頬骨。
眉弓。
眼窩。
……。
骨格。
目の奥行き。
光が落ちる位置。
目元の印象は、眼球だけで決まらない。
眼窩の深さ。
上顎骨の前方への張り出し。
頬骨弓。
その上を覆う軟部組織。
……。
立体。
皮膚の下にある形。
そこまで見ないと、似ない。
「なおちゃん?」
ジュンちゃん。
「何?」
「どうしたの?」
「昨日の子」
「え?」
私は前を見た。
長谷川くん。
福山くん。
知らない男の子。
それから。
その子。
「あ、天尾さん!」
彩愛ちゃんが声を上げた。
……。
天尾。
名前。
昨日、彩愛ちゃんが呼んでいた。
思い出した。
「お、赤間」
長谷川くん。
「長谷川くん」
「おう」
……。
左膝。
昨日と変わらない。
右脚と左脚。
支持時間。
屈曲角度。
骨盤の回旋。
……。
完全な対称ではない。
でも、痛みを避けるための急な運動停止は見られない。
方向転換。
右足を置く。
体幹。
骨盤。
左膝。
捻らない。
……。
気をつけている。
昨日、美術室でもそうだった。
でも。
サッカーの音を聞いた時。
あの時は。
身体より先に、顔が変わった。
……。
違う。
身体も変わった。
呼吸。
胸郭。
肩甲帯。
頬。
眼瞼。
……。
全部が、ほぼ同時。
好きなものを見つけた時の顔。
……。
今は、違う。
普通に笑っている。
福山くんに何か言っている。
……。
楽しそう。
でも、あの時とは違う。
「長谷川くん!」
ジュンちゃん。
「おう」
「そちらの子、紹介して?」
「ああ」
長谷川くんが隣を見る。
「天尾、こっち東江」
「初めまして」
ジュンちゃんが笑った。
「東江ジュンです」
「天尾沙樹羽です。よろしくね」
……。
声。
予想より、少し低い。
基本周波数。
声帯の振動。
でも、高さだけではない。
共鳴。
息の混ざり方。
語尾の減衰。
……。
明瞭。
子音が潰れない。
でも、硬くない。
……。
骨格も関係する。
口腔。
鼻腔。
咽頭。
声道の長さ。
共鳴腔の形。
……。
声も、身体の形から生まれる。
でも。
同じ骨格でも、同じ声にはならない。
筋肉。
呼吸。
発声習慣。
感情。
……。
条件が多い。
面白い。
「彩愛から聞いてたよ」
ジュンちゃん。
「そうなんですか?」
「うん。すごく可愛い子がいるって」
「ジュン!」
彩愛ちゃんが声を上げた。
「何?」
「それ言わなくていい!」
「どうして?」
「何でも!」
……。
天尾さんが笑った。
「ありがとう、彩愛ちゃん」
「……」
彩愛ちゃんが止まる。
口が少し開く。
閉じる。
もう一度開く。
……。
返す言葉を探している。
でも、見つからない。
褒めた。
お礼を言われた。
会話は完結している。
彩愛ちゃんは続けたい。
でも、続けるための反論がない。
……。
長谷川くんなら、ここで何か言う。
だから彩愛ちゃんも言い返す。
昨日の夜もそうだった。
相手が続きを言うのを待つ。
二人とも。
ジュンちゃんも。
……。
天尾さんは。
待っていない。
いや。
違う。
待っている。
でも、何か言わせようとしているわけではない。
彩愛ちゃんが次に何を言っても、受け取れる位置にいる。
……。
位置。
会話にも、位置がある。
……。
面白い。
「なおちゃん」
ジュンちゃんが私を見る。
「何?」
「こちらは、なおちゃん」
「うん」
私は天尾さんを見た。
「赤間なお」
天尾さんがこちらを向いた。
……。
目が合った。
「赤間さん」
「うん」
「昨日も目が合ったね」
……。
昨日。
十組の前。
廊下。
長谷川くんたちが歩いていた。
福山くん。
長谷川くん。
天尾さん。
視線。
一瞬。
互いの視軸が、相手の顔へ向いていた。
正確な時間は分からない。
でも、長くはなかった。
瞬き一回分。
それより少し短いかもしれない。
……。
覚えていた。
私だけじゃなかった。
「うん」
私は答えた。
「覚えてる」
天尾さんが笑った。
「よかった」
……。
よかった。
その言葉。
昨日の視線を、私が覚えていたこと。
それが嬉しい?
それとも、会話をつなぐ言葉?
……。
両方かもしれない。
ほかにもある。
顔だけでは決められない。
感情と表情は、一対一には対応しない。
嬉しい時に笑う。
安心した時に笑う。
相手を安心させるために笑う。
礼儀として笑う。
……。
全部、違う?
違う。
同じ感情でも、表情は違う。
表情筋の使い方には個人差がある。
文化。
習慣。
その人が置かれている状況。
……。
条件が多い。
でも。
私は、天尾さんが嘘をついているとは思わなかった。
嬉しいのだと思う。
昨日、目が合った相手が自分を覚えていたことを。
そう受け取った。
……。
なぜ?
声。
笑顔。
言葉。
それだけ?
……。
違う。
私が、そう感じたから。
……。
あ。
そっか。
私は今。
天尾さんの気持ちだけを考えているわけではない。
私自身が。
少し。
嬉しい。
……。
自分が覚えていた相手も、自分を覚えていた。
存在が、向こう側にも残っていた。
……。
変な表現。
でも、そう。
昨日、私は天尾さんを見た。
今日、天尾さんは私を覚えていた。
……。
だから何?
別に、何かが変わったわけではない。
昨日も、今日も。
私たちは同じ学校の生徒。
同じ廊下を歩く。
それだけ。
……。
でも。
少し違う。
名前を知った。
声を知った。
相手が昨日のことを覚えていると知った。
……。
情報が増えた。
それだけ?
……。
違う。
情報量が増えただけなら、図鑑を読んでも同じ。
でも今は。
嬉しい。
……。
なぜ?
私は天尾さんを見る。
金色の瞳。
昨日より明るく見える。
……。
綺麗。
「赤間さん?」
天尾さんが言った。
「何?」
「何か気になる?」
……。
私は少し考えた。
「目」
「私の?」
「うん」
「何かついてる?」
「ううん」
……。
ついていない。
でも。
光がある。
虹彩。
角膜。
正確には、角膜の表面で反射している光もある。
小さな白い点。
キャッチライト。
……。
描く時。
最後に入れることが多い。
白。
ほんの少し。
入れる位置を間違えると、視線の方向が変わる。
左右の目で位置がずれると、別のものを見ているようになる。
……。
目が合う。
絵の中でも。
見る側と。
描かれた側が。
……。
でも。
紙の上の人は、こちらを見ていない。
光の配置。
瞳孔の位置。
その組み合わせが、そう錯覚させる。
……。
錯覚。
昨日。
天尾さんと目が合った。
今日も。
……。
これは錯覚ではない。
相手が、私を見ている。
「綺麗だと思った」
私は言った。
天尾さんが一度瞬きをした。
……。
上眼瞼。
閉じる。
開く。
睫毛。
少し遅れて動く。
視線。
一瞬。
私の口元へ。
戻る。
目。
……。
今の反応。
予想していなかった?
でも。
すぐに笑った。
「ありがとう」
……。
頬骨。
その上を覆う皮膚。
大頬骨筋。
口角が外上方へ引かれる。
眼輪筋の外側。
下眼瞼が少し持ち上がる。
頬の軟部組織が押し上げられて、目の下の輪郭が変わる。
……。
笑顔。
でも。
今の笑顔は、さっきと違う。
最初にジュンちゃんと話した時。
彩愛ちゃんにお礼を言った時。
……。
全部違う。
筋肉の動き。
収縮の強さ。
始まる順番。
……。
上顎骨。
頬骨。
下顎骨。
その上を走る筋肉。
その上にある脂肪。
皮膚。
……。
形。
全部つながっている。
骨だけでも、顔にはならない。
筋肉だけでも。
皮膚だけでも。
……。
生きている顔。
動く。
変わる。
……。
綺麗。
でも。
それだけじゃない。
描きたい。
……。
何を?
目?
違う。
顔?
違う。
笑顔?
……。
それも違う。
昨日と今日。
同じ人。
違う光。
違う言葉。
違う表情。
……。
目が合った。
覚えていた。
名前を知った。
……。
嬉しい。
その感情。
どう描く?
笑顔?
……。
違う。
笑顔を描くだけなら、嬉しさの理由が消える。
二人?
……。
それも違う。
昨日の廊下と、今日の廊下を並べる?
時間の経過は伝わる。
でも、嬉しさは?
……。
難しい。
私が描きたいものは、形がない。
感情。
記憶。
認識。
……。
見えない。
でも。
確かにある。
「なおちゃん」
ジュンちゃんが言った。
「何?」
「今、嬉しかった?」
……。
私は少し考えた。
「うん」
「ふふ」
ジュンちゃんが笑った。
……。
あ。
どうして分かった?
私、笑っていた?
口角。
頬。
眼輪筋。
……。
自分の顔は見えない。
鏡がないと。
でも。
ジュンちゃんには見えている。
……。
そっか。
私も、誰かに見られている。
昨日。
私が天尾さんを見た。
天尾さんも私を見た。
今日。
私が天尾さんを見ていた。
ジュンちゃんが、私を見ていた。
……。
視線。
観察。
感情。
……。
私が誰かを見ている間にも、誰かは私を見ている。
……。
当たり前。
でも。
ちょっと。
面白い。
「なおちゃん!」
彩愛ちゃん。
「何?」
「早く行こ!」
……。
あ。
購買。
そうだった。
「売り切れちゃう!」
「うん」
私は頷いた。
「じゃあ、またね」
天尾さんが笑った。
「うん」
……。
私は少し考えた。
「天尾さん」
「何?」
「また話していい?」
天尾さんの目が少し開いた。
それから。
「もちろん」
笑った。
……。
あ。
今の顔。
……。
描きたい。
理由は。
……。
まだ分からない。
でも。
描きたい。
私は小さく頷いた。
「ありがとう」
……。
歩き出す。
彩愛ちゃん。
ジュンちゃん。
二人が前にいる。
私はその後ろ。
廊下。
人。
声。
光。
……。
昨日と同じ場所。
でも、少し違う。
……。
あ。
そうだ。
名前。
天尾沙樹羽。
……。
覚えた。
忘れないと思う。
私は、少しだけ笑った。
*
「……すげえな」
村瀬が言った。
「何が?」
俺は聞いた。
「お前の同居人」
「何で?」
「いや、いろいろ!」
……。
またそれか。
福山が笑う。
「分かる!」
「お前もかよ!」
「だって東江ジュンだろ!?」
村瀬。
「そうだけど」
「普通に喋ってたじゃん!」
「同居人だし」
「そういう問題か!?」
……。
いや。
何が問題なんだよ。
「赤間も?」
村瀬。
「おう」
「一橋も?」
「そう」
「あと一人?」
「武田」
「誰?」
「五組のやつ」
「へえ……」
……。
村瀬が少し考える。
福山も。
……。
何だよ。
「お前、よく普通に生活できるな」
村瀬。
「何が?」
「女子四人とだぞ?」
「分かってるけど」
「気まずくねえの?」
「別に」
「マジ?」
「やること分けてるし」
「それだけ?」
「それだけって何だよ」
……。
福山が笑った。
「こいつ、昨日もこんな感じだった!」
「だって普通じゃん」
「普通じゃねえよ!」
……。
まあ。
最初はちょっと面倒だと思ったこともあるけど。
住むって決まったんだから、そこはちゃんとするだろ。
何を誰がやるか。
どこまで入っていいか。
それさえ分かってれば、そんな困らねえ。
……。
一橋が洗濯物混ぜてくるのは別だけど。
あれは困る。
マジで。
「長谷川くん」
天尾が言った。
「ん?」
「楽しそうだね」
「何が?」
「家」
「……」
俺は少し考えた。
昨日。
一橋。
東江。
赤間。
武田。
停電。
……。
うるさかったな。
「まあ、賑やかだぞ」
「ふふ」
天尾が笑った。
「いいね」
「そう?」
「うん」
……。
天尾は少し先を歩く女子たちを見ていた。
東江。
一橋。
赤間。
三人で何か話してる。
……。
あ。
一橋がまた騒いでる。
何言ってんだろ。
……。
まあ、いいや。
「そういや天尾」
「何?」
「今日、昼どうすんの?」
「友達と食べるよ」
「ああ、そうだった」
「うん」
「じゃあ俺らは先戻るか」
「そうだね」
……。
俺は福山を見る。
「行くぞ」
「おう!」
「村瀬は?」
「俺も戻る」
「じゃあ一緒に行くか」
「おう」
……。
四組。
昨日より、喋るやつが増えた。
サッカー部。
クラスメイト。
同居人。
……。
別に、全部一緒にする必要はない。
それぞれ、やることがある。
福山は部活。
村瀬も。
一橋は陸上。
東江は仕事。
赤間は美術。
武田はピアノ。
天尾も、天尾の予定。
……。
俺は。
リハビリ。
今は、それが先。
でも。
……。
サッカーも、やりたいな。
昨日のグラウンド。
荻田。
福山。
ボール。
芝。
……。
やっぱ、面白かった。
「なあ長谷川」
福山が言った。
「何」
「今日もサッカー部来る?」
「今日はリハビリ」
「ああ、そっか」
「何?」
「いや、また見てほしかったなって」
……。
俺は福山を見る。
「昨日、見てたじゃん」
「今日も!」
「毎日かよ!」
「駄目?」
「いや、駄目じゃねえけど」
……。
福山が笑った。
「じゃあ今度!」
「おう」
「約束な!」
「はいはい」
「その返事信用ならねえ!」
……。
俺は笑った。
村瀬も笑う。
天尾が少し首を傾げた。
「福山くん」
「何?」
「長谷川くんが来ない日も、頑張ってね」
「当たり前だろ!」
「ふふ」
……。
福山が胸を張る。
村瀬も頷いた。
「俺ら、今日から本格的に練習だしな」
「おう!」
「まずは昨日よりボール取られないようにする」
「お前それ気に入ったな」
俺が言う。
「いいだろ!」
「いいけど」
「長谷川も治ったらな!」
「おう」
……。
治ったら。
そうだな。
その時は。
……。
何してるんだろ、俺。
サッカー部。
ほかの部活。
リハビリ。
……。
まだ分かんねえ。
でも。
今は、それでいい。
「長谷川!」
「何!」
「早く戻るぞ!」
「お前が止まってんだろ!」
「お前もだろ!」
……。
俺は笑った。
昼休み。
まだ、二日目。
四組。
知らないやつも、まだいっぱいいる。
でも。
……。
悪くねえ。
俺は福山の隣へ並んだ。
左脚。
一歩。
右脚。
一歩。
……。
問題なし。
前を見る。
福山が何か言っている。
村瀬が笑う。
天尾も笑っている。
……。
今日も、賑やかだな。
俺も笑った。




