森の中で覚悟を叫ぶ
迷いの森。深い霧に包まれた場所で、中に入った生物を幻覚、幻聴、幻触などの様々な方法で迷わせ衰弱死させる。
ビンボー村の村民は、よほどの用事がなければここに立ち入ろうとしない。
だから、身を隠すにはもってこいという話なのだが……。
そんな森の中を平気な顔して歩けるはずもなく、俺は情けなくヴェールの袖を掴み、彼女の後ろに引っ付いて、はぐれないようにしながら移動していた。
もちろん、ヴェールは嫌な顔しながら承諾してくれた。
「ちょっと!後ろからついてくるくらいなら、横にいなさい! 」
「横じゃ怖い!後ろがいい!」
「さっきも言ったじゃない。プラルがもっている厄除けランタンの光が届かない場所に行ってしまったら、この森の効果をもろに受けちゃうの。だから、後ろにいるより横にいた方が安全なのよ」
「でも……」
「はぐれるわよ、本当に。例えあなたが平気でも、私たちは命がけで探さなきゃいけなくなるんだから」
平気じゃないからこんなに怖いんじゃないか。
と考えて、しまったという顔をして口元を手で覆い隠す。
忘れていた。
ヴェールは心が読めるんだった。
「なんでそんな顔して……ああそっか。あなた知らないんだもんね。そりゃ逃げるとか言い出す訳だ」
「……なんの話?」
彼女はなにかを察して一人で納得している。
俺は、それが何がなんだか分からないので、ひたすら困惑するしかできなかった。
「あなたの力の話ですよ。もっとも、あなたが本物ならの話ですけど」
プラルの話から察するに、たぶん勇者の力の話なのだろう。
だが、この動きを止めるだけの能力を使ったとて、この森をなんとかできるとは思えない。
となれば、おそらくまた別の力の話なのだろうが……いやいやいや。
彼女たちは予言の話をしているのだ。
ただの予言なら100歩譲って理解できるが、その予言は既に終わったと聞く。
その予言の人物がもらった能力が、魔除けの光と同じ力だっただけかもしれない。
俺までその力を獲得してるとは限らないのだ。
と、言うわけで、過度な期待を寄せられている可能性がある。
まずはそれをなんとかして解かねば。
なんて、考えている時だった。
何か……聞こえたのだ。
俺だけではない。
プラルにも、ヴェールにも、思わず立ち止まり身構えてしまう音。
ドスン……ドスン……森の中で鳴り響く、重く不穏な音。
それが、どんどん早くなって、やがて駆け出し、鳴る度に音は大きくなっていく。
それが、俺たちを探す音だって嫌でも分かってしまった。
「この速さ!来ます!ダムドダンクです!」
音が間近に達した時、巨漢、ダムドダンクは木々の中から姿を表した。
「ウガアアアアアアアアアアアアア!」
叫び声をあげるダムドダンク。
白目を向き、人型に似つかわぬ、理性を失った野生的行動を取る彼に、思わずたじろぐ。
「なんでここが……? 」
野生の勘、奇跡的確率、思わずこぼしたその問いに、答えるための材料は俺にはない。
そして、そんな無駄なことを考えているうちに、ダムドダンクはプラルに拳を振るわんとする。
おそらく、ランタンの光を奪い、森の力で俺たちを殺すためだ。
それだけは避けなければならない。
それだけは、絶対に、絶対に、絶対にあってはならない。
そう、考えていただけなのに。
どうしてだろう。
ヴェールの魔法に頼ればよかった。
最低だけど、プラルからランプを奪う手だってあった。
でもどうして、俺は、飛び出してしまったのだろう。
ダムドダンクの巨大な拳が、俺の全身を捉える。
「とま……!」
その言葉は間に合わない。
フルスイング。
非力な俺には、それに抵抗することもできず、一方的に吹き飛ばされてしまう。
宙を戦闘機のように直進し、やがて樹木に打ち付けられて地面に落ちる。
終わりたくない。
こんなところで、まだ、終わりたくない。
その一心で、再び立ち上がろうとする。
しかしそこを、森の幻が襲かかる。
光から離れてしまったせいだ。
何も……見えなくなる。
俺は……高校生だった。
ただの、普通の、一般的な、そんなただの高校生だった。
友達もいた。
親友だった。
ーお前なんてー
最後の言葉を思い出す。
ーお前なんかー
そうだ……俺には、後悔があった。
まだ、死ぬには死にきれない。
そんな、後悔が。
「ナガレさん!」
庇われたことに気づき振り返るプラル。
そこに、二撃目が襲いかかる。
ドゴオオオン!
爆発音と聞き紛うほどの轟音が、森中に鳴り響く。
凶悪な一撃。
肉片が飛び散っていてもおかしくはないほどの威力があった。
だがしかし、そうなるより先に、何故か、なぜだか、非常に不思議なことなのだが。
俺が、間に合った。
攻撃を防いだ俺の腕を、ギリギリと鳴らす大きな拳。
しかし、音に見合う痛みはない。
ほんの少々、痛いだけ。
俺には、分からない。
力が全身にほとばしっている理由も。
彼女を助けられた理由も。
だが、分かる。
たったひとつだけ。
ひとつだけわかるのだ。
俺は、魔王候補と戦える。
それだけの力がある。
勝てるかどうかは分からない。
だけど、それだけで十分。
それだけあれば、俺は戦える。
盾で攻撃を弾くが如く、力任せに腕を前へ押し出し、ダムドダンクとの競り合いに打ち勝つと、ヤツが体勢を崩した間に腕を引き、そのまま土手っ腹に鉄拳をぶち込んだ。
そのパワーはただの高校生と呼べぬほどにすさまじく、自分の倍以上の体格を持ったダムドダンクを、木々をへし折りながら森の奥へと押しやった。
そうしてようやく、俺は冷静に今の状況を考え始める。
俺が、ただの高校生だったはずの俺が、魔王候補を遥か彼方へ吹き飛ばしたのだ。
その前もそうだ。
あんなにもあった距離を一瞬で詰めるほどのスピード。
「俺、ただの高校生じゃなくなってる……?」
衝撃だった。
そんなのあり得ないなんて、もう思えなかった。
原理は分からない。
やっぱり理由も分からない。
たぶんヴェールとプラルは知っている。
でも、そんなの全部どうでもよくなるくらい、俺は、スゴくなったことに興奮していた。
そんな俺を見たヴェールが、その強さの理由を話し始めてくれた。
「理解したみたいね。それが勇者の力、勇者因子よ」
「勇者……因子?」
「異世界の人間が勇者として転生させられた時、世界がその体を勇者に相応しい器に作り替えるの。ただの人間から、勇者因子の塊にね」
「えっと……だから、その勇者因子ってなに?」
「名前通りのスッゴいヤツよ」
この瞬間、俺は察した。
あーコイツ、たぶんちゃんと理解してないんだな……っと。
その時だった。
また、さっきと同じ獣のような唸り声が森を揺らした。
ダムドダンクだ。
あんな一撃をくらってヤツは、未だにピンピンしてるのだ。
姿はまだ見えないが、絶対そうだという確信がある。
というか、勇者因子がどれだけ凄かろうと、パンチ一発で魔王候補を倒せるはずがないのだ。
「予想通りではあるんだけど……どうしてああもピンピンしてそうなのかね。けっこう本気だったんだけど今の」
「おそらく、ジャスティスの能力です。たぶん、死ぬまで追いかけてきますよ」
「し……死ぬまで!? 俺、まだそういう覚悟出来てないんだけど!?」
「ならさっさと覚悟決めなさい。じゃないと、死ぬのは私達よ」
「それはわかってるんだけど!」
「プラル。巻き込まれたら危ないから下がってて」
「はい。二人とも、健闘を祈ります」
「え?ちょっと!光の外はまずい……って、そういえば平気だったんだった。なんで突然効かなくなったんだ?」
「勇者因子。なんとなく理解なさい」
……なんか、これから不思議なことが起こっても、全部これで説明されそうな気がする。
もういいや、難しく考えてもどうしようもないし、わかった気になっておこう。
「はいはいわかりました……って、なんでヴェールは無事なの?」
「……保護魔法を使ったのよ」
「じゃあ最初からそれでいいじゃんか!」
「うるさいわね。自分にしか使えないのよ」
いやだとしても最初から言えよ。
なんて、言ってる場合じゃない。
言い返してやりたいけど、今じゃないからもう考えない。
そろそろ、あの化物がくる!
「ギャララララララララァ!」
離された距離を直線距離で戻しにくる。
獣のように雄叫びをあげ、助走をつけて飛びかかる。
羽でも生えてるのかと言いたくなるほどの跳躍に、回避の選択肢が一瞬よぎる。
しかし、今の俺ならばあれくらい、なんということはない。
そう自分に言い聞かせ、ダムドダンクに真っ正面から受けてたつ。
互いに拳をぶつけ合い、鉄のように火花散る。
その隙をヴェールが狙う。
杖を構え、空中に二つの水球を作り出し、そこから激流を放つ。
同時に放たれた激流は螺旋を描いて重なり合い、さらに大きな激流を生む。
大きくなり、弾丸の如き速度で迫り、そしてダムドダンクを横から押し流す。
そのまま貫くかに思えたが、それより先にダムドが体勢を立て直し、片手で水を抑え、そして拳圧で逆に水を押し返す。
とっさに水球を使ってバリアを張るヴェール。
「さすが魔王候補……でもやっぱり、殺れないほどじゃない!」
風がやむと同時にバリアを解除し、攻撃を再開する。
今度は、一撃ではなく手数で攻める。
ダムドダンクの上空に現れた暗雲から、水槍の雨を降らせる。
槍はダムドダンクの鋼鉄の体に刺さりこそせず、切り傷を残し滑り落ち、そして地面へ突き刺さる。
が、無数の軽くとも痛い一撃は、着実にダメージを蓄積させていく。
苦しむダムドダンク。
たまらず攻撃範囲の外へ逃げ出そうとする。
そうはさせるかと、その進行方向へ飛び出す俺。
「邪魔よ伏せなさい!」
ヴェールの叫び声を聞き、反射でその場でしゃがみこむ。
その直後、俺の頭上を通り過ぎる水球。
ダムドダンクはそれを、先程と同じように迎撃しようと拳を振るう。
だが水球は、拳に触れた瞬間爆発し、中から大量のシャボン玉が飛び出す。
飛び出したシャボン玉はダムドダンクにぶつかって爆発し、ダムドダンクは雨雲の中心へと再び押しやられた。
「パワータイプに正面戦闘なんてバカじゃないの?ああいうのには、距離をとってチマチマやるのが一番効くのよ」
何するんだ!
なんて言い出そうとする俺を、ヴェールは真正面から否定してくる。
しかも、その主張が別になんにも間違っていないのだから言い返す言葉もない。
さらに、それでしっかり結果が出ているので、わざわざ反発する理由すらない。
強いて言うならば、あれ、俺要らなくね? なんて悟ってしまうくらい以外、俺に介入する余地がないことぐらいである。
だって俺、遠距離技ないからね。
しょうがないね!
身の程をわきまえ、射線上から少し離れたタイミングを見計らい、ヴェールの攻撃は最終段階へ移行する。
落ちて刺さった水槍を全て崩し、ダムドダンクを囲む輪へと再結集させる。
雨雲を水に変えて落とし、輪の中を水で満たす。
そうして出来た水槽の中で、四つの水竜巻が、大きく、大きく、育ち始める。
やがてそれらが水槽を埋め尽くすまでに大きく育ちきると、回転はダムドダンクの肉を抉り始める。
青一点のキャンパスに、赤い筋が混じる。
雄叫びは気泡のなかに閉じ籠ったまま、ポコポコと虚しく消えていく。
一方的、あまりにも一方的すぎる攻防。
それだけ、ヴェールが魔法使いとして強すぎるということなのだろう。
だが、そんな敗北を魔王候補は許さない。
ダムドダンクは水槽の中心で、全てに逆らうがごとく、回転し始めたのだ。
水中にも関わらず、回転速度はどんどん上昇していき、気がつけば回転は新たな水竜巻を生み出していた。
そしてそれは他の竜巻を掻き消してなお強くなり、ついに水槽を回転一つでひび割ってしまった。
「ウガアアアアアアアアアアアア!」
四方に弾け飛ぶ水しぶきの中心で、困難に打ち勝った証明を叫ぶ。
傷つけられた肉体が、だんだんと修復されていく。
再生機能!?
「フィジカルがすごいってだけの話じゃすまないぞ……これは!」
「能力よ。ダムドダンク自身のね。自信があればあるほど強くなる、無限上昇。勇者に匹敵すると言われる所以よ」
「それ、もっと早く言えたよね!?」
「暴走で予想外に強くなっちゃったのよ!本当は対して強くなかったはずなのに!」
「だから言わなくていいってか!こちとら勇者初日なんだぞ!」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!来るわ!」
ヴェールに向かって突撃するダムドダンク。
その間に割って入り、俺は取っ組み合って力比べを始める。
しかし、勝てない。
先程のヴェールの猛攻を耐えきったことで、偉く自信がついてしまったのだろう。
先程よりも、強烈に力強くなっている。
このままでは、俺の手は握り潰されてしまう。
「楽太!」
叫ぶヴェール。
どうする、俺。
ダムドダンクは今、勢いづいている。
このままじゃ押されて負けるのは俺の方。
じゃあ逃げる?
そうだ逃げよう!
止める力で動きを止めて、その隙に三人で走って遠くに行けば……いやいやいやそれこそ無理でしょ!
だって今、取っ組み合ってるんだぜ?
捕まれた状態で、どころか握り潰されそうな状態で止めたって、コイツから手を引き剥がすなんて絶対できない!
千切る覚悟ないし!
とか言ってても、コイツに握りつぶされておしまいだし!
だったら……だったら……なら逆に、俺が根性見せてやればいい!
「ヴェール!さっきの魔法、もう一回使え!俺ごとつぶせ!コイツは死ぬ気で、俺が抑える!」
俺の提案にヴェールは驚く。
「はあ!? 何言ってんのよあんた!死ぬ気!?」
「殺せるもんなら殺してみろよ。俺は、最強の勇者因子の持ち主だぜ? たかが魔法で死ぬ程度なら……いや、たかが魔王候補の能力ごときに負けるフィジカルだっていうなら、二度目の人生と一緒に勇者引退してやる! それに、早く決着つけないと、本当に手がつけられなくなる!」
「でも!」
「安心しろよ。俺は、勝ち目がない勝負なんかに、サイコロ振ったりしない。勝てるぜ、俺たち」
「……死んだら、一生バカって呼ぶからね!」
杖を構え、先程の水槽攻撃の準備を始める。
水のリングを作って俺らを囲み、今度は槍を降らさずに、大粒の雨を降らして水槽を少しずつ満たしていく。
それを見て、ダムドダンクの力が上がる。
自信があるのだ。
この攻撃を破れるという確たる自信が。
だから、さっさと目の前の雑魚を退けよう。そしてまた、大回転でぶっ壊してやる。
そう、思っているのだろう。
させるわけないだろうが!
「グゥ!?」
「驚くかよモンスター。だったら一個学ばせてやる。勇者因子なめんじゃねぇ!」
振り払おうとする力に、根性で対抗する俺。
そう、根性だ。
ちょっと自信がついた程度で、さっきまで互角だった実力差が大幅に変わるなんてあるわけない。
それが例え能力であったとしてもだ。
まあそれは、ただの予想でしかないんだけど。
だけど、例え違っていたとしても、一瞬だけでも気押せる覚悟ができるならそれでいい!
「無意識の獣なんかに!負けるわけには!いかないんだァ!」
叫び声を上げながら、ダムドダンクと押し合う。
力の差は、今は俺がわずかに勝る。
「ウガッッッッボッッッ!?」
獣の力が、若干弱まる。
その瞬間、水槽の中が満たされた。
始まる、水流の嵐。
中身をぐちゃぐちゃのずたずたにするミキサーのように、俺もダムドダンクも、両者平等に傷を与えていく。
回転できず、再びあの恐怖の渦の中へと戻されたダムドダンクは、更に力が弱まっていく。
意識のない暴走は野生と同じ。
鋭くなった野生の勘は、嫌でも死を感じとる。
そんな状況で、自信なんて保てるはずがない。
俺の口から空気が漏れ出る。
痛いのだ。
全身を回転で削られている。
切り傷が水に染みる。
今までにそんな痛みを体験したことなんて、当たり前だけど一度もない。
痛い、痛い、痛い、痛い、だけどここが生きるか殺されるかの瀬戸際なんだ。
俺は絶対、この手を離したりしない。
絶対にお前を逃がさないぞ!ダムドダンク!
心の叫びを力に死に物狂いでダムドダンクの動きを留め続ける。
そして数秒の後に、ダムドダンクは動きを止めた。
高評価とかいろいろお願いします。
マコトジュエルをセットしてね!




