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神と悪魔の小さな戦争  作者: 星狼


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7/12

白い霧の底

木村明は、非常階段の踊り場に這いつくばったまま、喉を押さえながら必死に息を吸おうとしていた。

遥の手が離れた瞬間、肺に空気が流れ込むかと思った。

一瞬の解放が、胸の奥に広がる。

だが――


消火器が、足元で鈍く音を立てた。

転がり落ちた衝撃で、すでに古びていた本体に細かなひびが入っていた。

そして、そのひびから、白い消火粉が勢いよく噴射された。

圧縮されていた粉末が、まるで狙いを定めたように、明の顔面――特に開いていた口と鼻――へ直撃した。


一瞬で視界が白く染まる。

粉が喉の奥まで入り込み、肺にまで流れ込む。

咳き込みたくても、咳き込めない。

息を吸おうとすればするほど、粉が気道を塞ぎ、焼けるような痛みが広がる。

明の体が、痙攣するように跳ねる。

手が、無意識に喉を掻きむしる。

白い粉の雲の中で、彼の姿はぼんやりと霞む。

呼吸が、完全に止まる。


遥は、後ずさりながら呆然と立ち尽くす。

「え、何……?」


声は、かすかに震えていた。

彼女の瞳に、混乱がゆっくりと広がっていく。


悪魔の仕業は、ここで物理攻撃にまで及んだ。

消火器のひびは、落下の衝撃で「偶然」入ったもの。

粉の噴射方向も、明の体勢と風向きが「偶然」完璧に一致しただけ。

精神操作を超えて、純粋に物質を動かした。

明の苦しみは、今、物理的な窒息だ。


昼の光が、粉の雲を透かして差し込み、

階段の踊り場を、ぼんやりとした白い霧のように染めていた。

明の指先が、コンクリートを弱く掻く。

肺が、焼ける。

喉が、詰まる。

世界が、白く、静かに閉ざされていく。

息を求める動きが、徐々に弱くなり、

体は、ただ震えるだけになる。


この瞬間、明の意識は、

白い霧の底に沈み始めていた。

まだ、生きているはずの体が、

ゆっくりと、死の淵に近づいていく。

昼の光は、そこに届かない。

ただ、白い粉末が、静かに舞い続けている。

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