↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
栄光の帳簿  作者: 酣睡


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/12

『同胞』という名の狩人と、鞄の中の贈り物

殺意が実体を持った薄霜のように、狭く閉ざされた女子トイレの中に音もなく満ちていく。


太古の真龍たる威圧は分厚い霊性の結界と化し、この空間の窓や換気ダクトを寸分の隙もなく封鎖して、そばかすの少女が持ちうる隠遁と逃亡の退路を完全に断ち切っていた。


そして水滴で汚れた鏡の前、そばかすの少女は、溶けた黄金の炎を宿す伊織の龍瞳の奥底から、魂を震え上がらせるほどの血生臭い殺戮の気配を確かに嗅ぎ取っていた。


伊織は間違いなく、殺戮を心底嫌悪していた。


だが、「嫌悪」していることと「不得手」であることは、決して同義ではない。


しかし――いまこの瞬間、この圧倒的で恐るべき威圧が、流砂の上に築かれた砂上の楼閣に過ぎないことを知るのは伊織自身のみだった。


前線という名の肉挽き器で過ごした八年間もの過酷な死闘は、すでにこの肉体を崩壊寸前の極限まで摩耗させていた。


普段は沈降率の致命的な暴走を抑え込むため、体内に巣食う二頭の凶暴な巨龍には幾重もの神経枷が厳重に嵌められている。


そして今、彼女が「人間の理性」を保てる安全な閾値の中で動員できる龍血の力など、せいぜい哀れな五パーセント程度に過ぎない。


もし本当に枷を外し、半龍人の形態へと変貌を強いられれば、沈降率は不可逆の臨界線を一瞬で踏み越えてしまう。


自我を喪失する極めて高いリスクの果てに、遺伝子に刻まれた太古の狂暴な本能がこの身体を完全に支配するだろう。


過去三百回以上に及ぶ暴走記録が、それを幾度となく証明してきた――半龍人と化した彼女は、ただ敵を八つ裂きにすることだけに歓喜し震える、血に飢えた凶獣へと成り果てるのだ。


その時が来れば、全身から放たれる龍気は無差別の破滅の嵐となり、いまのように居酒屋にいる仲間や無辜の客を守るために神経を割くことなど、到底不可能になる。


静まり返った個室の中、蛇口から落ちる残水が、ひどく緩慢なリズムで滴り落ちる。


冷たい洗面台を挟んで見つめ合う二人は、水面のように静まり返っているように見えて、その内心ではすでに猛烈な速度で算盤を弾き合っていた。


ぶっちゃけてしまえば……伊織の素の身体能力など、悲惨という言葉すら生ぬるい。


長年にわたる生体実験と深刻な遺伝子拒絶反応のせいで、龍の力を抜いた彼女は、青白く貧血気味で、少し走っただけで息を切らす精巧な陶器の人形に過ぎないのだ。


真面目に比較するなら、龍血を駆動させていない純粋な常態であれば、路地裏から飛び出してきた野良犬にすら地面へねじ伏せられ、ボコボコにされてしまう程度の戦闘力しかない。


いま無理やり絞り出している五パーセントの龍血の加護にしても、せいぜい「渉水」級や下級の覚醒者を相手に二、三手ほどやり合える自衛能力を整えたに過ぎないのだ。本気で拳を振るったところで、このトイレの木製ドアすら打ち破れるかどうか怪しい。


だが、この致命的な虚弱さを、対面に立つそばかすの少女が知る由もなかった。


そばかすの少女の認識において、目の前の少女は『栄光の帳簿』の中で魔神すら道を譲る「人の形をした天災」そのものなのだ!


胃の腑が縮み上がるような凄惨な戦闘データに、一片の偽りもない。


組織が命懸けで集めた断片的な情報によれば、過去の戦役において伊織が半龍人モードへと移行した際ですら、体内のキメラ龍血をわずか二十パーセントほど駆動させたに過ぎないのだという。


すなわち、全盛期の五分の一の出力だけで、彼女は彼岸の深淵から湧き出た高位魔神を手ずから引き裂き、満天の血飛沫へと変えてきたのだ。


さらに少女を戦慄させたのは……伊織という生体キメラ兵器が、軍の機密ファイルにおいて極めて希少な「自己成長型」と明記されている点だった。


数年の月日を経て、この怪物の機能がいかほどの絶望的な次元へと進化を遂げているかなど、誰にも計り知れない。


これほどの至高の存在を前に命を賭けるなど、彼女には到底背負いきれず、勝ち目など万に一つもありはしなかった。


その時、そばかすの少女の瞳孔が急激に収縮した。


薄暗く黄色い天井灯の光の下、伊織の透き通るような白い額の両側、乱れた前髪の隙間から、針の先ほどの小さな黒い斑点が二つ、微かに浮かび上がっていた。


――それは、龍角が皮膚を破って萌芽しようとする前兆!


(……また力を伸ばしたっていうの!? 形態変化すらしていないのに、龍の特徴がここまで実体化してるなんて……!?)


そばかすの少女は心の中で悲鳴を上げた。彼女の目には、その小さな黒点が生育不良の痕などではなく、目の前の怪物の実力が『栄光の帳簿』に記された記録よりも遥かに深淵へと至っている動かぬ証拠に見えていた。


この瞬間、時間は粘りつく膠のように凍りついた。


トイレ内の空気は、切迫した殺気から、徐々に言葉にしがたい奇妙で絶妙なバランスへと傾いていく。


事態の本質など、言ってしまえばあまりに滑稽で不条理だった。


一方は、素の戦闘力なら野良犬にすら勝てず、五パーセントの龍血を無理やり張り巡らせて虚勢を張る「病弱な死神」。


もう一方は、正面戦闘力など皆無に等しく、光学と霊性のステルス迷彩だけを頼りに影の中で生き延びてきた「純サポートの斥候」。


ポタリ。


冷たい汗が一滴、伊織の整った白皙の鬢から音もなく滑り落ち、顎を伝って鎖骨へと落ちた。


(……まずい。もしこいつが何もかも放り出して突っ込んできたら、五パーセントの力じゃ本当に勝ちきれるか怪しいのに……)


それと同時に。


ポタリ。


恐怖に滲む濁った汗が、そばかすの少女の鼻先から滲み出し、引き攣った唇の端を伝って滴り落ちた。


(……どうしよう!? 龍角が生えかけてる! 私が一歩でも動いたら、次の瞬間にはミンチにされて便器に流されるに決まってる……!!)


空気が凝固する。


二人の少女はその場に硬直し、互いに唾を飲み込んだ。冷汗は頬を濡らし続け、均衡を破る最初の一歩を、どちらも踏み出すことができずにいた。


冷汗が頬から完全に落ちきるよりも早く、毛骨の凍じみるような異様な気配が、不可視の蜘蛛の巣のように狭く静まり返った個室の中へと静かに広がっていった。


――寒すぎる。


窓から吹き込む秋の夜風などという生易しいものではない。骨髄も呼吸も生きたまま粉砕するような「絶対の冷気」。蛇口から垂れ落ちかけていた水滴すら、宙空で凍りつき、鋭利な氷の結晶となって静止していた。


二人の瞳孔が収縮する。天災に対する生物としての本能的な恐怖から、二人は弾かれたように同時にトイレの木製ドアへと振り返った。


伊織の太古の龍気によって幾重にも覆われ、完璧に防御されていたはずの木製ドアに、いつの間にかびっしりと白い霜の花が這い回っていたのだ。


骨を刺すような極寒は、目に見えるほどの狂暴さで龍気を寸刻みに引き裂き、侵食していく。


木目の繊維が凍結の圧力に軋み、「ミシミシ、パキパキ」と耳障りな破壊音を響かせ、ドア全体が内側へと歪み始めていた。


白峰凛花だ!


あの高みに座す「不渡」級の上官が、彼女の離席の長さに勘づき、異様な霊気の手繰り寄せて追ってきたのだ。


伊織のうなじを、底知れぬ悪寒が駆け抜けた。


これは彼女にとって破滅に等しい事態だった――現世を裏切った逃亡者の溺亡者と密室で密会し、床には素性の知れない高ランクの血清が置かれている。


小さく見ればただの勧誘未遂だが、裏切りに対して異常なまでに過敏なこの戦時体制において、いつ暴走するかも知れぬ生体兵器である彼女が「潜在的裏切り者」の烙印を押されれば、二度とやり直す機会など与えられない。


ようやく手に入れたささやかな平穏も、凛花の傍にいたいという微かな願いも、すべてが一瞬にして無残に踏み躙られてしまう!


「チッ……!」


そして、元より龍の威圧に恐慌をきたしていたそばかすの少女は、ドアの向こうから迫るさらに凶悪な「不渡」級の気配を察知した瞬間、完全に神経を破綻させた。


もはや交渉も血清の回収も頭にない。体表に病的な灰白色の鱗を浮き上がらせ、全身の骨が太古の龍気に軋み砕かれる激痛も構わず、彼女は悲鳴を上げながらトイレの小さな換気窓へと激突し、窓を破って逃亡を図った!


――逃がすわけにはいかない。ましてや、ドアの外の凛花にこの光景を見られるわけには……!


絶体絶命の刹那、伊織の瞳に追いつめられた者特有の決死の光が宿った。


五パーセントの龍血による沈降率のリスクなど構っていられない。少女ならではのしなやかな胸を大きく波打たせ、彼女は冷たい空気を深く、力強く吸い込んだ。


ゴォッ……!


次の瞬間、少女の内に眠る「滅世の魔龍」の遺伝子が強引に呼び覚まされた!


先ほどの太古の真龍が重厚な威圧であるならば、滅世の魔龍が司る権能とは、純粋を極めた破壊と燃焼に他ならない。


伊織の華奢な肉体から実体と見紛う龍気が爆発し、鋼鉄で鍛え上げられた巨大な繭のように、周囲の脆いタイル、洗面台、天井、そして凍りつきつつあるドアまでも一瞬で隙間なく包み込んだ。ありとあらゆる破壊の衝動が、少女の凄まじい意志力によってただ一点へと極限圧縮される――


少女が桜色の唇をかすかに開いた瞬間、直径わずか数センチメートル、されど魂すら盲目にするほどの極限の光束が、その口元から猛然と撃ち放たれた!


それはもはや、通常の「燃焼」という物理法則を完全に逸脱していた。


雑多な赤も黄もなく、凡俗な炎の赤熱ですらない。極限まで圧縮され、空間の位相すら激しく歪めるほどの惨白色のプラズマ光束!


数万度という超極限の温度を誇る滅世の龍息。純粋な破壊のエネルギーが生きたまま分子レベルのビームへと禁錮されている。


光束の最深核は死を告げるように刺白く輝き、その輪郭には凄まじい紫外線放射によって励起された幽玄で冷たい紫の燐光が散っていた。


通り過ぎる刹那、軌道上の空気分子は燃焼する暇すら与えられず完全に電離して対消滅する。


鼻を突くオゾンの悪臭が、空間を引き裂く鋭利な絶叫とともに爆ぜ、大気はその恐るべき熱放射の前に重層的な陽炎の波紋を激しく波打たせていた!


「ひいぃぃっ!?」


窓際へと逃れたそばかすの少女は、背後から魂ごと蒸発させられるような悪夢の熱波を感じ取った。


直撃ですらない、ただ掠めただけの余波の高熱が、背中の衣服を一瞬で消し炭の灰へと変え、皮膚の強固な角化層からはたちまち肉の焦げる異臭が立ち上る。


その惨白色の光条に完全に呑み込まれる寸前、少女は生涯最大の潜在能力を振り絞り、這うようにして無様に窓枠を越え、悲鳴を上げながら外の薄暗い路地裏の影へと転がり落ちていった。


シュゥゥ――ドォォッ!!!


惨白の破滅光線は少女の足首をかすめて窓外へと突き抜けたが、建物を脱した瞬間、伊織があらかじめ外側に張り巡らせていた分厚い龍気の防壁へと正面から衝突した。


荒れ狂う超高熱の光線と龍気が激しく鬩ぎ合い、低く重苦しい震動音が轟く。街区ひとつを溶岩の海へと変えうる恐るべき熱量は、狭小な虚空の狭間の中で狂乱し、重力場によって内側へと急速に圧縮され――やがて眩い閃光の後に、外へと漏れ出そうとしたすべてのエネルギーと余波を、内側へと呑み込み消滅させた。


熱波は瞬く間に収束し、狂風は静まった。


窓枠がわずかに黒く焦げた以外、トイレのタイルも水道管も奇跡のように無傷のまま、天井の板一枚すら落ちてはいなかった。


「……はぁ……っ」


トイレの中に死寂が戻り、薄い焦げ茶の匂いだけが微かに漂っていた。


破滅の龍息を放ったばかりの華奢な少女は、洗面台に脱力したようにすがりつき、細い肩を小さく落としていた。


陶器のように青白かった端正な顔立ちは、熱の名残で赤く染まっている。


彼女は小さく上を向き、猛烈な熱さに耐えかねたように、おずおずと小さく愛らしい舌先を口から突き出していた――


じゅぅ……。


その柔らかな舌先からは、まるで蒸したての饅頭のように、はっきりと目に見える熱い白煙がゆらゆらと立ち上っていた。


そしてドアの外では、薄い霜がすでにドアノブにまで達していた。


押し殺されながらもなお重く響いた破壊音を聞き咎め、外の白峰凛花はもはや店を損壊した罪など意に介さなかった。


彼女は女子トイレの木製ドアノブを鷲掴みにした。


次の瞬間、絶対零度の濃紺の冷気が掌から爆発的に解き放たれる。


重厚な一枚板のドアは瞬時にしてすべての熱量を奪われ、その繊維は粉々に脆化した。凛花は力を込めることすらせず、白く細い掌でただ何気なく、トンと前に押し出しただけだった。


――バキンッ、ガラガラッ!


ドアはまるで薄氷のようにあっけなく内側へと崩落し、タイルの床の上に無数の透き通った粉塵となって砕け散った。


そして異音を聞きつけ、殺気立って駆け込んできた悠真、レオン、クロエの三人は、入り口に飛び込んだ瞬間、目の前に広がっていた奇怪な光景にその場へ縫い止められた。


散乱する氷の破片の真ん中で、まるで精巧な人形のような黒髪の少女が、洗面台にすがって情けなげに立ち尽くしていた。


普段は澄み渡る緋色の瞳は、いまは威厳に満ちた冷徹な黄金の龍瞳へと変わり、滑らかな額の両側には小さく愛らしい黒い幼角が微かに顔を覗かせている。


だが、凶獣の残影とも言うべき恐るべき威圧感と絶望的なまでに矛盾していたのは――彼女が小首を傾げ、極限の熱さに涙目になりながら、外へと突き出した小さな舌先から、モクモクと熱い白煙を立ち上らせている姿だった。


「……襲撃されたの?」


凛花は砕けた氷を踏みしめて足を踏み入れ、深遠で冷たい紫の瞳を細めた。


その鋭敏な知性と情報網からすれば、伊織が標的にされることなど百も承知だった。


だが彼女の見立てでは、逃亡した溺亡者たちが無謀な「襲撃」を仕掛けるよりは、明確な意図を持って「勧誘」に訪れる可能性の方が遥かに高いはずだった。


ならば、大技を撃ち放った直後のこの混乱した現場は、交渉が決裂したのか……それとも条件を呑まなかった結果なのか?


後ろにいた悠真とレオンは、もはや男女の別や遠慮などかなぐり捨て、この壊れ物のような少女の身を案じて慌てふためきながらトイレへと踏み込んできた。


「伊織! 大丈夫か!? どこか怪我はないか!?」


「おいおい、さっきの音は何だったんだよ!?」


だが、数万度の極限熱によって舌が麻痺しきっている伊織は、まともな言葉を発することすらできなかった。


熱さに耐えかねた目尻にはじわりと生理的な涙の膜が浮かび、首をすくめながら「うぅー……ふぁー……」と、情けない吐息を漏らすことしかできない。


頬を膨らませ、潤んだ瞳で涙を堪えるそのあまりに無防備で不憫な姿に、張り詰めていた仲間たちの息が思わず止まった。そして全員の脳裏に、この場に似つかわしくない思いが同時に浮かび上がっていた。


(……な、なんだこれ……可愛すぎないか……?)


「まったく、馬鹿ね……」


凛花は低く息を吐いた。呆れたような言葉遣いとは裏腹に、その眼差しからは上位者特有の冷徹さがいつの間にか薄れていた。


彼女はすらりと伸びた長い脚を運んで伊織の前へと歩み寄り、白くしなやかな二本の指先を伸ばすと、真っ赤に熱を帯びて煙を吐き出す伊織の小さな舌先を、ごく自然にそっとつまんだ。


――スゥッ……。


柔らかく精密に制御された薄い涼やかな霜が、凛花の指先からゆっくりと伝わり、少女の口腔内を焼くような刺痛を優しく撫で下ろしていく。


冷気に痛みを癒やされた伊織は、心地よさそうに瞳を細め、素直に舌を引っ込めた。


しかし、指先から舌が離れるまさにその最後の瞬間――本能によるものか、あるいは微かな甘えからか。その柔らかく湿った舌先が、何気ない仕草で、凛花の冷たい指の腹をちろり、と小さく舐め上げた。


濡れた温かな感触が、触れた瞬間にすれ違う。


凛花の全身が、ほんのコンマ数秒、微かに強張った。


いかなる修羅場でも眉ひとつ動かさぬ令嬢が、湿った微熱の残る自らの指先を見つめ、冷たく端正な眉をわずかに寄せた。


あまりにも子猫の戯れに似たその感触に、いまのものが自らの錯覚だったのではないかと、一瞬の戸惑いに囚われていた。


だが少女の顔には、危機を脱した安堵と純粋な依存の色しかなく、何の企みも見受けられない。


いまはこの不可解な悪戯を追及している場合ではなかった。何よりも凛花が気に留めるべきは、この閉ざされた空間で先ほど起きた命懸けの交鋒なのだから。


数秒の後、ようやく舌の感覚を取り戻した伊織は小さく鼻をすすり、その黄金の龍瞳を、普段の大人しく従順な緋色へと静かに戻していった。熱さに痛んだ喉のせいで、少しばかり掠れた甘い鼻声を交えながら、小声で報告を口にする。


「……さっき、私と同じくらいの背丈で、顔にそばかすのある女の人が現れました。『同類』だと名乗って……窓から逃げようとしたんです。それから、これを残していきました。軍のものより効果のある特殊な血清だからって……私を仲間に引き入れようとして」


伊織は華奢な指を伸ばし、タイルの隅に静かに置かれた、冷たい合金の光沢を放つアタッシュケースを指差した。


その言葉が落ちた瞬間、小隊全員の視線が一斉にそのケースへと突き刺さった。


答えは明白だった――伊織は人類を裏切っておらず、むしろ即座に敵を排除しようと牙を剥いたのだ。だが同時に、この事実は全員に向けて最も冷酷な警告を突きつけていた。


至高の真龍の血をその身に宿し、沈降率の限界を抱えるこの少女は――暗闇に潜む危険な反乱組織にとって、是が非でも手中に収めるべき絶対の「獲物」として、完全に狙いを定められたのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。