第47話 突き刺さる視線
「アメミットの協力要請ってことですね。あっちの指示に従って行動ですか。ふむふむ」
玉谷は目を丸くした。
「もう資料を読んだのか?」
「はい。ざっくりとですけど。重要そうなものは脳に入れました」
「そんなに早く読めたとは知らなかった」
「本を読むのが好きなので、一気に読めますけど」
「本を、読むのが好き、なのか?」
「はい」
息吹戸が頷くと、玉谷は「そうか、息吹戸が……」と言葉を濁した。
「じゃあ。津賀留ちゃんと東護さんに方針の確認してきますね」
ざわっとオフィスがざわめき、玉谷は鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くした。
「意見交換? そ、うか。成長したな」
妙な褒め方をされて息吹度は意味不明と首を傾げる。
「だって、私はよくわからないので、確認して連係するのが普通では?」
ざわざわっとオフィス内に強い衝撃が走った。
玉谷は酷く動揺して額に汗が浮かんだ。おもむろにハンカチを取り出し汗を拭きつつ平静を装う。
「お前の好きなようにやりなさい。任せたぞ」
「分かりました」
息吹戸はリアクションにモノ言いたい気持ちになったものの、ぐっと抑えて振り返ると、職員全員が目を丸くしてこちらを凝視していた。東護も異物を見る様な表情をしている。
彼らの気持ちがなんとなく伝わって、口元をひきつらせた。
(うっわー。まともな対応初めて見たっていう雰囲気がするー。やりにくいー。)
視線から逃れようと目から下を書類で隠し、軽く背中を丸めて猫背になるが、凛とした動作しか見た事のない職員たちにとっては驚きであった。
(くっ! 視線が刺さる。居た堪れない。これはなかなか辛い!)
眉を潜めながら視線を動かして手当たり次第に職員を眺める。
目が合いそうになるとサッと視線を外された。
(完全に関わるのを拒否されている)
予想していたが少しばかりメンタルが傷つく。
何をどうしたらこうなるのか、元の息吹戸を問い詰めたい気分になった。
気を取り直して背筋を伸ばすと視線が緩和する。
息吹戸はこそこそ動くことを諦めて堂々とした足取りで津賀留と東護に歩み寄った。二人はデスクで作業している。隣同士であるため津賀留は資料を見ながら東護に体を向けているが、彼は無視するかのようにキーボードを打ち込んでいた。
「おはようございます息吹戸さん」
近づくと津賀留は立ち上がり、笑顔を浮かべて挨拶をする。周囲に香りのよい花が咲いたような明るさがあった。
(流石、心のオアシス。見るだけで癒やされる)
好奇の目に晒されたあとということもあって感動はひとしおである。息吹戸は資料を抱きしめつつ二人に挨拶をする。
「おはようございます。津賀留ちゃん。東護さん。作戦会議をしているなら参加させて下さい」
津賀留の笑顔が引きつり、東護の手が止まった。
第一印象大事とばかりに少しだけ丁寧にしてみたものの、不評であった。
息吹戸がやって損をしたと目を細めて不機嫌になると、津賀留がパッと輝いて、軽く手を挙げる。
「場所の確認をしていただけです。現地でアメミットから情報を聞き、彼らの行動指示に従いますので、作戦会議は当日現地で行われます」
そこでチラッと東護をみてから、やや言いにくそうに小声になる。
「それに東護さんと息吹戸さんはお互い協力しません。単独行動を好みます。でもその場で臨機応変に動きますから、傍からみればその」
東護から不機嫌オーラを感じ取った津賀留はそこで言葉を止めた。
息吹戸は「協力しないんかい!」というツッコミを噛み砕いて飲み込む。
「分かった。アメミットからの指示に従うってことね」
津賀留がホッとしたように「はい」と頷く。
「移動方法はどうするの?」
「いつもなら車ですが、今回はおそらく……」
と再びチラッと東護を盗み見する。
彼女の気まずそうな表情をみて察した。息吹戸は東護は車に同乗することが滅多にないのだと。
「そっか。各々で運転して現地に行くと。だとすると困った。ペーパードライバーだから自信ない」
息吹戸がバツが悪そうに申告すると、ザワっと全員に動揺が走った。
彼女は移動するとき毎回自分で運転する。
運転技術は上手いが大変荒く、同伴を嫌がる者もいるくらいだ。なのにペーパードライバーとはどういうことだ。
と誰もがツッコミたい衝動に駆られるが、彼女が怖いので耐える。
妙な空気になったことを感じて、息吹戸は目をパチクリさせながらキョロキョロと見渡した。
「え。ペーパードライバーはマズイ?」
津賀留はハッと我に返り慌てて首を横に振る。
「い、いいえ。私も運転苦手なんす。だから送迎をたの……」
東護から再び不機嫌オーラが出てくる。一緒に乗りたくないと強く感じ取った津賀留は梅干しを食べたような顔になり、席を立ち上がって玉谷に呼びかけた。
「部長! 公共交通機関で移動も可でしたよね!」
突然話を振られて目を丸くする玉谷だったが、東護から漂う気配に気づくと、少し間をあけて「どちらでもいい」と告げた。
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