Persuasion
ゴウラィオン高原に隣接する形のライディンの森。
その境目が森の東出入口となる。
そこから数百メートル離れた場所には見渡す限りの兵士の海。
その数10万を擁する、ミネルヴァ国第二師団だ。
指揮官の所在を示す鳥を模った紋章旗が一際目立つその一角に見知った顔も混じっていた。
ゼスとハウゼスだ。
二人は入り口から少し離れて立つレディンへと一団より離れ、歩み寄ってくる。
「お久しぶりです。レディン。」
ハウゼスにいつもの間延びした喋り方は無く、事務的なものにさえ感じられた。
「ああ・・・久しいな。もう、何十年と会っていない気がする。」
「そうでしょうか?ジーグ村のドラゴンを一緒に倒したのは2年ほど前なのですよ?」
レディンがその言葉に一瞬硬直したが、すぐに平静を取り戻す。
「・・・レディン」
普段喋らぬぜスが一言名前をつぶやく。
重くも無く、勢いもなく、ただ悲しそうに。
それだけでレディンはゼスが何を言いたいのか理解した。
「今の現状が世界のルールから見れば正しくないのは解っている。
しかし、深く知ってしまった。
リリスが元は唯の人間だったということを。リリスはただの少女だということを。
知ってしまった以上、観て観ぬ振りなどできない。
彼女は何もしていないのに、唯生きているだけで迫害される。
他人にその命すら弄ばれているんだ!
それが絶えられないんだ・・・」
自身が吐き出した台詞に悲壮な表情を浮かべるレディン。
「・・・そうですか、予想していた答えだとしても、実際に貴方の口から聞きたくは有りませんでした・・・
私達は貴方に近しい間柄ということで、話しをしている間、後ろのミネルヴァ軍の人達に待って頂いています。」
ハウゼスは一つ大きく息を吸い込んだ。
「レディン、私達と一緒に来ていただけますね?これは最後通告と受け取ってください。
この申し出を断る様であれば、まず、後ろに待機しているミネルヴァ国第二師団が。
仮にこの場を逃げ切れたとしても、その後もミネルヴァ国王ユピテルの名の元に・・・
貴方は生死を問わず、世界中に指名手配されます。
・・・けして悪い待遇にならない様に私達も最善を尽くします。
どうか、このまま・・・抵抗などせずに私達と共に来て下さい。」
「・・・レディン」
悲痛に訴えるゼスとハウゼスを直視できず、顔を背けるレディン。
「・・・・・・それは、出来ない。」
「なぜ・・・なぜですか!貴方が護ってきた世界でしょう・・・
今まで貴方が身を削り、命を掛けて護ってきたものを・・・
なぜ、そう簡単に捨てられるのですか!!」
頑なな態度のレディンに激情をぶつけるハウゼス。
「簡単じゃない!
簡単じゃ・・・ない・・・悩んだ、今も悩みつづけている。
どうしたら良いかなんて、結局答えは見つからない・・・
だけど、今のままリリスが無残に殺されているのを見過ごす訳にも行かない。
頭で幾ら考えても答えが出ないから・・・いまは感情にしたがっている。
俺はただ、彼女を護りたいだけだ!
孤独でもいい、平和に生きていける様にしてやりたいだけなんだ・・・」
「だから、殺すのか?」
ゼスが真摯に語る。
「そう、殺さなければ、追い返すだけじゃ駄目だった。
次から次へと、追う者が入れ替わるだけで常に居場所を捜索され、発見されると逃げ回らなければならない。
彼女は身も心も休まる時などないんだ。
残酷じゃないか・・・人間じゃないなら、化け物なら歯牙にも掛けないのだろう。
しかし、彼女は人間なんだ!疲れれば眠るし、傷を負えば血も流す!
こんなひどい逃亡生活をどれだけ続けてきたというんだ!
どれだけ続ければ終わりは来るんだ・・・・・・」
レディンは知らずに涙を流していた。
「その優しさ・・・変わりませんね。
しかし、友人である貴方をみすみす世界の敵などにはさせません。
力ずくで連行させていただきます!!」
ハウゼスがそう言うや否や、ゼスが鉄槌をレディンへと打ち下ろした。
「くっ」
レディンは後ろに飛び退きそれを避ける。
体勢をを整え、自分の剣を抜いて二人を見据える。
ゼスはレディンへ第二撃を撃ちこむ為こちらに突進してきている。
その後ろではハウゼスが自分の足元に光り輝く幾何学模様で出来た魔方陣を作り上げていた。
レディンはゼスの鉄槌を避けるが、大きさが半端ではない為、回避動作が大きくなる。
ゼスは地面に叩きつけた鉄槌の柄の部分をそのままレディンへ向かって投げつける。
それは地面にめり込んだ頭部を支点に独楽が回るかのように円を描いた。
「ぐあっ」
剣を叩きつけたが勢いを殺せず、咄嗟に腕で防ぐもその衝撃にレディンは吹き飛ばされた。
土煙を上げながら地を滑るレディン。
その停止地点を杖で指すハウゼス。
すでに呪文の準備は整った。
ハウゼスがそれを口にすると突如レディンの倒れている辺りの地面が水の様に波打つ。
その瞬間、石を水面に落とすようにレディンは飲み込まれた。
レディンは水中で、もがくが如く手足を動かすが、上がる事が出来ない。
「レディン・・・大人しくなさってください。
そこは沼と同じです。もがいても余計沈むだけ・・・
溺れ瀕死になり、貴方が気を失った後、蘇生してさしあげます。」
ハウゼスは沈みこんで姿の見えないレディンに問い掛けた。
「・・・」
その声は届き、レディンは沼と言う言葉で冷静さを取り戻した。
「さあ、ミネルヴァの皆さんを召集して・・・
どうしたんですか、ゼス?」
ゼスはレディンの居るであろう場所から目を離さない。
「レディンなら今頃気を失っているでしょう。
あの泥濁結界から逃れるすべは有りませ・・・!?」
突然の爆発音。
と同時に結界が張られていた場所には水柱の様に土砂が吹き上がる。
「な、なんですの?!」
吹き上がリ続ける砂泥を凝視していたゼスが、そこから放たれる危険を察知し、ハウゼスを横に押し出す。
「きゃっ!」
軽く悲鳴を上げて倒れたハウゼスだったが、倒れこむ直前それを目撃した。
たった今ハウゼスが居た空間に白い閃光が走り、一振りの剣が突き刺さっていた。
それは白刃の一撃が振り下ろされていたことを示すモノだった。
「あっ?!ぐ、ぅうう・・・」
ハウゼスは突如襲った痛みに悲鳴を上げる。
目を向けると左腕の肘から先が切断されていた。
音も無く近づいた泥塗れのレディンが地面から剣を抜く。
と同時に、自分に襲いかかろうとしていたゼスと対峙する。
ゼスは巨大な鉄槌を斜め上から容赦無く振り下ろした。
レディンはそれを紙一重で避けると柄の部分に渾身の一撃を与えた。
柄に大きなヒビが一つ入ると、自重に耐え切れず脆くも折れてしまった。
そこは先程の戦闘で、ゼスがレディン目掛けて投げぶつけた場所である。
レディンのあの時の攻撃は、柄に著しい損傷を与えていたのだ。
「はぁっ・・・はぁっ・・・大人しく・・・引いてくれないか?」
レディンは剣を収めた。
レディンは見るからに激しく息切れをしていた。
先程の結界から脱出する際、自らの氣を圧縮、至近距離で爆発、それを推進力に飛び出したのだ。無論自分も無傷ではすまない。
「・・・やはり、貴方の気持ちは変わり有りませんのね。」
「・・・」
ゼスがハウゼスの腕に布を巻いて止血をしている。
「ここまでして見せませんと・・・わざと貴方を逃がしたといわれますから・・・」
ハウゼスは脂汗を流しながらもにこりと微笑む。
「くっ・・・すまないっ!」
苦悶の表情を浮かべながら謝罪の言葉を言ったレディンはその場から立去った。
「貴方・・・これでよかったんですよね・・・」
「・・・」
ゼスは無言で頷く。
ゼスとハウゼスが倒されたことを確認したミネルヴァ軍は進撃を開始した。
二人の横をレディンを追撃するために兵士達が無数に通り抜けていく。
ゼスとハウゼスの二人は、レディンの立去った方向をずっと見つめていた。




