第4話 アルベール
着いた先は森の中で、アルベールは馬上から騎士と冒険者たちに声高らかに言った。
「これよりビッグウルフ討伐を行う。行くぞ!」
騎士と冒険者たちは雄叫びを上げながら、森に散っていった。ミシェルはアルベールに声をかけたかったが、アルベールの周りには護衛の騎士たちが張りついていて、近づくのがはばかられた。
――できれば、内密にアルベール皇弟殿下と話したい。
ミシェルは機会をうかがっていたが、しかたなく討伐に参加することにした。騎士と冒険者が入り乱れてビックウルフを倒していく。ビッグウルフが大量発生しているようで、倒しても、倒してもどこからか湧いて出てくる。
ミシェルは聖女だとばれないように、ファイアーボールを使って、ビックウルフに攻撃をしかけた。それを見ていた冒険者のひとりがミシェルに視線を向けた。
「やるな、兄ちゃん」
そのときだった。遠くから悲鳴が聞こえた。
「そっちへ大群が行った!」
その声と同時にビッグウルフが十匹以上、こちらに向かって駆けてきた。人間に追われて興奮しているようだ。冒険者や騎士が止めようとするが、勢いは止まらない。
ミシェルはアルベールの前に立ち、杖を構えた。
――この大軍を相手にするなら、しかたがない。
「ホーリーバースト!」
広範囲に聖なる光があふれ、ビッグウルフたちは跡形もなく浄化された。生き残ったビッグウルフたちも冒険者と騎士に退治された。
アルベールは馬上からミシェルを見下ろしていた。その顔は驚きに満ちていて、ミシェルに声をかけた。
「そこの君、すまないが、フードをとって顔を見せてくれないか……?」
ミシェルは振り返り、フードをとって顔を上げた。
「殿下、お久しぶりでございます」
アルベールはミシェルの顔を見て、ますます驚いた。
「なぜ、こんなところに……」
「ここでは……」
ミシェルがちらっと人を気にした素振りを見せたので、アルベールはうなずいた。
「馬には乗れますか?」
「ええ」
アルベールはミシェルの手を取り、馬上へと引き上げた。それから、近くにいた騎士に声をかけた。
「あとは頼めるか?」
「はい。残党狩りをして撤退します」
アルベールはうなずき、馬を走らせた。辺りに人の気配がなくなると、馬の歩みを緩め、アルベールは自身の前にいるミシェルに問いかけた。
「聖女ミシェル様、ですよね?」
ミシェルはわずかに振り返った。
「はい。よくおわかりになりましたね」
「あなたが呪文を唱えたとき、左手の甲に聖紋が浮かび上がっていたので、まさかとは思いましたが。どうしてこちらに?」
「聖女がもうひとり現れました」
アルベールはそれに眉をひそめた。
「聖女が二人? たしか聖女はひとりしか選ばれないはずでは……」
「そうです。今まではそうでした。けれど、もうひとり現れたのです」
ミシェルは前を見据え、そう言った。アルベールは首を横に傾げた。
「それは、あなたがここにいる理由と関係あるのですか?」
「私が偽の聖女に仕立て上げられ、逃れここへきました」
アルベールが戸惑っているのを背中に感じながら、ミシェルはアルベールを振り返った。
「魔王が現れたかもしれません」
その一言に、アルベールは息を呑んだ。
「魔王とは、女神の書に書かれている災厄のあの魔王ですか?」
ミシェルはうなずいた。
「定かではありませんが、逃れる前に、騎士団長がそう言っていたのです。もうひとりの聖女であるヘンリエッタが、私が魔王であると証言していると」
アルベールはそれを聞いて赤い髪をかいた。
「それが本当だとしたら大変です。すぐに皇帝陛下を交えて話しましょう」
ミシェルはうなずいた。
城に入ると、アルベールはミシェルを連れて皇帝フレデリックの執務室のドアをノックした。返事が聞こえ、アルベールは室内に入った。そこにはアルベールと同じ赤い髪と黒い瞳の男性が、執務を行っていた。
「アルベール、ビッグウルフの討伐はもう終わったのか?」
「それどころではございません。陛下、こちら聖女ミシェル様です。亡命されていらっしゃいました」
それを聞いたフレデリックは、立ち上がり、応接用のソファーへと移り、二人にも座るように促した。
アルベールから一通り聞いたフレデリックは、ミシェルに視線を向けた。
「ご無事で何よりでした、聖女ミシェル」
「聖都は瘴気に包まれていました。すでにヘンリエッタの手に落ちていると考えて間違いないと思います」
フレデリックはうなずき、真剣なまなざしでミシェルを見た。
「失礼ですが、あなたが本物の聖女だと証明はできますか?」
その問いにミシェルは左手の甲に聖紋を浮かび上がらせた。
「ヘンリエッタも聖紋を持っています。それは二代前の聖女の骨から作った器だから。だから、私が本物であると証明する方法はありません」
ミシェルは悔しそうに左手を右手で包んで胸に当てた。その様子を見ていたフレデリックはうなずいた。
「わかりました。今はあなたを信じましょう」
ミシェルはほっと息をつき、フレデリックに視線を向けた。
「これから私は女神の書に出てくる伝説の勇者を探そうと思います」
フレデリックはうなずいた。
「ならば、魔塔を尋ねるといいでしょう。マスターはエルフで長命だ。何か知っているかもしれません。――アルベール、聖女ミシェルを守り、共に勇者を探せ」
「御心ままに」
アルベールは頭を下げて、拝命した。それから隣に座るミシェルに顔を向けた。
「準備もあります。明日、出発でよろしいでしょうか?」
「ええ。そうしましょう」
待ち合わせ場所などを決めて、ミシェルはお辞儀をしてから退室した。
アルベールとフレデリックの二人になった室内には重い空気が流れていた。先に口を開いたのはフレデリックだった。
「どう思う? アルベール」
「突飛で信じ難い話だが、聖紋をみせられちゃあなあ。放っても置けない」
フレデリックはあご髭を撫でた。
「気をつけて行けよ。用心するに越したことはない」
「わかっているよ、兄さん。じゃあ、俺は出発の支度をしないと」
アルベールは立ち上がり、軽く手を振ってから退室した。
宿屋に戻ったミシェルはどっと疲れが出て、ベッドに座った。
「疲れた……」
そのまま倒れ込むようにベッドに横たわった。
――明日からアルベール皇弟殿下とともに勇者を探しに行かないと……。ヘンリエッタ、魔王が勢力を伸ばす前に。
ミシェルの緑の瞳にあらたな覚悟が浮かんだ。




