Searching for the enemy
「あれが・・・リリスだって?」
ティシフォネは気配を絶ち、木の上から少女を見下ろして呟いた。
年の頃は10代半ばであろうが、しかし年齢にそわない細すぎる身体を辛うじて包んでいる薄汚れたワンピースには、所々鉤裂きがあり、白すぎる肌が露出していた。
幾つかの部位には包帯が巻かれており、しばらく前に傷を負っている事が判る。
傷んでくすんだ山吹色のロングヘアも本来は手入れをすれば美しいブロンドになるのであろう。
少女は少し進むと辺りを見渡し、安全を確認すると、また少し進んでは辺りを見渡すを繰り返していた。
「確かに挙動不審ではあるが・・・」
腕を組んで悩みこむ。
リリスと思しき気配をたどってきて、この少女を発見してから半刻が経とうとしていた。
ティシフォネはずっと少女を観察していた。
手配書に描かれていた特徴とはほぼ一致している。
その手配書も幼少時分から、父親に事あるごとに見せられて暗記している。
この世界に生きるほぼ全ての人間が生まれたときから見て育っているであろう手配書。
大抵の一般人は物心ついた頃には気にもとめなくなる。
ここ百年ほど内容に変更は無く、古くなれば新しいものに張り替えられた。
ティシフォネは父親が賞金稼ぎだった為に、子守唄代わりに自分の夢を聴かせられた。
”リリスを倒して栄誉を手に入れる”
口癖の様に語る父親は、小さな戦士団に所属する平凡な戦士だった。
その父親もティシフォネが物心付いた時には戦場で命を落としていた。
ティシフォネにとってリリスの話は父親の話でもある。
そんな想い出を重ねつつ見る少女は、とても栄誉を貰えるほどの存在とは到底思えなかった。
「やれやれ・・・」
呆れた口調でそう言うと、木の上から少女の側へと飛び降りた。
「きゃっ!?」
少女は突然人が飛び降りて来た事に驚き悲鳴をあげる。
ティシフォネは着地の衝撃を逃す為に折り曲げていた脚をゆっくりと伸ばして立ち上がる。
そして顔を挙げて少女を見ると・・・目の前には居なかった。
「なっ!?」
急いで辺りを探してみると、暫く先に後姿を見つけた。
どうやら即座に逃げ出したらしい。
その判断力はティシフォネも関心するほどだが、逃げ方が下手だった。
足場の良い場所を前もって確認しながら進まず、ただ直線的に進もうとするのが間違いだ。
そんな少女に追いつくのに手間と時間は掛からなかった。
「逃げるって事は・・・・当たりかねぇ・・・」
余り気乗りしない台詞を吐き出しながら、少女の後ろを獲る。
「えっ?」
突然の声に振りかえろうとした所をティシフォネの手刀が後頭部へ入る。
一瞬で意識を飛ばされた少女の身体はバランスを保てなくなりその場に倒れた。
「まさか、一発で決まっちまうとは拍子抜けもいいこった・・・
ますます、本当にリリスかどうか疑わしい・・・」
と言ったものの、結局少女をこのままにしておけず、肩に担いでライディンから出ることにした。
身長は低く華奢な見た目通り、身体は軽いものだった。
「何食ってんだコイツ・・・」
今だ疑念は掃えないティシフォネだったが、そのまま東へと向かうのだった。
暫く進んでいると少女が目を覚まそうとしてる事に気が付いた。
そして丁度、計った様に辺りには風が吹く様になり始めていた。
森の出口が近くなってきた為である。
鬱蒼と茂る木々に遮られて、風は森の奥まで届く事が無いからだ。
ティシフォネは少女を近場に降ろし、意識が戻るのを眺めていた。
見るからに普通の娘だった。
「寝顔は可愛いもんだ・・・」
未だ幼さの残る顔立ち、ともすれば大人の女性を感じさせる、少女から大人へと丁度変化する年頃なのだろうとティシフォネは一人納得する。
「自分はこの年頃にゃあ男相手に殴り合いしてたっけかなあ。」
自分の粗暴な過去を思い出し自嘲する。
「ぅ・・・ん・・・」
少女は目を覚ました。
そしてティシフォネを見るなりその場から飛び退いた。
だがしかし、大木に背を阻まれ2メートルも距離は開いていない。
「気が付いた様だね。」
そんな少女を微笑ましく見ている。
「・・・・・・・・・」
だが少女は悪鬼を見るかのごとくティシフォネを睨みつけたいた。
さながら怯える自分を見て愉悦に浸っていると思われているのだろう。
「なんて、あたしゃ悪趣味じゃねーよ。
大丈夫だって、今んところ捕って食おうとは思ってねーよ。」
「・・・・・・・・・」
少女は言葉を発しない。怯えた様子も見せない。
目尻に涙を浮かべるも、泣きじゃくったり、取り乱したり・・・そして命乞い等しなかった。
「ふう。ダンマリかい・・・
まあ、その態度で確信できたってもんだがね・・・
見た目がどうであれ、アンタはリリスで間違いないってな。」
「・・・」
「この状況でそういう態度が取れるなんて対した度胸だねぇ。
初めてみたときは信じられなかったが・・・こうやって目の前にすると、
意外と気が抜けないんだねぇ・・・ゾクゾクくるよ。」
ティシフォネは手に浮かんだ汗を拭っていた。
見た目も、殺気も威圧感もレディンに比べれば皆無に等しい。
だが、その蒼い瞳に見つめられるだけで、本能的に驚異的な何かを感じ取ってしまう。
「貴方も私を殺しに来たのですか?」
ずっと黙っていた少女はティシフォネを真正面から見据える。
「っと、いや、あたしは殺さない。ギルドへ連れて行くだけさ。」
一瞬気圧されたが、普段の口調に戻して応えた。
「・・・・・・」
「世間じゃ、アンタを探して大勢の人間が四苦八苦してるのさ。
そのアンタをギルドへ連れて行けば、あたしの株も上がるってもんさ。」
黙して動かぬ少女に一方的に話しかける。
「今だって、この森にギルドの依頼を受けた奴や、興味本位で嗅ぎ付けたガキどもがわんさかだ。」
両手を一杯に広げて見せる。
「でも貴方は一人・・・」
「くっ痛いところついてくれるじゃないか・・・」
ティシフォネは顔をしかめる。
「ああ、ここにきた時はもっといたんだがね・・・
あの忌々しい勇者さまに、みーんなやられちまったのさ!」
「勇者さま?」
ドクンと少女の胸が大きく高鳴った。
「あ?もしかして、アンタの指示じゃない?」
「な、何の事ですか?」
少女は高鳴り始めた鼓動を必死で抑えようと平静を装った。
「ふむ、こりゃ面白いことになってきたねぇ。
じゃあ、アンタは知らないんだ・・・
・・・面白そうだし教えてやろうかね。」
「・・・」
「お、興味有るって顔だね。いいね、話しがいがあって!
今この森にアンタを、リリスを追う者が集まってきてるのはさっきも言ったよな?
実はその追跡者を皆殺しにしてるヤツがいるのさ。
なんとそいつは少し前まで西方大陸で魔族を倒しまくって、皆から”勇者”なんて呼ばれて慕われていたヤツなのさ。」
「!?」
ティシフォネの言葉に少女の胸は弾け飛ばんばかりに鼓動を打った。
まるで耳の鼓膜が心臓に変わって踊っているように感じるほど鼓動の音が全身を支配する。
ティシフォネが渋い表情で何かをぼやいているようだが、少女の耳には届かない。
(”あの人”が、勇者?!)
自分が夢想していたものが現実であった事の衝撃に気を失いそうになる。
「その人は・・・今、何処に・・・」
少女は考えたことが口から出されていた。
「んあ?さーな、まだ森のどこかで惨殺ショーを繰り広げてんのかもな。」
散々愚痴を溢していたティシフォネが興味なさそうに答える。
「会ってみたいってか?
だが、駄目だ。アンタをつれているところを勇者に見つかりでもしたら、今度こそ命まで奪われちまう。
このまま森を出て、近くの町でギルドに引き渡させて貰うからな・・・って聞いちゃいねぇえ。」
冷酷なキャラを演じきった満足感も得られぬまま、惚け続ける少女・・・
リリスを、やはり”らしく”ないと思いながらも見つめるのだった。




