第65話 練った策を放つ
血の線を描きながら不死の首が地面に落ちる。
三羽の鳥の和魂が一斉に飛んできて傷口を炎で焼いた。
しかし落ちた頭が飴細工のように伸びて首にくっついて元通りになると、ヒュドラは大きく頭を振った。瞳に驚きと怒りの色が浮かんでいた。
『シャーー!』
衝撃波を含んだ威嚇の声を放つと、三羽の和魂は弾で撃たれたように羽根をまき散らしながら落下する。そしてフッと姿を消して術者の元へ戻った。
「わあすごい! やっぱ中央は不死だ!」
息吹戸は素直に感心しながら襲ってくる頭から逃げる。切っても無駄だと分かったため、ターゲットを別の首に変更した。
「切れそうなところは、っと」
襲ってくる頭を足台にして三角飛びを繰り返し、噛みつき攻撃を回避しながら、身体から振り落とそうと振り回す首の勢いを利用する。ピンボールが弾けるように移動を繰り返す息吹戸に、ヒュドラの七つの首が翻弄されていき、ついには二つの首がくの字で引っかかった。
息吹戸はその隙を逃さず、鉈で凪ぐ。
「えーい!」
今度は一撃で首を切り落とした。
隊員たちはその瞬間を見逃さず、鳥の和魂を飛ばして断面を焼き再生を阻止する。
不死ではない頭は地面に落ちると白目をむいて毒をまき散らしながら活動を停止した。
(これで三本落とした!)
好調な滑り出しであるが、ここから難易度があがるはずと息吹戸は推測している。
ヒュドラは戦いを学習している。
狸は食べると爆発すること、森の中に敵が隠れていること、背中に敵がいること、首を切り落とされるとすぐに火がきて焼かれること。
『シュアアア……』
ヒュドラはいきなり巨体を回転させた。自身の鱗が傷つこうが構うことなく、木や土をえぐりながら体をこすりつけていく。これは息吹戸を払い落とすための行動であった。
「わ! わ! わ!」
押しつぶされないようにヒュドラの背中や首を跳ねまわる息吹戸。首と首との間の付け根が安全だと考え、間に挟まって必死にしがみついた。大木や土砂によるダメージは回避できているが、小枝や小石が激突して地味に痛い。
(うーん。うーん。限界。一端離れよう)
小さくてもダメージの蓄積は避けるべきであると判断した息吹戸は、ヒュドラが背中を地面にこすりつけたタイミングで飛び降りた。
ギロリ、とヒュドラの目が息吹戸に定まる。長い胴体を回転させつつ、六つの頭が彼女の背中を狙った。
息吹戸はバックステップをして距離をあけようとするが、ヒュドラはあっという間に間隔を詰めてくる。逃げるだけでは捕食されるであろうと考えて立ち止まり、鉈を構えてどの頭を狙うか見定める。
その時、サササ、と足元で丸い影が動いた。
「……ん?」
何が通ったのだろうと足元を確認して、面白いと口角をあげた。
狸たちが息吹戸の後ろから風を切って駆け抜けてくる。
式神たちは彼女を守りに来たのではない。食われるようプログラムされているため、ヒュドラが口を開けたのを察知して自動的に集まって来たのだ。まるっとしたつぶらな瞳は蛇の口だけを映している。
『シャ、シャー!?』
息吹戸を追っていたはずなのに、狸の群れが急接近してくるのを見て、ヒュドラの鋭い瞳孔に動揺が走った。
すぐに顔を上げようとしたものの、狸たちが軽快にジャンプして三つの口に次々と入り込んだ。異物が入ったことでヒュドラは反射的に口を閉じてしまい頭が爆発した。
花火のような音が連続で響き、三つの頭がバラバラと落ちる。
すかさず和魂が焼きにくるがヒュドラは反応できない。
『ヒュ、ヒューーーーーー』
爆破の衝撃でヒュドラの体が痙攣したようにビクンビクンと大きく跳ねる。
残りの頭は三つだ。
「あははは! 迂闊だね!」
肉片と瘴気を避けながら息吹戸は再びヒュドラに飛び乗った。注意散漫にするのが目的である。
『シャ、シー……』
ヒュドラの動きが止まると、アミメット隊員たちから一斉に攻撃が放たれた。
和魂が炎を吐き、狸がヒュドラの周りをうろちょろしながら噛みついたり、体当たりをする。しかし強靭な鱗に阻まれダメージを負っている様子はなかった。
(外からの攻撃全然効いてなさそう。やっぱ内部爆発は強いな。胴体を斬れば早いんだけど、流石に鉈は小さすぎて斬れないよねぇ……。首落としたことで力を削いだと思いたいんだけど)
息吹戸は隠れることなく、その場でヒュドラの動きを観察する。
噛みついても消えない和魂と、口を狙って飛び込もうとする狸たちに苛立ち『シャー』と鳴き続ける。
しかし突然、ピタリとヒュドラの動きが止まった。
火が顔を撫でようと、狸がよじ登ってこようが意に介さず、向こう側――魔法陣がある方向に神経を集中させる。一度だけ瞳孔が大きく開いて、すぐに糸のように細くなった。
(気づかれた!)
息吹戸は駆け出してヒュドラに飛び乗り、首の付け根を目指す。もう一つぐらい首を落として思うと思ったのだが、斬る前にヒュドラが上体を低くして滑り出した。
ドン、と衝撃を受け、息吹戸は咄嗟に背中に鉈を刺して捕まる。
アミメット隊員は不意をつかれ、猛スピードで移動するヒュドラを呆然と眺めたが、
「気づかれたぞ!」
「行かせるな!」
和魂は飛びながら火を放って進路妨害し、狸たちは一生懸命走ったが、飛んでくる大木や枝を避けながらの移動では速度がでずあっという間に距離が開く。追いつけないと分かると和魂も狸も足を止めて術者の元へ引き返した。
(あー。あっという間に遠ざかったなー)
柄にしがみついて伏せている息吹戸は一人心地になっている。
遮るものがないため、時速一〇〇キロ越えの風圧が直接当たり呼吸がしづらく、滑るよう移動しているので遠心力でふり落とされそうだ。ただでさえツルツルした鱗がある。鉈で掴む場所を作っていなければあっという間に落とされていただろう。
刻一刻と送還術の場所に迫っている。何か妨害した方がいいと分かるが、今はヒュドラに捕まるだけで精一杯であった。
(もうすこし速度が緩まればいいんだけど)
鬱蒼とした木々を抜けると取り皿くらいの大きさの魔法陣が見えた。十四人ほどの隊員が等間隔で円を描くように並んでおり、魔法陣から浮かぶ光が時計と逆回りに回りながら揺らいでいた。
このスピードではあと四分ほどで魔法陣に到着するだろう。
何か知らせる手立てはないモノかと考えた息吹戸の耳に、カチ、カチ、と火打石みたいな音が響く。音はヒュドラの口の中から聞こえているようだ。
(これは、もしやファイヤブレス!)
そう思った瞬間、ヒュドラが魔法陣に向かって強烈な炎を放った。
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