第6話 魔塔
次の瞬間、ミシェルの目に映ったのは、乱雑に床に置かれた本の山だった。実験器具なども置かれていて、その中に長い耳を持ち、緑の髪を胸元まで伸ばした男性がいた。
「ようこそ、魔塔へ。アルベール皇弟殿下はお久しぶりですね」
「ヤニック殿、お久しぶりです」
ヤニックは紫の瞳をミシェルに向けた。
「お嬢さんは、はじめましてですね。魔塔の代表のヤニックと申します」
「お初にお目にかかります。ミシェルと申します」
ミシェルはお辞儀をした。ヤニックは柔らかい笑みを浮かべた。
「やはり聖女様でしたか」
その一言にミシェルは驚き、アルベールに目を向けた。アルベールも驚いているようだ。そんな二人の様子を見て、ヤニックは言った。
「そのように澄んだ魔力は見たことがありません。あとは、お名前を聞いて、確信しました。どうぞおかけください。ご用件をお伺いしましょう」
本の山に埋もれるように置かれた応接のソファーにミシェルとアルベールは座った。ヤニックも正面にかけて、ヤニックの肩に止まった白い鳥に声をかける。
「マリオン、来客だ。お茶を三つ持ってきてくれないか」
すると、鳥から女の子の声が聞こえた。
「りょうかーい」
それからヤニックが二人に視線を向けたので、ミシェルはこれまでの経緯を話した。
「なるほど。聖女がもうひとり誕生し、それは二代前の聖女を器にした魔王であると。それは興味深い」
ヤニックは複数回うなずき、それから首を横に傾げた。
「しかし、ミシェル様はどうしてもうひとりの聖女が魔王だと確信しているのでしょうか?」
ミシェルはその問いにすぐに答えることができなかった。
――それは時間を戻ったことを話さないといけない。信じてもらえるかしら……。
ミシェルが不安そうにアルベールを見上げると、アルベールもミシェルに視線を向けていた。黒い瞳がミシェルを温かく見つめている。
――アルベール様ならきっと受け入れてくれる。そんな気がするわ。
ミシェルは覚悟を決めて話し出した。
「私は二度死んでいます。一度目は、偽の聖女として牢屋に入れられ、そこに現れたヘンリエッタに殺された。二度目は、最初は夢かと思っていました。けれど、同じタイミングで、ヘンリエッタから瘴気を感じ、一度目が夢ではなかったと確信しました。そして、戦い、殺された」
それにヤニックは紫の瞳を輝かせた。
「時間逆行ですね。興味深い」
「死んで、自室で目が覚めました。一度目の死ぬ前に、ヘンリエッタから二代前の聖女の骨で器を作ったと聞かされ、三度目の今回、私はそれを確かめに聖墓へ向かいました」
ミシェルは悔しそうにローブをぎゅっと握り、絞り出すように続きを話した。
「そこへ来た騎士団の会話から、ヘンリエッタが、私が二代前の聖女を器にした魔王だと吹聴していることを知りました」
アルベールも真剣なまなざしでミシェルの話を聞いていた。
「それで逃げることにした」
ミシェルは涙を湛えた緑の瞳をアルベールに向け、うなずいた。
ヤニックは考えるように腕を組んだ。
「魔王とは、女神の書に出てくる災厄ですね。すみません、宗教にはあまり明るくなくて、詳しくは知りません」
「魔王についての記述は、女神の書、第十三章に書かれています。『災厄の魔王現われるとき、勇者、目覚めるであろう。そして、聖女と共に災厄に立ち向かわん』――私は、勇者を探そうと思っています。ヤニック様、勇者について何かご存じではありませんか?」
ヤニックが斜め上を見上げたときだった。
「お茶、持ってきましたよ、マスター」
突然、青い髪の女の子が現れた。その子もエルフのようだ。お盆にお茶を三つ乗せている。それをテーブルの上に一つずつ置いていく。
ヤニックはその少女に目を向けた。
「いいところに来た。マリオン、座りなさい」
ヤニックは自身の隣を叩いた。マリオンは首を横に傾げながら、言われるがまま座った。ヤニックはミシェルに視線を戻した。
「勇者が誰かは知りませんが、勇者の剣のありかは知っています」
ミシェルは身を乗り出し、尋ねた。
「勇者の剣はどこにあるのですか?」
「セス一族が所有しています。――マリオン、お二人に協力して差し上げなさい」
それにマリオンは水色の瞳を丸くした。
「ちょっとマスター? 突然すぎない? どういうこと?」
そんなマリオンを無視してヤニックは話を進める。
「こう見えて、マリオンはわたしの一番弟子です。きっとお役に立つでしょう」
「ちょっと? 勝手に話進めないで、マスター。あたいにもちゃんと説明して?」
ヤニックは小さくため息をついて、かいつまんで話した。
「魔王が誕生したかもしれない。お二人は勇者を探している。その手伝いをしなさい。まずはセス一族のもとへ案内するんだ」
「んん~? あたいが? この二人誰?」
「言葉に気をつけなさい。アルベール皇弟殿下と聖女ミシェルだ」
マリオンは水色の瞳を見張り、正面に座るミシェルとアルベールを見た後、隣に座るヤニックに掴みかかった。
「そういう大事なことは最初に言ってよ!」
「まぁ、そういうことだから、頼んだよ。マリオン」
「いつも無茶ぶりばっかりしやがって~!」
マリオンはそう叫びながらヤニックを揺さぶった。
ミシェルとアルベール、支度を終えたマリオンは、魔塔の前でヤニックと別れの挨拶を済ませ、セス一族のもとに向かうべく歩き出した。
この日はボナパルトの街に戻り、宿をとることにした。
三人が夕食を食べていると、隣の席で男性二人が話しているのが聞こえてきた。
「教皇領の噂、聞いたか?」
「なんだ? 何かあったのか?」
ミシェルは思わず聞き耳を立ててしまう。
「なんでも聖都が封鎖されて誰も入れないらしい」
「なんだそれ?」
「それが、理由がわからないそうだ。聞いても教えてもらえなかったらしい。納品に行った商人は、しかたなく戻ってきたという話だ。それに至る所に騎士団がいるらしい。まるで何かを探しているようだと言っていた」
ミシェルがアルベールとマリオンに視線を向けると、二人もその話を聞いていたらしく、うなずいた。




