第412話 この世界は広い
菩総日神はノートを受け取ると、すぐにページを開いた。興味がなさそうな表情であるが、しっかりと中身を確認する。
「その間に荷造り済ませますね」
息吹戸は旅行の準備を再開した。
一週間分の下着と日用品や化粧品を入れて、タオル七枚を旅行鞄に突っ込む。そして少ない私服を入れてしまおうと手を伸ばして、やめる。
「旅行中はスーツの方がですか?」
「スーツしか持っていないならそれでいいよ。あとで買ってあげる」
「買ってあげる……」
息吹戸はおもわず復唱した。言葉に甘えていいのか迷ったので、スーツ二組を入れ、私服は着回しが出来るタイプを二着入れた。靴も替えを一つ入れる。
旅行鞄の内容量が半分埋まったところで、荷造り終了だ。あとはコインランドリーで洗濯して着まわせばいいだろう。
「神様。荷造り終わったんですが、ここを出発するときは私服の方がいいですか?」
「あれば」
菩総日神はノートを読みながら答える。
(もしかして、瑠璃に私服がなかったって知ってたんだろうか)
瑠璃の私生活を知っているような口ぶりであるため、息吹戸はじと目で眺める。
すると菩総日神が「ふふ」と苦笑した。
「お気に入りだからしょっちゅう観察していただけ。垣根は越えていないよ」
「深い意味は考えていませんでしたが、よく視ていたのかなと思いました」
そう言いながら、息吹戸は堂々とスーツを脱いで、スタンドネックトレーナとステッチワイドパンツに着替えた。
「この内容、そういえば、そんなことを言ってたっけ」
菩総日神が思い出したように声を上げると、眉を顰めて首を傾げた。
「前回ここに来た時、息吹戸瑠璃の話を聞いた。あの時はほぼ無理だって答えた気がする」
息吹戸が菩総日神の近くにやってきて、正座をした。
「どこら辺がほぼ無理ですか?」
「覚醒候補の民を全て抹殺するってこと」
瑠璃はやることが徹底していると感じておかしくなり、息吹戸は「ふっ」と笑った。
菩総日神は苦笑しながら肩をすくめた。
「異界の血を継承している天路民はかなり存在しているんだ。それをやるとしたら、最低でも二千万人を一度に処分することになるんだよねぇ」
「結構な犠牲が出ますね。ところで、天路国の総人口はどのくらいですか?」
「およそ百十億人」
地球人口よりも三十億人も多かったので、息吹戸が再び笑いを漏らした。
「ん……ふふふ。この世界、すごく広いんですね」
「度重なる侵略で大量虐殺されたから、なんというか、意地で」
さらりと言っているが、菩総日神の口調は硬い。
相当腹に据えていると感じ取った息吹戸は、「そうでしたか」と当たり障りのない相槌をした。
「半神が人間を生むときに調節した。女性は多産に耐えられる肉体にして、妊娠可能期間を六十年から百年に伸ばす。そして五か月と五日で出産」
息吹戸は目をぱちぱちさせる。還暦を越えても子を作れそうな印象を受けた。
「男性の肉体も強化、精巣の精度も上げる。本能は少し下げて理性を上げた。他にもいろいろ品種改良をして、今の形で安定したんだ」
「神様も大変なんですね」
「神も課題をつくる。天路国ができて二千年強。過去最長記録更新中。他の神がイライラしている姿を見ると嬉しいね」
「神様の課題ってなんですか?」
菩総日神はにっこり笑った。
「様々な特性をもった人間を創りたい。それが僕の課題の一つだ。交配で突然変異がおこり、特色の強い人間が出てくる瞬間が好きだ。数は少ないけどポッと生まれてきたときは感動する。その子供たちがどのくらい力を引き継ぐのか経過観察も楽しい」
「つまり菩総日神様は人間ブリーダー」
ブリーダーとは動物や植物の繁栄及び改良に従事する者を示す。
「その通り、品質の良い人間を創ることも目的の一つだ」
菩総日神はゆっくりと頷いて、息吹戸の反応をみた。
息吹戸は少しだけ引いたが、神の悪戯であり神の特権でもあると素直に受け入れる。
「流石、惑星ごと世界を作る神様。見守るの楽しそうです。私も育成ゲームの掛け合わせで楽しんだことがあるので、なんとなくわかります」
「……うん? ああ、この世界は球体ではなくて平面体だ。七つの中で最も小さな空間にある、箱の世界だよ」
「平面体……?」
息吹戸はリウムを思い浮かべた。
(アクアテラリウム、もしくはビバリウムみたい……動植物を育てる手法で人間を作って育てている。規模は違い過ぎるけど、そう考えたら腑に落ちる)
「小さな箱……ここは箱庭なんですね。誰かが常に管理しているんですか?」
菩総日神は目を細めて頷いた。
「半神たちが世界の全てを管理している」
「自然現象を神が意識的に行っている。ってことは、この世界は菩総日神様が作る小さな空間の箱庭みたいな、おもちゃ?」
息吹戸は腕を組んで良い言い方はないものかと考える。
真剣に考えている姿を見て、菩総日神が笑い出した。
「あはは、オモチャかぁ。《《そちら》》と違って壊さずに、大事に育ててるよ」
「すみません。つい、《《癖が染みついてて》》」
息吹戸が真顔になって謝ると、菩総日神は身を乗り出して彼女の頭をよしよしと撫でた。
「思った以上に『君』は賢いようだ。また折を見て話そう」
真剣な眼差しで見下ろしていたが、撫で終わると再び柔らかい眼差しに戻った。菩総日神はその場で立ち上がると、息吹戸にノートを差し出す。
「息吹戸瑠璃の意思と願いは理解した」
息吹戸が受け取ると、菩総日神は厳しい表情になった。
「だが、異界の血がまぎれようとも天路民は保護する存在だ。僕は一切関与しない。君たち人間同士で解決してくれ」
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次回は5/10更新です。
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