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「愛など不要ですから。お気をつけて」  作者: あとりえむ


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第16話

王都から遠く離れた北方の国境地帯は、文字通り白き地獄だった。


吹き荒れる猛吹雪が視界を白一色に染め上げ、肌を刺すような絶対的な寒さが全てを支配している。


そんな過酷な自然環境のただ中にある雪山砦に、グウィン率いる部隊が到着した。


出迎えたのは、分厚い防寒具に身を包んだ守備隊長のクラウス・イェーガーだ。


頬に過去の凍傷の跡が残る実直そうな男は、雪焼けした顔を引き締めてグウィンに敬礼した。


「よくぞご無事で到着されました、マイヤー閣下。お待ちしておりました」


クラウスは表向きこそ敬意を払っているが、その垂れ目がちな瞳の奥には冷ややかな警戒の色が潜んでいた。


彼ら地元の叩き上げの兵士にとって、ここは王都の常識が一切通用しない死地である。


いくら死なずのグウィンという異名を持つ英雄であろうと、雪の恐ろしさを知らない王都の人間など、ただのお飾りの司令官に過ぎない。


少しでも気を抜けば一瞬で凍死するこの場所で、足手まといにならなければいいが。


そんなクラウスの内心の懸念をよそに、グウィンは馬から降り立つと、肩に積もる雪を払うこともなく砦の防衛設備へと鋭い視線を向けた。


「ご苦労。すぐに防衛体制の点検に入る。各所の見張りの配置と、備蓄庫の状況を報告しろ」


無骨で低い声には、極寒に対する怯えも、長旅の疲労も微塵も感じられない。


グウィンはクラウスの冷ややかな視線に気づいているのかいないのか、ただ黙々と砦の壁の強度を確かめ始めた。


その威風堂々たる背中を見つめながら、クラウスは微かに眉を潜め、慌てて案内のために駆け出した。



 ◇ ◇ ◇



場面は変わり、王都のマイヤー商会。


執務室の机には、北方の過去数十年分の気象データと、かつて実家が取り扱っていた北方用防寒具の取引記録が山のように積まれていた。


私は羽ペンを走らせ、商談用の計算盤を猛烈な勢いで弾き続けている。


「お嬢様、職人たちから試作品が上がってまいりました!」


勢いよく扉を開けて飛び込んできたアンナの手には、見慣れない形状の筒と、分厚い布の束が抱えられている。


「ご苦労様、アンナ。早速確認するわ」


私が受け取ったのは、商会の誇る職人たちを総動員して急遽開発させた、寒冷地特化型の新兵器だ。


一つ目は、金属の間に真空の層を作ることで、どれだけ外気が冷たくとも中の水が凍らない特殊な二重構造の保温水筒。


二つ目は、わずかな摩擦で繊維自体が発熱し、兵士たちの体温を逃がさない特殊素材の軍用毛布である。


「素晴らしい出来栄えね。これなら、あの白い地獄でも確実に部隊の命を繋ぐことができるわ」


私は完成した品を撫でながら、力強く頷いた。


相手がどれほど過酷な大自然であろうと、商人の娘に妥協という文字はない。


「あの仕事バカを、絶対に死なせるわけにはいきませんからね。私の投資を雪山で凍りつかせるなんて、絶対に許さないんだから」


商人の妻としての意地と誇りを胸に、私はすぐさまアンナに指示を出した。


「この規格で量産を急がせなさい。出来上がったものから順次、北方の砦へ向けて第一陣を送り出すのよ!」


数日後、出来立ての真新しい防寒物資を山のように積んだ輸送隊が、王都から吹雪の待つ北の大地へと誇り高く出発していった。



 ◇ ◇ ◇



サラの思いを乗せた物資輸送隊が、国境の険しい山越えに差し掛かった矢先のことだった。


山を震わせる轟音とともに、視界の先の斜面が巨大な白波となって崩れ落ちてきた。


数十年に一度とも言われる未曾有の大雪崩が、容赦なく渓谷の道を飲み込んだのだ。


輸送隊の者たちは間一髪のところで後退して難を逃れたものの、雪煙が晴れた後に残された光景は絶望的なものだった。


砦へと続く唯一の補給路は、数万トンにも及ぶ雪と氷の壁によって完全に塞がれてしまっていた。


人力で掘り進むことなど到底不可能な、大自然が作り出した圧倒的な障害物である。


陸路からの補給が物理的に不可能になったという急報は、早馬によって王都のサラの元へ、そして軍の伝書鳩によって雪山砦のグウィンの元へとそれぞれ届けられた。



さらに悪い事態は重なる。


この記録的な大雪と雪崩による混乱を好機と見た隣国の軍勢が、猛吹雪に紛れて砦の周囲に展開し始めたのだ。


陸の孤島と化した雪山砦を、敵の包囲網がじわじわと、しかし確実に締め上げようとしていた。



 ◇ ◇ ◇



雪山砦では、補給路が完全に断たれたことで数日以内の食糧と燃料の枯渇が確定し、絶望的な空気が支配していた。


「閣下、もはやこれまでです。数日後には餓死か凍死か、あるいは敵の総攻撃を受けて全滅するしかありません」


クラウスたち守備隊の顔には濃い疲労と死への恐怖が張り付き、誰もがうつむいて無言のまま震えている。


しかし、ただ一人グウィンだけは全く動じることなく、猛吹雪の吹き荒れる灰色の空を静かに見上げていた。


「……案ずるな。あいつなら必ずどうにかする」


その口元には、王都にいる妻への絶対的な信頼を示すような微かな笑みが浮かんでいる。



 ◇ ◇ ◇



一方の王都では、絶望的な報告を受けた私が執務室の机を力強く叩いて立ち上がっていた。


「お嬢様、陸路が完全に塞がれました!どうすれば……」


青ざめて声を震わせるアンナに対し、私は決して絶望の涙を見せることはなかった。


「泣いている暇はないわ、アンナ。商人の辞書に諦めるという言葉はないのよ」


私はそう力強く宣言し、視線を地図の塞がれた陸路から、窓の向こうに広がる広大な空へと移した。


「道がないなら、新しく作ればいいだけのこと。陸が駄目で海も使えないのなら、あの空を渡ってあの仕事バカの元へ荷物を届けてみせるわ」

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