第5話 出発
翌日。
魔塔に向かうため、城の前でミシェルはアルベールと落ち合った。アルベールは昨日の騎士団の制服ではなく、一介の冒険者のような身なりだった。しかし、赤い髪がとても目を引いて、ミシェルはすぐにアルベールだとわかった。
「皇弟殿下、おはようございます。お待たせしてしまいましたか?」
「おはようございます。いいえ。俺も今出てきたところです。行きましょうか」
二人は並んで歩き出した。ミシェルはアルベールを見上げた。
「皇弟殿下は魔塔に行ったことがございますか?」
「はい。なので、道案内はお任せください。途中までは乗合馬車で行こうと思っています。この先に、馬車乗り場があります」
ミシェルはアルベールについて歩いていく。今度はアルベールがミシェルに視線を向けた。
「その、呼び方ですが、アルベールとお呼びください。人に聞かれると驚かれてしまうでしょうから」
ミシェルはうなずいた。
「それではアルベール様とお呼びいたします。私のこともミシェルとお呼びください」
「承知いたしました。ミシェル様」
二人は乗合馬車の集まる広場に到着した。帝都なだけあって、様々な行き先の馬車が集まっている。アルベールはひとつの馬車の御者の男性に声をかけた。
「リシャードゥまで行きたい。この馬車であっているか?」
御者はうなずいた。
「あっていますよ。まもなく出発します。おふたりで大銅貨一枚です」
アルベールは御者に代金を渡した。二人は馬車の後ろ側に回り、乗り込むと、すでにほかの客が三名ほど馬車に乗っていた。二人は空いていた入り口付近に座り、出発を待っていると、御者が客席の扉を閉めた。
馬車はゆっくりと進みはじめ、帝都をあとにした。
馬車の中はしんと静かで、ミシェルは隣に座るアルベールにちらっと横目で見ると、アルベールと目が合った。アルベールはわずかに首を横に傾げてミシェルを気遣うような素振りを見せたが、ミシェルは思わず目を逸らしてしまった。
――気まずい……。
ミシェルはわずかに身をよじり、流れる景色に目を向けていることにした。
途中、休憩のため、川辺で馬車を降りることができた。ずっと座っていたので、凝り固まった体をミシェルは伸ばした。隣いるアルベールも同様で、肩を回している。
「ミシェル様、少しその辺を歩きませんか?」
ミシェルはうなずき、二人は川沿いを歩いて気分転換した。アルベールはミシェルを気遣うように尋ねた。
「馬車の乗り心地はいかがですか?」
「少し腰が痛みます」
腰に手を当てたミシェルにアルベールは微笑んだ。
「俺もです。今日はリシャードゥまで行き、明日、魔塔の近くの街、ボナパルトまで行きます。明後日には魔塔に到着できるでしょう」
「……となると、しばらくは馬車での移動ですね」
ミシェルは苦笑しながらそう言うと、アルベールは小さく笑った。
土手の上から御者がミシェルたちに声をかけた。
「そろそろ出発しますよ」
アルベールはそれに手を振って答えた。
「さて、馬車に戻りましょうか」
二人は馬車に向かって歩き出した。
夕刻には、二人はリシャードゥに到着し、日が暮れはじめた街を歩いていた。リシャードゥは、帝都よりも小さな街だったが、綺麗に整備された街だった。
「この街は乗合馬車の経由地なので、この時間はにぎわうんですよ。早めに宿をとり、夕食は外食にしましょうか」
「アルベール様はずいぶんと旅慣れていますね」
アルベールはミシェルに視線を向けた。
「この街には視察で何度かきています。あとは、身分を伏せてふらっと旅行もたまにしますね。身軽な身の上なので」
「そうなのですね。心強いです。私はずっと教会にいたので、世間に疎くていけません」
ミシェルは俯きがちに言った。それを見たアルベールは、ふとミシェルの短い髪に視線を向けた。
「そうでしょうか? 髪を染めていらっしゃいますよね? よく思いついたなと感心いたします」
ミシェルは茶色に染めた髪に触れた。
「これは、以前、シスターたちの間で流行ったんです。それで私も染めたことがあって……。すぐに教皇様から風紀が乱れるって禁止なり、シスターたちからすごいブーイングだったんですよ」
アルベールはくすりと笑い、それから残念そうにミシェルを見つめた。
「綺麗な御髪だったのに……」
「いいんです。また伸ばしますから」
ミシェルはアルベールに微笑みを向けた。
宿を二部屋確保してから二人は夕食をとりに宿屋の隣にある飲食店へと入った。落ち着いた雰囲気の店で、二人は席につき、注文を済ませた。
食事をとりながら、アルベールはミシェルに尋ねた。
「ミシェル様が選ばれたのは、五、六歳の頃でしたか?」
ミシェルはミートソースのパスタを食べる手を止めて、うなずいた。
「六歳のときです。先代が亡くなり、選ばれました」
「それからずっと教会に?」
「そうです。その頃は幼く、よく両親が恋しくて泣いていました。シスターたちが交代で添い寝して慰めてくれていました」
懐かしそうにそう言うミシェルに、アルベールは真剣なまなざしを向けた。
「では、さぞかし心配でしょう」
ミシェルは視線を下に向けた。
「ええ。今頃、聖都がどうなっているか気がかりではあります。けれど、私は逃げてしまった……」
「しかたのないことです。あなたの選択は正しかった。あなたが捕まっていれば、俺たちはもっと状況がひどくなってから事態を知ることになっていたでしょう」
そう言って慰めてくれたアルベールに、ミシェルは緑の瞳にわずかに笑みを浮かべた。
「ありがとうございます、アルベール様」
アルベールはミシェルを安心させるように笑みを見せてから、ハンバーグを食べはじめた。
ボナパルトを経由し、そこからは徒歩で魔塔へと向かった。ボナパルトの街から少し行った場所にあり、名の通り塔だった。ミシェルはそれを見上げた。
入り口の前には一本の止まり木があり、そこに白い鳥がいた。
「いらっしゃいませ。ご用件をお伺いします」
その鳥がそう言ったので、ミシェルは驚き、目を丸くした。アルベールは特に驚いた様子もなく、その鳥に答えた。
「マスターに会いたい」
すると、今度は鳥から男性の声がした。
「これはこれは、アルベール皇弟殿下。どうぞお入りください」
魔塔の扉が自動で開き、鳥はまるで案内するかのように二人の前を飛んだ。二人は鳥のあとを追い、魔塔に入っていく。ホールには階段はなく、床に大きな魔方陣が描かれているだけだった。アルベールは躊躇なく、魔方陣の中央に立った。
「ミシェル様、大丈夫です。こちらへ」
アルベールはミシェルに右手を差し伸べた。ミシェルは少し不安げにうなずき、アルベールのその手を取った。すると、辺りは白い光に包まれた。




