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フリー旅情ライター篠原沙耶香の事件簿〜白川郷ツアー連続殺人事件〜  作者: みなと劉


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8

 朱沼茂の聞き取りが終わったあと、宿の中の時間は、ふだんの旅情の流れとは、まったく別の速度で、ゆっくりと、流れていった。

 ふつうのツアーなら、この時間は、参加者たちが、自由に集落を散策し、夕暮れの合掌造りの大屋根を、思い思いに眺めながら、宿に戻ってくる、いちばん心のほどける時間のはずだった。

 しかし、その日は、警察の指示で、参加者たちは、宿の敷地の外には出られなかった。

 集落の散策の予定は、すべて、取りやめになっていた。

 そのぶん、参加者たちは、宿の中の、ロビーや、囲炉裏端や、それぞれの部屋で、ふだんよりも、ずっと、長い時間を、過ごすことになった。

 夕暮れの少し前、宿の中の空気は、奇妙に、しんと、沈んでいた。

 囲炉裏の薪の音だけが、ぱちん、ぱちん、と、ふだんと変わらず、しずかに、燃え続けていた。

 その薪の音の上に、それぞれの参加者の、それぞれの種類の沈黙が、薄く、層になって、重なっていた。

 沙耶香と三嶋は、ロビーの隅の、いつものソファに、また、軽く距離を空けて、腰を下ろしていた。

「沙耶香さん」

 三嶋が、低く、声をかけてきた。

「ん?」

「奥の聞き取り、どうでした」

「ここでは、まだ、話せない」

「ですよね」

「ただ、ひとつだけ」

「ええ」

「朱沼さん、というかたは、たぶん、いちばん『事件の側に、いてほしくない』かただった」

「それ、前から、沙耶香さん、言ってましたよね」

「ええ」

「でも、それが、当たってた、ってことですか」

「当たっていた、というよりも」

 沙耶香は、ふっと、ロビーの奥の、いちばん端の席の方を、見た。

 その席に、朱沼茂が、また、聞き取りのあとに戻ってきて、しずかに、湯のみを、両手で包み込むようにして、座っていた。

「あのかたは、たぶん、いちばん『事件の側に、ふだんから、いないように、ずっと、自分の中で、頑張ってきた』かただった」

「あー」

 三嶋は、その意味を、すぐには、ぜんぶ、飲み込めなかったらしかった。

 それでも、なんとなく、沙耶香の声色の中の、深い種類の敬意だけは、しっかりと、受け取ったようだった。

「沙耶香さん」

「ん?」

「僕、夕方の写真、撮りに行きたかったなあ」

「いまは、無理ね」

「ですよね。でも」

「でも?」

「宿の中だけでも、ちょっと、撮っといていいですか」

「いいわよ。ただし」

「ただし?」

「人の顔を、正面から、無遠慮には、撮らないで」

「もちろんです」

 三嶋は、ふだんの調子で、首から下げたカメラのレンズキャップを、いつものクセで、指で、くるりと、回した。

 そして、ロビーの中の、合掌造りの梁や、囲炉裏の灰の中の名残りの火や、窓の外の夕暮れの大屋根の角度や、そういう、人ではない景色の方に、ゆっくりと、レンズを向けていった。

 そのシャッターの音が、ふだんよりも、すこし、控えめに、ロビーの空気の中に、混じった。

 しかし、その控えめなシャッターの中に、たぶん、三嶋本人も、まだ、まったく気づいていない、何枚かの「人ではない景色の中に、ふと、写り込んでしまう、人の影」が、ひそかに、混じっていたはずだった。

 それが、いつものことだった。

 何百枚の中の、たった数枚。

 三嶋本人は、まったく無自覚なまま、必ず、事件の、いちばん奥の井戸口に、つながる一手を、撮ってしまう。

 その日のロビーの夕暮れの数枚の中にも、たぶん、そのうちの、いくつかが、すでに、しずかに、混じっていた。

 夕食は、その夜は、昨夜のような広間での宴の形ではなく、女将の判断で、ごく簡素な、それぞれの部屋へのお膳の配膳に、切り替えられた。

 事件のあとの宿として、参加者たちを、ひとつの広間に集めて、向かい合わせに座らせるのは、皆の心の負担が、大きすぎる、という、女将の、しずかな心遣いだった。

 その心遣いを、参加者たちは、それぞれ、ありがたく受け止めていた。

 九能と亀井は、その夜、宿の敷地の中の、いちばん玄関に近い小部屋に、捜査の拠点を、ひとつ、置かせてもらっていた。

 麓の警察からの応援の捜査員たちも、何名か、宿の中と、宿の外の用水路の脇に、しずかに、配置されていた。

 地元の駐在のかたも、ひとり、宿の中の、夜のあいだの見回りを、買って出てくれていた。

 宿の中の警戒は、昨夜とは、まったく違う、ぴんと張った糸のような状態に、整えられていた。

 沙耶香は、自分の部屋に戻る前に、いったん、九能の拠点の小部屋に、立ち寄った。

 九能は、机の上に、宿の見取り図を広げて、亀井と、しずかに、何かを話し込んでいた。

「篠原さん」

 九能は、ふと、顔を上げた。

「警部さん。少し、よろしいですか」

「ええ、どうぞ」

 沙耶香は、しずかに、小部屋の中に、入った。

 机の上の見取り図には、宿の中の客室の配置と、廊下の動線と、通用口の位置が、丁寧に、書き込まれていた。

 そのいくつかの客室の枠の中に、亀井の字で、参加者の名前が、ひとりずつ、書き入れられている。

「篠原さん」

 九能は、その見取り図の上の、ある一室を、指で、軽く、示した。

「ここが、城岬隆さんの、お部屋です」

「ええ」

「いちばん奥の、廊下のどん詰まりに近い、角の一室です」

 その部屋は、見取り図の上で、ほかの客室と、わずかに、離れていた。

 廊下のいちばん奥で、隣の部屋とのあいだに、納戸らしき小さな空間を、ひとつ、はさんでいた。

 つまり、城岬隆の部屋は、宿の中で、もっとも、人の出入りの気配の、届きにくい場所だった。

「城岬さん、昨夜の夕食のとき、『明日、早くから歩きたい』と、おっしゃってましたね」

 九能は、低く、確かめるように、言った。

「ええ」

「ただし、その『早くから』の中身は、誰にも、話さなかった」

「ええ」

「今日の聞き取りの中でも、城岬さんは、その『早くからの予定』の中身を、最後まで、はっきりとは、話されなかった」

 九能の声色は、しずかだった。

「『朝、ひとりで、林の方を、歩きたかった』とだけ、おっしゃっていました」

「林の方を」

「ええ」

 その「林」のひと言が、いまの状況の中では、もう、ふだんの林の散歩の話ではなくなっていた。

 多胡美咲が、亡くなった、あの林。

 そこを、城岬隆もまた、ひとりで歩くつもりだった、と言う。

「城岬さんは、多胡さんと、お知り合いだったんでしょうか」

 沙耶香は、低く、たずねた。

 九能は、しばらく、答えなかった。

 それから、ゆっくり、机の上の見取り図の、城岬の部屋の枠を、もう一度、指で、軽く、たたいた。

「いまの段階では、城岬さんは、多胡さんとは、まったくの、初対面だ、とおっしゃっています」

「初対面」

「ええ」

「ただし」

「ええ」

「篠原さんが、昨夜の夕食のときに、見ていてくださったように」

 九能の目が、わずかに、深くなった。

「城岬さんと、多胡さんは、夕食のあいだじゅう、一度も、視線を、合わせなかった」

「ええ」

「初対面の人間同士なら、ふつう、何度かは、偶発的に、視線が交わるものです」

「ええ」

「あの『視線が、いっさい、合わない』というのは、初対面の人間同士の動きとしては、明らかに、不自然です」

「ええ」

「城岬さんと、多胡さんのあいだには、たぶん、こちらの知らない、何かの過去の、つながりがある」

 九能のその見立てを、沙耶香も、まったく、同じように、感じていた。

「警部さん」

「ええ」

「今夜、城岬さんのお部屋には、何か、見張りを」

「いえ」

 九能は、首を、ゆっくりと、振った。

「客室の中に、警察の人間を、無断で、貼り付けるわけにはいかない」

「ええ」

「ただし、廊下のいちばん奥の、城岬さんのお部屋に近い場所に、地元の駐在のかたに、夜のあいだの見回りを、いつもより、ひと回り、丁寧に、お願いしてある」

「ええ」

「それと、宿の通用口の方には、麓からの応援の捜査員を、ひとり、夜どおし、配置している」

 九能の段取りは、昨夜の宿の警戒とは、まったく違う、はっきりとしたものだった。

 しかし、その段取りの上でも、まだ、ひとつ、九能の中に、消えない、しずかな不安があった。

「篠原さん」

「ええ」

「正直に申し上げて」

「ええ」

「私は、今夜、もう一度、何かが、起きる気が、しています」

 九能の声は、低く、しかし、はっきりしていた。

 その「もう一度、何かが起きる気がする」のひと言を、沙耶香も、まったく、否定できなかった。

 自分の中の口癖が、また、薄く、立ち上がってきていた。

 事件は、いつも、こちらの方から、やってくる。

 そして、今回のそれは、まだ、一つでは、終わらない、という予感が、もう、しずかに、彼女の中に、座り込んでいた。

「警部さん」

「ええ」

「私と、三嶋も、今夜、できるだけ、廊下の物音に、気を、配ります」

「ええ」

「ただし、昨夜の私のように」

 沙耶香は、しずかに、続けた。

「夜中に、ひとりで、廊下の物音を、勝手に、追いかけることは、しません」

「ええ」

「もし、何か、ふだんと違う物音を、聞いたら、すぐに、警部さんか、亀井さんか、駐在のかたに、お知らせします」

「お願いします」

 九能は、深く、頭を、下げた。

「篠原さん」

「ええ」

「昨夜のあなたの判断は、正しかった」

「ええ」

「ただし、今夜は、もしも、ふだんと違う物音を、聞いたら、ご自分で動かずに、すぐに、私たちを、起こしてください」

「ええ」

「あなたを、もう一度、危ない場所に、置きたくない」

 その九能の言葉の中に、ふだんの刑事の指示の上にある、もう一段、別の温度の、人としての心配が、はっきりと、混じっていた。

 その温度を、沙耶香は、しっかりと、受け取った。

「ありがとうございます、警部さん」

「いえ」

 亀井も、その横で、自分のメモ帳の上に、丁寧に、ひと行、書きつけていた。

『今夜、要警戒。城岬隆。廊下いちばん奥の角部屋』。

 その亀井の字の力の入れ方の中にも、いまの宿の中の、ぴんと張った糸のような緊張が、はっきりと、現れていた。

 その夜、宿の中の灯りは、ふだんよりも、ひと回り、早く、落とされた。

 参加者たちは、それぞれの部屋で、それぞれの種類の夜を、しずかに、過ごしていた。

 沙耶香は、自分の部屋の布団の中で、灯りをひとつだけ残したまま、しばらく、廊下の方の気配を、しずかに、聴いていた。

 廊下の奥の方からは、ときどき、地元の駐在のかたの、ゆっくりとした、見回りの足音が、聞こえた。

 その足音は、ふだんの宿の中の足音とは違う、しっかりとした、警戒の中の、丁寧な足の運びだった。

 その足音が、廊下のいちばん奥の、城岬隆の部屋の前を、何度か、ゆっくりと、行き来していた。

 その足音を聞いているうちに、沙耶香は、いつのまにか、浅い眠りの中に、すこしずつ、沈んでいった。

 夜の合掌造りの宿の中の、いちばん深い時間。

 谷の上の風が、また、低く、合掌造りの大屋根の角度の上を、なで上げては、なで下ろしていた。

 その風の音の中に、ふっと、別の音が、混じった。

 最初は、風の音の続きのように、聞こえた。

 しかし、その音は、明らかに、宿の中の、ある一室の方から、聞こえてきていた。

 ごく、低い、何かが、軽く、倒れたような音。

 それから、ひと呼吸の沈黙。

 そして、その沈黙の上に、ごく小さな、引きずるような、別の音。

 沙耶香は、その音で、浅い眠りから、ぱっ、と、目を覚ました。

 布団の中で、しばらく、身体を、動かさずに、廊下の方の気配を、聴いた。

 その音は、廊下のいちばん奥の、城岬隆の部屋の方から、聞こえてきていた。

 沙耶香は、昨夜の自分との約束を、すぐに、思い出した。

 ご自分で動かずに、すぐに、私たちを、起こしてください。

 九能の、あの言葉が、まっすぐ、頭の中で、立ち上がった。

 沙耶香は、布団を、すばやく、出た。

 しかし、廊下には、出なかった。

 代わりに、自分の部屋の壁を、二度、軽く、こつ、こつ、と、叩いた。

 向かいの、三嶋の部屋への、合図だった。

 ふだんから、ふたりのあいだで、決めてあった、夜の緊急の合図だった。

 すぐに、向かいの三嶋の部屋から、同じように、こつ、こつ、と、二度、返ってきた。

 それから、沙耶香は、部屋の中の、内線の受話器を、すばやく、取った。

 宿の中の、九能の拠点の小部屋に、直接、つながる内線だった。

 呼び出し音が、一度、鳴る前に、向こうが、出た。

「九能です」

「篠原です。城岬さんの、お部屋の方から、ふだんと違う、物音が」

 沙耶香の声は、できるだけ、落ち着いて、しかし、はっきりしていた。

「いま、向かいます」

 九能の声は、ひと言で、すぐ、切り替わった。

 電話の向こうで、すでに、九能が立ち上がる気配と、亀井を起こす、低い声が、混じった。

 沙耶香は、受話器を、置いてから、部屋の襖を、ほんの少しだけ、開けた。

 廊下の奥の方に、すでに、地元の駐在のかたの、急ぎ足の足音が、響き始めていた。

 その足音の方向が、まっすぐ、城岬隆の部屋の方へ、向かっていた。

 廊下の奥の方で、駐在のかたの、低い、しかし、はっきりとした声が、響いた。

「城岬さん。城岬さん。お返事を」

 その声に、城岬の部屋の中からは、何も、返ってこなかった。

 廊下の奥の闇の中で、駐在のかたが、城岬の部屋の引き戸を、ノックする音が、何度か、続いた。

 しかし、その引き戸は、開かなかった。

「鍵が」

 駐在のかたの声が、ひと回り、固くなった。

「内側から、心張り棒が、かかっています」

 その「内側から」のひと言が、廊下の闇の中に、ぴんと、張った。

 沙耶香は、襖の隙間から、廊下の奥の方を、しずかに、見ていた。

 その奥の闇の中に、九能と、亀井が、玄関側の廊下から、急ぎ足で、駆けつけてくるのが、見えた。

 九能の足音は、迷いがなかった。

 亀井の足音は、その後ろで、すこし、慌てて、しかし、必死に、ついていっていた。

 廊下の奥で、九能の低い声が、駐在のかたに、何かを、確かめている。

 しばらくして、九能の判断で、宿の女将が、合鍵を持って、呼ばれた。

 しかし、合鍵を差し込んでも、引き戸は、開かなかった。

 内側から、心張り棒が、しっかりと、つっかえている、ということだった。

「窓は」

 九能の声が、低く、響いた。

「奥の窓も、内側から、施錠されています」

 駐在のかたの声が、答える。

「裏手の通用口に近い、外の方から、城岬さんのお部屋の窓を、確かめてくれ」

 九能の指示で、麓からの応援の捜査員のひとりが、宿の外の方へ、すぐに、向かった。

 しばらくして、その捜査員から、宿の外の方からの、低い報告が、戻ってきた。

「城岬さんの部屋の、外側の窓も、内側から、しっかりと、閉まっています」

 その報告に、廊下の奥の闇の中の空気が、もう一段、深く、張りつめた。

 引き戸は、内側から、心張り棒。

 窓は、内側から、施錠。

 宿のいちばん奥の、人の気配の届きにくい角部屋。

 それは、はっきりと、ひとつの「密室」の、かたちだった。

 九能は、しばらく、廊下の奥の闇の中で、ひと呼吸、置いた。

 それから、低く、はっきりと、決断した。

「やむを得ない。引き戸を、外す」

 宿の女将と、男手のある捜査員たちで、合掌造りの古い引き戸を、慎重に、しかし、手早く、外しにかかった。

 引き戸の上の、古い溝に、しっかりと、内側から、心張り棒が、つっかえているのが、外からも、薄く、見えた。

 その心張り棒の、つっかえ方は、明らかに、内側から、誰かが、しっかりと、かけたものの形だった。

 引き戸が、ようやく、ひとつ、外された。

 その瞬間、城岬隆の部屋の中の、闇の中に、灯りが、差し込んだ。

 部屋の中の、いちばん奥の、布団の脇の畳の上に、城岬隆が、横向きに、倒れていた。

 その姿は、もう、息を、していなかった。

 廊下の闇の中で、駐在のかたが、ひと呼吸だけ、息を、呑んだ。

 九能は、その部屋の中の様子を、戸口から、しずかに、見渡した。

 その目の中の光が、いつもの、現場の、いちばん深い種類の光に、変わっていた。

 城岬隆の部屋もまた、内側から、引き戸の心張り棒と、窓の施錠で、完全に、閉ざされた、密室だった。

 そして、その密室の中で、城岬隆は、もう、ふだんの城岬隆では、なくなっていた。

 沙耶香は、自分の部屋の襖の隙間から、その廊下の奥の闇と、その奥の部屋の灯りの中の様子を、しずかに、見つめていた。

 胸の前で、いつのまにか、自分の白いノートを、ぎゅっと、抱え直していた。

 第一の被害者、多胡美咲は、林の中で、亡くなった。

 第二の被害者、城岬隆は、宿の中で、密室の中で、亡くなった。

 ふたりとも、たぶん、朱沼茂の語った「数年前の事件」の、関連者だった。

 そして、夢野りりの、あの短いセリフが、また、頭の中で、立ち上がってきた。

『これは、私の正義じゃない』。

 そのひと言が、いまの密室の闇の中で、もう一段、別の意味で、重く、響いた。

 廊下の奥の闇の中で、九能が、ゆっくりと、こちらの方を、振り返った。

 その視線が、廊下の長い闇の向こうから、まっすぐ、沙耶香の方へ、届いた。

 その視線の中に、すでに、これからの、いちばん深い捜査の中に、もう一度、こちらの相棒として、入ってきてほしい、という、はっきりとした依頼が、ある。

 沙耶香は、襖の隙間の向こうから、深く、ひとつ、うなずいた。

 長い長い夜の、いちばん深いところで、ふたつめの密室が、いま、しずかに、口を開けていた。

 旅情ライター篠原沙耶香の、新しい事件簿の、二つめの闇が、こうして、白川郷の合掌造りの宿の、いちばん奥の角部屋で、はっきりと、立ち上がっていった。

 長い長い物語の、本当の闇が、ようやく、ここから、こちらに、深く、深く、近づき始めていた。



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