The night before the festival
夕日に空が紅く染め上げられる頃。
さらに赤く染め上げられた空間があった。
噴出される轟炎に、飛び散り滴り落ちる血の色に赤く赤く染まりゆく。
丸太のように立派な四肢は骨まで達する斬撃を受け続け、もはや自重を支えきれず、惨めに地に伏せることしか許されなかった。
2mを超える長身で筋肉質の男が獲物の首筋に己の身長より長く、幼子なら隠れてしまうような巨大な鉄槌を打ちつける。
あまりの重圧に耐え切れない皮膚は鉄槌の形に凹み、
すかさず噴水のようにおびただしい紅い体液が噴出する。
びりびりと肌に感じるほどの獲物の咆哮は麓の村まで聞こえたのではなかろうか。
腹の底に響く重々しく、生理的嫌悪感を抱く震声は、自分の命を奪おうとする者への呪言の様に思わされる。
その叫びも終わらぬうちに獲物の頭蓋を研ぎ澄まされた一撃で打ちぬく。
二度目の咆哮は長く弱弱しく、最後には途切れてしまった。
レディンとクロノス、そして麓の村で合流したゼスとハウデスの四人はついに火竜を倒した。
服や鎧のあちこちは焼け焦げ、細かな傷や打身などはあるものの四人とも五体満足であった。
レディンは断末魔の主である体長6mの火竜の二本在る角を切り落とし、そこで一つ安堵の息を吐いた。
驚異的な竜の生命力は侮れない、倒したと勘違いして油断すると致命的な反撃を受けることもある。
本当に絶命したか確認してからでないと気を抜くことは命取りに為る。
切り落とした角は退治した証しとして持ちかえる。
また、竜の角は貴重な資源として有効活用出来る。
粉末にしたものを漢方薬と混ぜて飲めば強壮薬に、魔導師の実験材料に、聖者の儀式に用途は様様だった。
角の長さは50cmほどで直径は5cmはある。
これを二本専門店に売りさばけば一ヶ月は遊んで暮らせるだろう。
もっとも依頼中の儲けは仲間と等分するため、装備一式の支度に打ち上げの酒場の飲み代やほとんど失われるだろう。
その作業を見ていたクロノスはつい先ほどの戦闘も何のその、元気よく先頭をきって麓の村へ続く山道を降り始めた。
そんなクロノスを微笑みながら残る3名も後に続いた。
麓の村ではすでに村を上げての祭りの準備であわただしかった。
四人は早速村長に報告しに行くとやはり火竜の断末魔がここまで聞こえており、すぐさま祭りの手配をしたのだった。
そして礼を兼ねて祭りにも是非参加して欲しいと願い出られた。
断る理由も無い四人は快く承諾した。
祭りは翌日の正午に始まるとのことなので長老の用意した部屋で各自休養についた。
その深夜。
レディンはふと外の騒がしさに目を覚ました。
騒がしいといっても長老の館自体がかなり物静かな為、話し声だけでも注意すると聞こえてくる。
別に隠れて聞き耳を立てる趣味は無い。
もし困り事なら力になろう、そんな軽い気持ちでドアを開け長老の元へむかった。
長老の元には村の男数名が集まっていた。
男達はしきりに長老に訴えていた。
声を掛けて話を一緒に聞いてみると、今日の夕方森の辺りでリリスを見たという。
リリスの存在が世界中に知れ渡って数百年。
昔はごく一部の地域でしか目撃されなかったリリスも数百年もかけ世界中を移動していたためにその知名度もあがっていた。
手配書は一定時期に描きなおされたものが世界中に再配布されており、初めてみる者でも発見することはたやすかった。
長老は祭りの後にでも山狩りをするということで村人達を帰らせた。
長老はリリスに対して特に危機感を持っているようには見えなかった。
またレディンも大して気にとめなかった。
だいたい、神を嫌うわけではないが、見たことも無いものに信仰し、命をささげるなど馬鹿らしい。
信じられるのはこの世界で生きている自分達の力であるという信念があるからだった。
だが、このリリスというマツリゴトには不愉快の念を隠し切れなかった。
否定論者ではなく、無関心なだけである為たいした衝突も無くすごしてきたが今回はそうはいかなかった。
そもそも神の掲示したという災いとは何か、疫病、飢饉、戦争・・・すべて人間が生活していれば起こりうる事象である。
それをひとつの存在があるためだなど、到底納得できるわけがない。
レディンには人の意見に流されない確固たる自分の納得できる理由がなければただの戯言にしか思えなかったのだ。
自分の目で見、触り、体験してこそ初めて自分の中で知識として確定されてゆくのである。
レディンは少し熱く考えている自分に冷静になり、眠りついた。




