甘いまま大人になりたい
ビシャビシャになった森が乾く頃。
そんなある程度時間が経過してなお、俺は立ち上がれずにいた。
ベッドに寝転ぶみたいに無防備に、土の上で寝そべっている。
だってしょうがないだろう。
全身傷だらけに加えてなんか筋肉が痛い。
たぶん、普段運動してなかったのが今日この瞬間に祟ったのだ。
ようするに筋肉痛だ。
時間が経過してジンジンきた。
内と外から痛みが俺をいじめてくる。
「ナガレさん。痛いのはわかるのですがその……本当にこれは必要なんですか?」
「決まってるでしょ。それに、回復魔法をかけるからじっとしててって言ったのはそっちの方じゃんか」
「それはそうなんですが……その……だからって上に乗っかるのは……」
「必要なんです!痛いからこそ必要なんです!これは別に、俺が変態的な趣味を持ってると言うわけではないんです!俺は今、勝利の代償に全身を蝕まれている状態なんです。なにもしなくても常に激痛が走り続ける地獄のような時間を動かずじっと耐えしのぐには、誰かに抑えてもらう他に選択肢はないんです!ないんですよプラルさん!ないと思ったからこそ、こうやってやってもらってるんじゃないですか!」
「それは!分かってるんです!分かってるんですけど!その、私が回復魔法をかけて、ヴェールさんが上に乗るでもよかったんじゃないかなー……と」
「それは無理ですよ。ヴェールさ……ヴェールは今、周囲を見張るという非常に重要な役割を担っています。それを止めて俺の上に乗れだなんて、口が裂けても言えません!」
完全に外れた尊敬の念が、わざわざ呼び捨てに言い直させた。
「そ……そうでしたね。納得します……」
半ば無理やりプラルを納得させ、少し静かな時間を過ごした後、またプラルが口を開く。
「その……ありがとうございます。助けていただいて……それも、三度も」
「三度?」
「最初の攻撃、二度目の攻撃、最後は……ダムドダンクと戦ってくれた」
「でも、倒したのは俺じゃ……」
「倒したかどうかは重要じゃありません。戦ってくれたことが重要なんです。あんなに逃げたがっていたのに、こんなに傷だらけになるまで……」
「別に……戦えないやつ置いて逃げるほど、薄情じゃないだけだし」
「ほら、やっぱりありがとうじゃないですか。私を守るために、戦ってくれたんですから」
そんな素直な感謝に、どうしてか俺は、何か言い返そうと言葉を探してしまう。
でも、見つからない。
それでも探す。探してしまう。
見つからないってわかっているはずなのに。
顔がほんのり熱くなっていることにも気づかぬうちに、話をそらそうとしてみる。
「そ……そういえば!ダムドダンクはどこいったの?もしかして、あの変な技のせいで死体も残らないほど細切れになってるとか…… 」
恥ずかしさが起因し、無意識に視線を他へ移そうとしたのだ。
まさかそのせいで、倒れているダムドダンクを目撃するとは思ってもいなかった。
頭が白でいっぱいになり、言葉がつまる。
「えっと……ええっと……ええっと?」
「ええっと……その、倒せませんでしたー……なんて……」
「倒せ……え?」
「瀕死ではあるんですよ、そう、瀕死なんです今。でもですね、ヴェールさんが、私の宗派不殺主義だから……と」
「は……? へ……? ん……?」
「恥ずかしながら、瀕死とはいえ、私の力では倒すことができず……その……すみません」
「え? え? え? えぇえええええええ!?」
想定外の状況に驚きの声が止まらない。
プラルはしょうがない。
本当にしょうがない。
でもヴェールは違うじゃん!
何が不殺だ!何が宗教だ!言い出しっぺが大事な部分押しつけるのはおかしいだろ!
「何よ。文句があるなら自分で殺しなさいな」
「いやまあそう言われたらそうなんだけどってええええええええええ!? 」
いつの間にか戻ってきていたヴェールに、俺は思わず驚いてしまった。
「見回りから戻っただけよ。驚くほどのこと?」
「ああいや……いいよ、うん。勝手にしばらく帰ってこないだとか思ってた俺が悪いから、うん」
そう言って、納得させようとする俺。
ふーん、なんて言って一応は納得したように見える彼女。
だが今だ、こちらをじーっと観察してくる様子を、それはそれで不満に思って、何? と彼女に聞いてしまう。
するとヴェールは、少し考えたあと、口を開いた。
「あなたって、そういう趣味があったのね」
「ないよッ!」
ヴェールの誤解をどうにかして解いた後、その頃には、俺は既に、普通に動ける程度には回復していた。
となれば、次にすることは一つ。
話し合いだ。
この森からどうやって脱出するか、とか、森のそとを守ってるらしい獣をどうするか、とかいろいろあるけれど、一番はやっぱり、ダムドダンクをどうするかだろう。
殺せない、殺したくない、いずれにしろ、いつか追ってくるかもしれない相手。
今この場で、どうするか決めてしまうべきだろう。
「というわけで、ダムドダンクをどうするか話し合おう!」
そう提案する俺。
しかし、彼女らは口を揃えて言ったのだ。
「放置するに決まってるじゃない」
「放置します」
……ん? 放置?
「えっと……放置?」
「そうよ。この森幻惑効果あるでしょ? あれって、迷いこんだ生き物を森が捕食するためにあるのよ。だから、放っておいても勝手に死ぬわ」
「というわけで決まりです。それでは次の話に……」
「ちょっと待って!? 」
あまりの早さに思わず待ったをかけてしまう俺。
理屈はわかった。話もわかった。非常に効率的で手も汚さない。とても素晴らしい選択であるのはよくわかる。だがさ、だけどさ、流石にまずいでしょそれ!
だって、あまりに命軽く扱いすぎてんもん!
「なによ。言いたいことがあるなら早くしなさいよ」
「あのさ、その、流石に可哀想でしょそれ!」
「呆れた。命狙ってきた相手に可哀想だとか……とんだハッピー脳みそよ」
わ……わかるよ!ヴェールが言ってること、スッゴクわかる!でも……でもだよそれは!
「いやいやいや、暴走してたんじゃん!本当はすっごいいい人で、無理矢理操られてただけかもしれないじゃん!嫌だよ俺、そんなの!寝付けなくなっちゃうよ!」
「そんなタラレバで私たち危険にさらす気? もし彼が残虐な相手だったらどうするのよ」
「それは……」
「残虐ではありませんよ」
ヴェールの言葉を、プラルが否定した。
「え?」
「もしそうなら、あの村の人たちに好かれたりなんてするはずありません。暴力を嫌うんですよあのジジババ共は」
「それなら……!」
「……ですが、なんだというんです? 例え彼がいい人だったとしても、私たちを襲ってきたことに変わりありません。それが暴走なんだとしたら尚更です。暴走の条件がわからない以上、生かしておくのは本当に危険なんです。それに……いい人だからって、私たちを殺さないとは限りませんし」
反論できない……そう思ってしまった。
プラルの意見は、俺の幼稚な意見を真っ向から切り捨てるものだったからだ。
だけど、それでも俺には、見捨てるなんてしたくないとそう強く思ってしまっていた。
もし見捨ててしまったら、俺はきっと、なにか大切なものを失ってしまう。そんな気が破裂しそうなくらい膨らんで、それでもそれでもって、殺さない理由を探し続けて、もう覚悟を決めなきゃならないのかって思ったその時だった。
「暴走の条件は……意識を失うこと……だ」
聞こえるはずのない声がした。
ありえないとすら思った。
森の幻聴であってくれとも思った。
だが、これは現実であると、そう認めなければならないがために、俺たちはそこに振り返った。
「ダムド……ダンク……!」
振り向き様に彼の名を呼ぶ。
なぜ意識が……なんて考えている間に、ダムドダンクは次の言葉を発した。
「取り引きだ。私はもう、君たちを襲わない。番犬にもだ。その代わりに、そのランタンをここに置いていってはくれまいか」
「……理由は」
突然の取り引きを持ちかけてきたダムドダンクに、ヴェールが問いただす。
「さっきも言っただろう。再び意識を失えば、私はまた暴走してしまう。こうして話せているのは、森の力を無効化するランタンのおかげなのだ。それがあれば、君たちを襲わずに済む」
「そっちじゃないわ。急に心変わりした理由はなに?」
「……私は勇者を殺さなければならないと思っていた。我が弟を守るために……絶対に生かしてはならないと、そう思っていた。だが確信したのだ」
ダムドダンクは俺の方を向いて、言い放った。
「お前にジャスティスは殺せない。絶対にだ」
その言葉は俺に深く突き刺さる。
それが間違っていないと、なんとなくわかってしまうから。
だから何も言い返せなかった。
「流 楽太。どうしたいか、あなたが決めなさい」
俺を見つめるヴェールとプラル。
ヴェールがそういうのなら、おそらくダムドダンクは嘘をついていない。
ランプを渡せば、ダムドダンクは追っては来ない。
だが、敵の幹部を生かすことは正しいことなのか。
そんなことを考えたところで、殺す選択肢を取る勇気は俺にはない。
俺は、まるで最初から決められていたかのようにその決断を下した。
「約束……だからな」
それが、甘い逃げ道だと知っていながら。
高評価とかいろいろお願いします。みてください、作者魚がピッチピチ跳ねて喜んでますよ。




