第411話 神の意図で旅路に向かう
菩総日神が居ることに気づいて、息吹戸はぴくりと大きく体を揺らした。綺麗に畳まれた洗濯物が、膝から飛び上がり床に散らばってしまうが、息吹戸は洗濯物に目もずれず、菩総日神を凝視した。
「いつの間に……気配も何もなかったってすごい」
心の声そのままに言ってしまう。
菩総日神は部屋を見渡して、整っていることに驚いて目を丸くする。
「きれいに掃除してある。あれだけ汚かったのに」
神ですらも汚部屋と認知されていたことを知り、息吹戸は何とも言えない表情を浮かべた。
「おおう。そんなとこまでバレてたのか」
「毎年戻ってきたときに必ず覗いていたから」
「なんてこった。それでも掃除してないなんて胆が据わりすぎてる」
「本人の趣向だから、僕は気にもしないけどね」
「ところで神様……」
息吹戸は駆け寄ろうと腰を浮かしたが、ぴたりと動きを止める。周りを見て、散らかった服をひとまとめにして端に寄せてから正座をして、丁寧に頭を下げた。
今更ながら、神様とフレンドリーにし過ぎるのも良くないと思い直したようだ。
「改めまして、初めまして菩総日神様。名を名乗りたいのですが、私には記憶がありません。不躾ですが、思い出すヒントを教えていただきたいです」
菩総日神は驚いて瞬きをする。そして「ふふ」と笑ってから、息吹戸の真正面に移動して正座になった。
「やっぱり、ニホンジンだと正座になっちゃうみたいだね」
息吹戸は頭を下げたまま、「正座礼した方がいいですか?」と尋ねた。
「やらなくていいよ。それよりも顔を上げて」
「もしかして、正座で礼って、この世界では特に意味がない?」
「意味はあるけど、僕に対しての作法ではない」
息吹戸は素早く体を起こした。目が合うと、菩総日神がにこりと笑う。
「マレビトの不作法は気にならない。知らないから仕方ないことだ。ゆっくり学べばいい。まずは謝らせて、説明もなく移動させて悪かったね」
温和な雰囲気を受けて、体から緊張が取れる。息吹戸は大きく息を吐いた。
(私が知る最大限のマナーだったら、間違っていても大目に見るってことだな。神様の中でも、やっぱり寛大だなぁ)
「質疑応答は受け付ける。ただし、それをしながら旅行の準備をやってほしい」
息吹戸が首を傾げた。
「旅行? どこかで何かやってほしいんですか?」
菩総日神の目が細くなる。
「うん、一か月かそれ以上の期間、僕の指示通り動いてもらう。でも難しいことはない、討伐をしながら観光するだけ。僕が宿を用意する。三食食事で豪華な室内風呂付の部屋とかどう?」
「すごい、破格な対応ですね」
息吹戸は神を見つめて思惑を探るが、単なる人間に分かるはずもない。
「わかりました。旅行に行く場所のどこかに、本命の依頼があるんですね。そして報酬で私が何者なのか教えてくれると」
菩総日神が「うん」と答えたので、息吹戸は苦笑した。
(やっぱり交換条件だ。もし教えてくれるなら、話を切り出してくれるはずだもん。はーあ。もう少しお預けかぁ)
残念な気持ちになるが、文句を言っても仕方がないので、すぐに気持ちを切り替えた。
「わかりました。すぐに旅支度をします」
立ち上がるとクローゼットを開けて、七泊用の大きな旅行鞄を引っ張り出す。長年使った形跡は残るものの、袋に入っていて綺麗に置かれていた。中を開けても嫌な臭いはない。
「そういえば磐倉さんは? 私が逃げたと誤解していないか不安なんですが?」
振り返ると、菩総日神は水色のクッションに背中を埋めていた。
人を駄目にするという謳い文句で有名なクッションに似ているため、最近うっかり購入したものだ。
こうやって見ていると、コスプレしている普通の少年のようである。
「気にしなくても大丈夫。今、話せる範囲を伝えているから」
「今、伝えている?」
自分の家のようにくつろいでいる神を見ながら、息吹戸は首を捻る。
「ここにいるのにリアルタイムで説明しているんですか?」
「うん。全世界に降りて民と会話をしつつ、隅々まで点検中さ。増えた従僕も始末している。すぐそこにもいるよ」
「ええええ!?」
息吹戸は確認をするために窓を開けてベランダにでた。
神の言う通り、窓の外には菩総日神が溢れていた。一人ひとりに話をしている菩総日神。空を飛んでいる菩総日神。あっちを見てもこっちを見ても、同じ姿の神がいる。
雑に編集されたコラ映像のような現実を目の当たりにして、息吹戸は笑うのを忘れるほど驚いた。
ベランダから部屋に戻り、窓を締めながら菩総日神を凝視する。
「どれが本物なんですか?」
「いいや全部、僕。全部本体。だけど容量は違っていて……うぶ毛ぐらいかな。僕の一部を下ろしている」
「それって、各地に散った菩総日神の意識すべて、リアルタイムで共有しているってこと?」
菩総日神が体を起こした。
「もちろん。こうして話している間も、リアルタイムで他の人間と話をしている。得た情報は逐一整理して、一つの巨大な意識として統合する」
(まるでスーパーコンピューターの並列処理みたい。情報を集めて統合……どこか聞いたことがある様な……)
息吹戸は妙な懐かしさと若干の申し訳ない気持ちが胸を占める。思い出せないもどかしさに呻いた。
「もっと聞きたいような、そうでもないような……」
すると菩総日神は呆れたようにため息を吐いた。
「息吹戸瑠璃の一生涯を使っても語り足りない。貴重な時間をくだらないことに費やすのはおススメできないな」
「あ、そうだ」
息吹戸は重要な事を思い出した。
荷造りを止めて、ベッドのマットレスの下からノート三冊を取り出す。そして青いノートと黒いノートを菩総日神に差し出した。
「菩総日神様。瑠璃の記録です。読んでみてもらえませんか?」
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次回は5/6更新です。
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