第9話 クリス
「ミシェを離せ!」
アルベールはクリスに向かって剣を振り上げながら駆けた。クリスはそれを横目で見て、ミシェルを放り投げ、アルベールの剣を受け止めた。
咳き込むミシェルにマリオンは駆け寄り、ヒールをかけた。
「ありがとう、マリオン」
息を整えながら、ミシェルはマリオンにお礼を言った。マリオンはアルベールに目を向けた。
「アルにもヒールをかけたけど、止血程度だよ。よく動けたな」
クリスと剣を交えているアルベールをミシェルも見た。アルベールの顔色はよくなく、時折、ふらついている。ミシェルもふらつきながら、立ち上がり、アルベールに杖を向けた。
「ホーリーヒール!」
アルベールに聖なる光が降り注ぎ、アルベールの顔色はよくなった。クリスとの剣戟は凄まじく、すぐにアルベールに切り傷ができていく。アルベールはまたクリスに弾かれ、地面を滑るようにして倒れた。しかし、アルベールはすぐに立ち上がり、口の中が切れたのか血の混じった唾を吐いた。
「くそっ!」
そう吐き捨てるように言って、また剣を握り、クリスへと挑んでいく。それをクリスは冷めた目で見つめていた。
「しぶといやつめ。先にこっちをやるか……」
クリスが剣を構えたそのときだった。マリオンが背負っていた勇者の剣が抜け、アルベールに向かって飛んでいった。勇者の剣は、光り輝き、まるで使えと言わんばかりにアルベールの前で止まった。アルベールは勇者の剣のグリップを握った。
それを見ていたクリスは青い目を見開いた。
「なんだ、その剣は。嫌な感じだ」
焦ったクリスがアルベールに大振りで斬りかかり、アルベールはそれを受け流し、クリスの胴を斬った。すると、クリスの口から黒い靄が大量に噴き出し、クリスはその場に倒れた。その背後でアルベールも膝をつき、肩で息をしている。
ミシェルとマリオンはアルベールに駆け寄り、ミシェルは再度、ホーリーヒールをかけた。
アルベールは天を仰ぎ、それからミシェルに視線を向けた。
「ありがとう、ミシェ」
ミシェルは泣きそうになりながら首を横に振った。
「こちらこそ、さっきは助けてくれてありがとう」
ミシェルはそう言って、アルベールの肩に額を当てた。
マリオンはひとりクリスの様子をうかがっていた。
「さっき、たしかにアルはクリス騎士団長を斬ったよね? 血が出ていない……」
その言葉にミシェルは、はっとしてクリスを見たが、血だまりができていない。それに答えるようにアルベールは勇者の剣で自身の腕を斬ったが、切断されることはなかった。それを見たミシェルとマリオンが驚いたようにアルベールを見た。
「この剣、肉体は斬れないんだ。不思議なんだが、勇者の剣を取ったときに、そう感じた。それに、鞘に入っていたときはとても重かったのに、今はすごく軽い」
そう言って、アルベールは勇者の剣を片手で上下に振っている。
ミシェルは再び、クリスに視線を向けた。
「じゃあ、クリス騎士団長はまだ生きている……?」
「たぶんな」
アルベールはそう言いながら立ち上がり、クリスの横にある剣を蹴って遠くにやり、クリスの横にしゃがんだ。それから、クリスの口元に手をやり、呼吸を確かめた。
「うん、生きている」
それを聞いたミシェルはほっとした。それと同時に、クリスが目覚めたときにどういう反応をするかを知るのが怖いと感じた。
しばらくしてクリスは気づいた。起き上がろうとしたが、後ろ手を縛られていてうまくいかない。それをアルベールが助けるようにして起こした。
「わたしはいったい……」
「俺と戦ったこと、覚えていない?」
クリスはその言葉に驚きながらうなずいた。それから、アルベールの背後にいるミシェルに気づいた。
「聖女ミシェル……。そうだ、俺は聖女ヘンリエッタに呼び出された。聖女ヘンリエッタから黒いもやが噴き出したところまではたしかに覚えている。そこからの記憶が全くない」
「おそらくですが、騎士団長はヘンリエッタに操られていた」
ミシェルがそう言うと、クリスは悔しげに歯を噛みしめた。
「我々は聖女ヘンリエッタに騙されていた、というわけですか?」
ミシェルはそれにうなずいた。それから、クリスの前にしゃがみ、視線を合わせた。
「ヘンリエッタが言っていたことを教えてください」
クリスはまだ頭が正常に動かないのか、しばらく考えてから答えた。
「聖女ヘンリエッタは聖女ミシェルが偽物であると言っていた。その証拠に二代前の聖女の骨は聖墓にはないと言うので、わたしはそれを確かめに行った。そして、確かにそこに骨はなく、教会からあなたがいなくなっていたので、逃げたのだと、聖女ヘンリエッタは言っていた」
ミシェルはうなずいた。
「私もあのとき、聖墓にいたのです。騎士団長たちが話しているのを聞いて、私はもう教会には戻れないと悟りました」
「そうだったのですか……。しかし、なぜわたしは聖女ヘンリエッタをあそこまで信じてしまったのか……」
それを聞いていたマリオンは答えた。
「話を聞いていると、魔王は魅了の魔法を使っていた可能性がある」
アルベールは納得したようにうなずいた。
「だから、誰もヘンリエッタを疑わず、ミシェを偽物だと信じ込んだというわけか」
ミシェルはマリオンを見上げた。
「でも、私はヘンリエッタを疑うことができたよ?」
マリオンはうなずいた。
「ミシェには女神の加護がある。だから、魔王の魅了の魔法は通用しなかったと考えられる」
ミシェルは一回目のときを思い出していた。教会は好意的にヘンリエッタを受け止め、すぐに教会に馴染んでいた。
「あれが魅了の魔法の効果だったとしたら納得できる」
クリスはミシェルに頭を下げた。
「我々はあなたを信じ、守らなければならなかった……」
「頭を上げてください、騎士団長。今はヘンリエッタから教皇領を取り戻すことを考えなければなりません」
クリスはうなずき、それから言った。
「教皇領はすでにヘンリエッタの手の内です。教皇も騎士団もヘンリエッタの指示で動いている」
アルベールはクリスの手を縛っていた紐を剣で斬った。
「まずは皇帝陛下に報告が先だ。帝都に戻ろう」
ミシェルはアルベールに視線を向けて、うなずいた。




