途切れた指
だが――
そのとき、階段の照明が、突然チカチカと点滅し始めた。
古い蛍光灯が、寿命の最期に痙攣するように、光を断続的に吐き出し、踊り場を不規則に明滅させる。
そして、一瞬の暗闇が訪れた後、階段の上から、重い金属の軋みが響いた。
非常階段の鉄扉が、強風に煽られて勢いよく閉じ、その反動で、扉に固定されていた古い消火器が、金具から外れて落下した。
消火器は階段を転がり落ち、ちょうど遥の足元に、鈍く、重く、ぶつかった。
衝撃が遥の体をわずかに揺らし、首を絞めていた両手が、一瞬、力が抜ける。
明は、反射的に息を吸い込んだ。
肺に空気が流れ込み、焼けるような痛みが一時的に和らぐ。
咳き込みながら、喉の奥に残る圧迫感を押し出す。
遥は、驚いて手を離し、後ずさった。
消火器は、彼女の足を軽く叩いただけだったが、そのタイミングが、完璧すぎた。
「っ……!?」
遥は、慌てて自分の手を見つめる。
指先が、まだ微かに震えている。
何をしていたのか、自分でも理解が追いついていない様子。
怒りの炎が、ゆっくりと混乱に塗り替えられていく。
瞳に宿っていた虚ろな光が、徐々に現実に戻り、
代わりに、深い後悔が浮かび上がる。
彼女の呼吸が、浅く乱れる。
明は、喉を押さえながら、這うようにして壁に背を預けた。
まだ息が荒い。
肺が、ようやく空気を求め、
心臓が、激しく鳴り続ける。
遥の精神を操るのは、確かに悪魔の能力だ。
神様は使わない能力。
だが「元からあった」消火器の落下と、扉の風圧。
ただ、それだけ。
それだけで十分だった。
木村明は、まだ生きている。
喉に残る痛みと、生き残ったことへの虚無が、彼をさらに深く追い詰める。
遥は、今、混乱と後悔で震えている。
昼の光が、二人の間に冷たく差し込み、階段の踊り場を、静かに照らし続けている。




