第413話 旅支度の雑談
期待外れだと思いつつ、息吹戸はノートを受け取った。菩総日神から情報を引き出す取っ掛りはないかと、ノートをめくった。
ぱっと開いたページには屍処の覚醒について書かれている。
「覚醒トリガーが分かれば、人間でも対処できると思うんです。何かいい案ありますか?」
「残念ながら人間には対処できない。小さな刻印はすでにその者の一部だから、まだ見分けることが出来ないだろう。半分以上侵食された状態なら分かるかもしれないけどね」
菩総日神から感情が消えている。機嫌が悪くなったというよりも、現状に諦めているような雰囲気であった。
息吹戸は目を細めて、言葉の裏にある神の真意を図る。
(ふぅん。神様は屍処が覚醒する仕組みを知っているんだ。放置しているのは何か理由があるんだろうな)
深く探るべきか、聞き流すことにするか、迷う。
だがこんな面白い話を深堀しないわけにはいかない。
「たしか、屍処の覚醒は霊魂の変質でしたよね。霊魂は肉体から出来るものだって聞きました。ってことは、肉体構造に異界の力――屍処の遺伝子が組み込まれ、それが子孫に遺伝する。その結果、屍処の力も代々相伝され続けていく」
息吹戸は好奇心を抑えきれず目を輝かせた。
「そう考えると、天路民は異世界と混じってできた副産物と言えるでしょう。だから、屍処への関与を最小限にして進化を待っている。この考えはいかがでしょうか?」
菩総日神は黙った。
機嫌を損ねたわけではなく、伝えても良いかどうかの躊躇いからである。
これは天路民に言える内容ではないが、『私』ならば問題ないだろうと判断して、菩総日神は静かに肯定した。
「僕は、それも進化の一つだと思っている」
息吹戸はほんの少しだけ目を見開いた。だが、すぐに神の意向を汲み取って「なるほど」と呟いた。
「いつか耐性を持つ人間が出現するのを期待していますね」
菩総日神は楽しそうに口元を緩める。
「そうだよ。化身を打ち負かす人間が生まれる日を願っている。それが子孫を成し、増えれば、天路民は新たな段階に進むことができる。僕らの目的は干渉し合うことだからね。君ならすぐに閃くので先に言っておくけど、箱庭は命の生育場であり、神の実験室でもある。人間もまた、僕らにとっては実験の一つに過ぎないんだ」
「まぁ神様ですから、人類をどう扱ってもいいと思います」
息吹戸はさらっと述べてから、本題に戻る。
「それで屍処が覚醒するタイミングやヒントは教えてくれますか? 進化の過程の邪魔になるから駄目ですか?」
聞きたいことが全くブレていないと分かり、菩総日神は大笑いした。
「そこまで笑うことないのに」
息吹戸が眉間に皺を寄せて、腕を組んだ。機嫌が悪くなり、ひやりと冷たい雰囲気になるが、神には通用しない。
ひとしきり笑ってから、菩総日神は「駄目じゃないけど」と告げると、すっと目を細めた。
「僕がやると少し難しいだけ。ミクロの生物にいる寄生虫は、取り出せたとしても傷口が大きすぎてしまう。死ぬか、後遺症が残るだろうね」
菩総日神が息吹戸を指し示す。
「民と同じ大きさと目線の『君』ならば、あるいは……」
「あるいは?」
オウム返しに聞くと、菩総日神がぱっと笑った。
「この件は半神に丸投げしているから、どうしてもやり方を知りたいっていうなら、紹介してあげる」
息吹戸は期待で胸がときめく。今すぐにでも紹介してほしかったが、ここはぐっと抑えて「お願いします」と恭しく頭を下げた。
菩総日神は荷造りが終わったと感じて、出発するかと声をかけた。
息吹戸は首を横に振って、もう少し時間が欲しいと告げたため、菩総日神は首を傾げた。
「いいよ。何をするの?」
「パ……玉谷さんに手紙を書きます」
息吹戸は適当な紙を引っ張り出して、簡単な置手紙をつくる。それを三冊のノートの上に置いた。
そしてリアンウォッチを腕から外してロックを解除し、手紙の横に添える。
(これで中にある情報は自由に読める)
息吹戸にはここに玉谷が来る予感があった。
彼が息吹戸を探すときまずGPSの痕跡を辿るはずである。起動したままにすれば自ずとここに足を運ぶだろう。
息吹戸は少しだけ切なさを感じて瞼を閉じる。
(瑠璃の気持ちを知ってもらえばいいな)
祈るように唱えて、ぱっと目を開ける。
「あとはお金だ。手持ちはどのくらいにしよう」
「僕が全額負担するから問題なし」
「神様もお金持ってるんですか?」
息吹戸が驚いて目を見開くと、菩総日神は当然とばかりに頷いた。
「現世では必要でしょ。給料として月々銀行に貯蓄している」
(まじか)
余りにも俗っぽい発言に、息吹戸は思わず呆れた。
すると彼女の心境を読み取ったのか、菩総日神が口をへの字にする。
「僕だって天路国で遊ぶんだよ。神様だから全部無料ってわけにはいかない。民の生活があるんだからね。そんなわけで旅費は考えなくていい」
「凄い!」
純粋に褒めると、菩総日神がやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。
「準備ができたら僕に声をかけて」
まるでゲームのセーブポイントのような言葉だと、息吹戸はこっそり笑った。
「はい。菩総日神様。準備オッケーです」
菩総日神がちょっと考えるように腕を組む。
「待って。折角化けているのに名を呼んだらバレちゃう。僕に偽名をつけて」
「あ、そうですね」
人間に化けるということは、周囲に神だと認識されたくないはずだ。どう呼べばいいかと息吹戸は首をひねる。
「……シン君、というのはどうでしょうか?」
『君』は男子や男性に対して親しみや軽い敬称であるが、王や自分が使える人を示す言葉であり敬意を表す言葉である。様をつけられないなら君をつけるべきだと息吹戸は考えた。
「息吹戸、シンか。気に入った」
菩総日神は重々しく言った後、無邪気な笑みを浮かべた。
「なら僕は『お姉さん』って呼ばせてもらうね。姉弟みたいにふるまうのでそのつもりで。言葉遣いもラフでよろしく」
威厳がまるっと消えて、少年らしい可愛らしさが前面に出ている。あまりの変わりっぷりに息吹戸が訝しげに眉を顰めたが、数秒で慣れた。
「なんだかお忍びの旅みたいでテンションが上がります!」
「じゃ、行くよ」
菩総日神が玄関ドアを開けると――そこは何故か、空港が見える駅のすぐ傍だった。
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次回は5/13更新です。
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