無知は罪だが許してほしい
目が覚めたら、突然ベッドの上にいた。
今までのこと全部夢だったんだ、なんて思いたかったけれど、知らない天井に、知らない内装、それにあの女に、やっと目が覚めたのね、なんて言われれば、あれが夢だったなんて思う人間は万に一人もいないだろう。
「飲み込めないって顔してる。手伝えってあなたが言ったんじゃない」
「言った……っけ?ああ、言った。そうだ言った!確かその直後に、突然意識が飛んで……何があったんだ?」
「私が殴った。で、倒れたからここまで連れてきた。おしまい」
「殴……は、しょうがない。甘んじて受け入れよう。で、なんでそんな殴られて当然の男を助けたりしたんだよ」
「別に。あなたの話、嘘っぽくなかったし」
「え……?」
「前に似たような話を聞いたことがあるの。それだけ」
「いや、だからって助けるか普通。俺がたまたまその話を聞いたことがある嘘吹きだったらどうするんだ?」
「判断材料は他にもあるの。まず、この村の住人と解離しすぎた服装。わざわざ旅先にこの村を選ぶ命知らずなところ。あと、要求内容があまりに童貞臭いところ」
「……それだけ?」
「あと私が嘘を見抜けるところ」
「それ一番大事じゃないか!」
「まあとにかく、協力することにしたから。ありがたく思いなさい。ただし、胸は見せないから」
「なんで!?」
「私、お願いされて見せるような安物じゃないの」
「そんなスケベな格好してるのに?」
「また、ぶっ飛ばされたい?」
「ごめんなさい」
「はいよろしい。それで、どこまで知ってるの?」
「どこまで……って?」
「この世界のことよ。どこまで教えてもらったの?」
「誰から?」
「決まってるでしょ、女神様からよ。伝説にもあったし」
たぶん事実通りの伝説とはいえ、そんなものをこの歳になっても信じているのはいかがなものかと思ってしまう。
だが、異世界なんてそんなものだと割りきって、俺は彼女に、絶望的な事実を突きつけることにした。
「なーんにも?」
それを聞いた途端、彼女は変な顔して固まった。
あれ、絶句って顔だ。
ぽかーんと開いた口が塞がらなくなってるや。
「なにも?なにも知らないの?」
「何も知らない」
「本当に?」
「嘘見抜けるんでしょ?」
「……ああ、そうね、そう。うん見抜ける見抜ける」
「ならわかるでしょ」
「そういうことなのね……うんうん……」
彼女は一呼吸置いたあと、改めて一息吸って吐き捨てる。
「ざっけんじゃないわよ!」
クールの欠片もない本気ギレに、思わず落ち着いてなんて言ってしまう。
だが、そんな気休めが通じるはずもなく。
「落ち着けるわけないでしょ!何で何も知らないのよ!おかしいでしょ!だって、危機レベルは最大一歩手前なのよ!?」
「胸に夢中で聞いてなくて……」
「何やってるのよバカ変態!バカスケベ!バカ童貞!」
「あ……あの女神が!あんなドスケベな格好してたから!」
「なによ人のせいにして!もっと理性効かせなさいよバカ童貞!」
「俺のせいだ!思春期なめんな!」
「あなただけ!それあなただけ!他の子は思春期だからってそんな暴走したりしないから!」
「すーるーわ!思春期男児の前であんな開放的な胸見せたら、鼻血ダラダラ出てくるっての!」
……10分後。
「埒が明かないわね……価値観の違い?平行線ってやつ?」
「思春期に対する見解の相違だよこれは……」
お互い言い合って疲れ果て、無言の休戦協定が結ばれた。
そもそも、こんなイベントは協力関係を結んだ直後にするべきではない。
この魔法使……じゃなかった。旅人には反省してほしいものだ。
あれ、そういやコイツ、協力するってどう協力するのだろうか。
魔法使いじゃないのなら戦闘要員にはなれないし、かと言って、胸を見せてくれないなら記憶復活要員にもなれないし……本当にどう手を貸すつもりなのだろう。
聞いてみることにした。
「そういえば、さっき協力するって言ってたけど、具体的にどう協力するつもりなの?」
「決まってるでしょ。一緒に戦うの」
「戦う? ああ、もしかして、実は見た目によらない腕っぷし全開のステゴロスタイルとか?」
「なにいってるの。普通に魔法使いよ」
「そう……え゛!?魔法使い!?」
「逆になんだと思ってたの?」
さっきは魔法使いじゃないとか言っていたくせに、どうしてこうさも当然であるように言えるのだろうか。
「だって、さっき違うって言ってなかった?」
「え?あっ……ああ、嘘よ嘘。知らない変態から逃げるための口実。納得した?」
「納得しました……」
そう言われると納得せざるを得なくなってしまう自分は、どうかしているのかもしれない。
なんて、思っている時だった。
どこか遠くから警報音が鳴り響いているのが聞こえた。
その音に、旅……魔法使いは嫌な表情を見せる。
まるで嫌いなヤツが来たみたいな……ああ俺か。
「ちょっと……ええっと、名前言いなさいよ」
突然の要求に、え?っと口に出し、少し戸惑ってしまう。
が、聞かれて答えない名でもない。
気持ちをそのままに、戸惑いながら、俺は名を名乗る。
「ええっと、流 楽太」
「そう。それじゃあ楽太。今から言うことをよく聞いて」
呼び捨てなんだ。
「この音は警報じゃない。ある人物に対する歓迎の音よ」
「歓迎にしてはやけにエマージェンシーな感じがするけど」
「まあそうね。私達にとっては、そう。だけど、この村の人たちとって、彼は救世主の仲間なの」
「つまり、俺たちにとっての敵ってわけね。ならそう言えばいいじゃない。で、誰なのその彼って。有名なの?」
「次期魔王候補、ダムドダンク」
その瞬間、頭のなかをグルリグルリと思考が巡り、撤退の二文字を俺に選ばせた!
が、それを無理矢理止める魔法使い。
なんだコイツは。俺に死ねと言う気なのか?
「待ちなさい!どこ行こうとしてるのよ!」
「逃げるんだよ!勝てるわけないからな!悠長にもったいぶって語りやがって!」
「勝てるわよ!あなた一人だけでもね!」
「なに期待してるのか知らないけどさ!俺!つい昨日まで一般人だったんだよ?スーパーでも何でもないただの高校生だったんだよ?そんな俺が、魔王候補なんてラスボス一歩手前みたいなやつに勝てるわけないじゃないか!」
「ああもう!これだから話を聞かない若者は!」
その時だった。
コンコン。
っと、部屋の扉を叩いて誰かが鳴らす。
不穏だった。
この瞬間、このタイミングで訪ねてくる人物には心当たりしかなかったからだ。
窓を指差して、そこから逃げようと提案する俺。
バッテンマークのジェスチャーで、逃げるなと言い、更に、扉を指さして行けと命令してくる魔法使い。
方向性の違いが出ている。
非常に困った。
しかし、このまま何もしないでいても、扉の向こうにいる誰かが痺れを切らし、扉を蹴破って部屋の中へ入ってくるかもしれない。
しかし!どちらが正解なのか判断できない以上、迂闊に動けないのもまた事実。
だって、相手は魔王候補だし!
ここで選択ミスったら死ぬ気がするし!
「もう、なにウジウジしてるのよ」
魔法使いはそう言ってため息をつき、迷うことなく扉を開けた。
ちょっ!? なにやってんの!?
そんな言葉を心で叫び、次に起こるであろう惨劇に備え身構えていたのだが、待っていたのは恐ろしいほど静かな静寂だった。
なにも起こらない。
なにも起きない。
魔法使いは、扉の向こうにいた人物と顔をあわせて見つめ合うと、突然俺を手まねいて呼ぶ。
俺は恐る恐る彼女のもとへ近づいていく。
しかし、扉の前で待っていたのは、想像していた恐ろしい男などでは決してなく、もはやその逆、可愛らしい女の子の姿であった。
「ヴェールさん。本当にこの人が勇者なんですか?勇者にしては、やけにビビりすぎじゃないですか」
俺の顔をチラリと見たあと、魔法使い、ヴェール経由で毒を吐く。
「残念ながら本当よプラル。本当に心外なのだけど、私達は彼を頼らなければいけないの」
そしてヴェールも、プラルと呼ばれた少女を経由し、再び俺に毒を吐く。
どうやら双方には面識があるようだ。
そして仲がよろしいことに、俺に頼ることは心外であるという意見が一致しているようだ。
それ、失礼ってものじゃないですかね。
「まあいいです。まずはこの建物から避難します。ここにあなた方がいることは、村のものには感づかれているはずなので」
「そうね。ここを戦場にするわけにもいかないし」
「いや逃げるに決まってるだろ。なに戦う気になっちゃってんの?」
戦う気になってるヴェールに反対するようにそう言うと、彼女らは二人揃って同時に言う。
「「戦うに決まってるでしょ!」」
俺の基本的人権が、深く侵害されているような気がする。
しぶしぶ彼女らに従うことにした俺は、この建物から避難することにした。
部屋を出て、廊下を歩き、階段を下りていく中、俺はヴェールに質問を投げる。
「お前、さっきこの村の人ってみんな敵って言ってなかったっけ?」
「お前じゃない。ヴェール」
「じゃあヴェール」
「ヴェールさん」
「……ヴェールさん」
そこまで言ってようやく満足したのか、ヴェールさんは答えてくれた。
「そんなの本人に聞きなさいよ」
だったら最初からそう言ってくれませんかねぇ……。
俺は改めて、プラルさんに聞くことにした。
「あの、プラルさん。どうして味方してくれるんですか?この村の人たちって、ダムド何とかって人と仲良くやってるって聞いたんですけども……」
するとプラルはこう言った。
「気安く名前を呼ばないでください」
どうすりゃいいんだよ。
冗談ですと後付けしたあと、彼女は続ける。
「ジャスティスの思想に共感しているのは、この村の中ではジジババ共しかいません。若い人たちは、その狂気から逃げるように村から出ていきました。私は、その逃げ遅れです」
「なるほど?」
とりあえず相槌はうったものの、実はよくわかっていないとは流石に言い出せない。
本人に聞き返さず、ヴェールにこっそり聞いてみることにした。
「ジャスティスってなに?」
「彼について詳しく説明するとややこしくなるから、今は世界征服を目論む悪いやつとでも思ってなさい」
たぶん後で説明してくれると信じ、適当な相槌を送る。
そして、再びプラルに質問を投げ掛ける。
「逃げ遅れたってどういうことだ?今からでも逃げればいいじゃないか。別に、誰かに咎められたって、走って逃げれば捕まりやしないって」
「この村、予言の地なんです。勇者がやって来て、虚悪の野望を討ち滅ぼすっていう、何万年も前の、既に終わった予言の……だけど、またここに自分達の邪魔をする者が降り立つかもしれない。そう思ったジャスティスは、この地にある伝説の獣を住まわせ、この村から出てきたものを一人残らずぶっ殺すように命令したんです」
「それで逃げ遅れってわけね。……それって、俺どうしたらいいの?死ねってこと?」
「「戦えってこと!」」
彼女たちがいうように、本当にそれしか選択肢がないようだ。
最初から拒否権なんてなかったわけだ。
ふざけんな。
裏口から建物から出ると、外は既に日は落ちていた。
裏口付近には人の気配はなく、想像していたよりもまだ状況は悪くはないらしい。
と言っても、真っ黒な状態がほんのちょっぴり誤差程度に明るくなっただけなのだが。
「これから、森のなかに逃げ込みます。ここは迷いの森と呼ばれていて、地の利のある村の者でなければ絶対に抜け出すことは出来ません。なので、絶対に!絶対に!ちゃんとついてきてくださいね!」
そう言って森の中へ入っていくプラルのあとを、俺たちはついていくのだった。
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