第28話 質問に疑問で答える
息吹戸が座ったタイミングで会議スペースのドアが開いた。
玉谷が小分け袋に入ったクッキーとお茶のペットボトルを手に持ち、テーブルに置くと息吹戸の方へ寄せた。
「ほら飲物。さっきパン落としただろう、このお菓子食べるか?」
どうやら、玉谷がデスクで探していたのは食べ物だったようだ。
(ううう。優しい)
彼の心遣いに感謝しながら息吹戸はペコリと会釈をする。
「ありがとうございます。頂きます」
息吹戸はお茶のペットボトルを受け取って、飲む前に製造元を確認してみた。
『天路中央市、手等工場』と書かれている。
地名に見覚えがない。
(どこだここ。どう考えても、知らない場所だなぁ)
そして一口飲む。緑茶の味は変わらない。口腔を潤して、はぁ~~と深いため息を吐いた。
息吹戸は改めて、車に乗る前の出来事を振り返る。
何も覚えていない事を告げたら、玉谷は最初「お前も冗談を言うんだな」と笑っていた。
これはマズイとしょんぼりしていたら「ほんとなのか?」と再確認された。
信じたかどうか分からないが、本部へ戻るよう提案され従った。
彼は『私』に対して不当な扱いはしないはずだと、直感が告げた。
(食べよ。空腹は判断力低下させるから駄目だし、毒があればその時はその時で)
お茶を飲み、クッキーを咀嚼する。
(美味しい)
何気なく見たクッキーの入れ物。製造元は『天路中央市、手等工場』と書かれていた。
やっぱり知らない地名だ。と軽く首を捻ったところで、車内を思い出す。車が進んで直ぐに寝落ちしてしまった。景色を見る暇がなかったなーと物思いにふける。
(車の中で寝ちゃってたけど、結局、夢から覚めてなかったし。うーん。現実とは思えない。でもなんで何も思い出せないの?)
幾分の空腹が消えたところで、無意識にペットボトルを弄んでいると、視線が刺さる事に気づいて顔をあげる。
玉谷と目が合った。
彼は息吹戸が落ち着くまで待っていたようだ。
「あ。ご馳走様でした」
クッキーの入れ物を綺麗にたたみ、ペットボトルの蓋を絞める。
玉谷は少しだけ驚いたように手元のゴミと息吹戸の顔を交互に見つめ、軽く咳払いをした。
「よし。色々確認しよう。まず、自分の名を言えるか?」
「えーと……」
取り調べをするような、探りが入った鋭い視線がビシビシ突き刺さる。ここに来てから、事有る事に視線が刺さるので彼女は慣れ始めていた。
「名前も覚えてないです。津賀留ちゃんや部長さんから、『息吹戸』って呼ばれるけど。あの、息吹戸って苗字なの? 名前なの?」
「……」
素直に答えたら、玉谷は眉間に深い皺を寄せながら片手で額を隠した。数秒後、気を取り直して顔から手を離した。
「質問を変えよう。覚えている事は何かあるか?」
息吹戸は顔を斜めに、しすぎて体も少し斜めになった。
「うーん。えーと。趣味と趣向以外、ほんとに全く何も覚えてない」
玉谷に「年齢は?」と聞かれ「分からない」と答え、「家族は? 親の名前は?」と聞かれて「分からない」と答える。
血液型は、身長は、体重は、学校は、住んでいる場所は、友人は、カミナシのことは……等、生い立ちに関する質問を受けるが、どれもこれも「分からない」「覚えていない」という返答しか戻ってこず、玉谷は衝撃を受けた。
「本当に、全く、覚えていないのか?」
かすれた声で呟くと、息吹戸は頷いた。
まだ怒っているのか。遊んでいる場合じゃないぞ。いい加減な嘘を言うな。そんな言葉が玉谷の脳裏をよぎった。
疲労の色を濃くした彼は一度目を瞑る。
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