第66話 ヒュドラの突進
ヒュドラの放つ炎は直線を描き、三キロ先の景色を焼き払った。
更に三つの首が縦横無尽に首を動かすと魔法陣の周りが炎に包まれ灼熱地獄と化した。
まさに怪獣が火を吐くシーンである。
(逃げそびれた!?)
炎に包れたアメミット隊員達を目撃した息吹戸は一瞬言葉を失くしたが、炎の間から半透明の円形カプセルのようなモノが目に入る。これは炎無効化の結界であり隊員たちが火から身を守っていた。
隊員たちは木々のなぎ倒される音によりヒュドラが接近していることに気づいた。雨下野以下三名に送還術の維持に専念してもらい、残りが結界を張って全員の身を守ったようだ。
(無事そうでよかった。奇しくも突撃前の炎でヒュドラに気づいたみたい)
息吹戸がほっとしたのもつかの間、ヒュドラのスピードが更に増した。
『シュー、フシュー、シュー』
ヒュドラは攻撃を回避されたと知り、怒りで目の色を変えた。毒や炎が駄目なら直接攻撃を仕掛けるのみである。
(うわ! これこのまま突っ込む気だ! この直線状に誰が……)
直線上に東護と津賀留がいる。このまま何もしなければ二人がヒュドラにひき殺されてしまうだろう。息吹戸は血相を変えた。
(マズイいいいいいい!)
「津賀留ちゃん避けて!」
あらん限りの声を張り上げ津賀留に叫ぶ。
そして息吹戸は鉈を抜いて勢いよく立ち上がった。風圧で体が浮かぶので、神通力を込めながら鉈を振り回し、風の勢いを断ち切った。風圧が和らいだので「ははは」と乾いた笑いを出す。
(よよよよし! ファンタジー漫画とか小説とかで達人がこんなことやってたけど、なんか出来た! このまま風を切って不死の首に向かうぞ! 水平だから走りやすいはずだもんね!)
ヒュドラは風の抵抗を最小限するため、ペンのように首が水平になっている。息吹戸は鉈を振り回して風の抵抗を和らげつつ、不死の頭まで一気に駆け寄った。
そして刃先を下に向けて、
「進路方向変えろおおおおおおおおお!」
目と目の間に鉈を捻じ込んだ。
鮮血が舞いヒュドラの目が上を向く。頭がガクッと項垂れ地面をこすりそうになったが、すぐに生き返って何事もなかったように正面を向いた。今の目的は魔法陣の死守である。体に乗っている息吹戸は視野に入っていなかった。
「ああああもおおおおう!」
息吹戸は勢いよく鉈を抜く。風圧と振動で体が浮く寸前に、眼瞼鱗ごと右の目玉に鉈を突き立てた。
『シャアアアアアア!?』
ヒュドラの不死の首が仰け反った。
目に刺さった鉈を振り払おうと左右にブルンブルンと頭を揺らす。鉈を握っていた息吹戸は頭から落ちて目に垂れ下がると、人形のように大きく揺さぶられた。
(落ちるかと思った! 死は平気でも痛いのは駄目なんだね。どこも一緒だ)
ヒュドラが息吹戸を見る。こいつかと恨みがましい目を向けたあと、叩き潰そうと上から下へ頭を動かした。その瞬間、遠心力に引っ張られ胴体が制御を失ってしまい左に派手に転がった。
ドッと大地を震わせて、大地をえぐり高い土煙を上げながら転がっていく。
息吹戸は右目にぶら下がったままだが、大きな怪我はない。ヒュドラが顔へのダメージを回避しているため胴体よりは危険が少なかった。
迫ってくる土砂と大木を身を捻って回避しつつ、転がっていく先を確認した。
ヒュドラが向かう先にアメミット隊員はいるが、津賀留はいない。
(よし! 直撃は逸れた)
安堵するもののまだ油断はできなかった。ヒュドラの転倒によって粉砕された木の破片や、地面から掘り起こされた石や岩が、矢のように地上を激しく叩きつけているからだ。当たれば怪我だけでは済まない。
(だけどゴミに当たると危ないな)
息吹戸は地面を見る。ヒュドラは森林を押しつぶしているため速度は落ちつつあるが、飛び降りるのは自殺行為であるが、津賀留の安全を最優先とした。
「よい、しょ!」
決めた瞬間、迷いなく柄から手を離す息吹戸。ヒュドラの目を蹴って着地時の巻き込まれを防止する。よく見て、地面に追突する瞬間に綺麗に受け身を取って転がり、落下の衝撃を消した。
体が土で汚れてしまったが、着地に成功するとすぐに体を起こして一目散に駆けだした。
「ええ!?」
津賀留はヒュドラから息吹戸が降りて来たので驚いた。何が一体どうなっているのか分からず呆然としていると、息吹戸が抱き絞めたので、目を大きく見張る。
「まに、あった!」
息吹戸がホッとした瞬間、魔法陣に激しい砂煙が巻き上がった。
『イイイーーっ!』
ヒュドラは轟音を鳴らしながら猛スピードで魔法陣に突っ込み、二人の隊員をその巨体で押し潰した。ぷちっという感触を感じて、蛇の目が悦に歪む。
『イーーーーーー!』
ヒュドラが全身を躍らせる。
嵐のような突風が発生して、周囲の景色を破壊した。
「うわぁ!」
二人の隊員がふっ飛ばされて木に激突すると動きを止める。
『フシュウウウウ』
ひとしきり暴れたヒュドラはゆっくりと体を起こした。目の傷が修復されたため、鉈がすっぽ抜けて地面に落ちる。
『シャアアアア!』
砂煙が収まる前に毒の霧を吐き出して生物の殲滅を狙った。
茶色の煙に紫色が混じると、隊員たちは顔を引きつらせて「毒の霧だ!」と叫んだ。しかし前もって得た毒無効の効果により誰も毒で倒れなかった。
この場にいる者に毒が効かないと分かったヒュドラは、威嚇音をあげながら再び暴れはじめた。
「やっぱ来たか!」
祠堂は小脇に抱えた隊員二名を放しながら吠えた。
ヒュドラの突進を止められないと感じたため、隊員を抱きかかえてギリギリ回避した。しかし直前で左に逸れたため二人の隊員が逃げ遅れ、犠牲になったようだ。
ヒュドラが現れただけですでに四人の死傷者が出ている。これ以上、召喚の人員を減らすわけにはいかない。誰かが足止めをする必要がある。
祠堂は炎のヒョウと風の鳥の和魂を出現させ、雨下野に指示を送った。
「雨下野! 俺が足止めしている間に完成させてくれ!」
「分かりました! お気を付けて!」
攻撃に回った祠堂を見ながら、雨下野はギッと魔法陣を見据える。
負担が一気に体に圧し掛かり全身から汗が噴きでる。瞬く間に神通力が減り意識が朦朧とするが、術に集中した。
折角炎や毒の情報が功を得たのだ。ここで失敗するわけにはいかない。
「皆さん、やり遂げましょう!」
隊員たちが「はい!」と声を合わせる。
力強い返事は、悪条件を吹き飛ばすかのような勢いがあった。
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