アカタケをより美味しく食べるには
窓の外から柔らかな日射しが降り注ぐ穏やかな朝。
アイリーンがいつもと同じ時刻にランの部屋へ到着すると、瞳をキラキラと輝かせているランに「待っていました……!」と歓迎された。
主人が明らかにいつもとは違う様子であることに戸惑いつつも、アイリーンは落ち着きのある表情で「用事でしょうか」と尋ねる。するとランは胸の前で両方の手のひらを合わせながら「お願いしたいことがあるのです」と言う。アイリーンが「何でしょう」と問えば、ランはテーブルの上から一枚の白い皿を持ち上げアイリーンの前に出した。
なんてことのない至って普通のデザインの白い皿、その上に乗っていたのは――怪しげな赤いキノコだ。
細い触手のようなものが何本かくっついたような見た目をしているそれは見るからに禍々しい。が、アイリーンはそれを以前目にしたことがあった。ランを王城へ迎えて間もない頃、もう一人の侍女であるリッタがランにいきなりプレゼントしたのが、目の前にあるそれに非常に似た見た目のものだった。
「リッタ、ですか」
「な、なんとっ……! アイリーンさんは、本当に、勘が鋭いですね……! 言う前に気づかれるだなんて驚きました」
「以前も渡していましたから」
「アイリーンさんは記憶力がとっても良いのですね」
「いえ、ただ……大変印象的な見た目をしたキノコでしたので。ぼんやりと記憶していただけのことです」
ランは「アカタケといいます」と念のため紹介し、それから、改めてアイリーンへ目をやる。
「これを使って美味しい料理を作っていただきたいのです!」
「またいきなりですね……」
「アイリーンさんであればきっととっても素敵な料理を作ってくださるのではないかと思いまして……それで、待っていました」
正直なところあまり乗り気ではないアイリーンだったが、だからといって目の前の期待に瞳を輝かせる主人からの頼みを強く拒否することもできず。
「承知しました。どうなるか分かりませんが、試してみます」
仕方がないので頷いた。
「ありがとうございます……! ああ、頼んでみて良かった。アイリーンさんはとても器用な方ですし、どんな頼みにでも対応してくださいますから、わたくし、本当に信頼しているのです。いつも協力してくださってありがとうございます……!」
嬉しそうなランを目にして、アイリーンは少し呆れたように頬を緩める。
ランは時折驚くような頼みを投げてくる。
そんなこと!? といったようなことを。
それも、冗談でとかふざけてとかではなく、意外なことを純粋な心で頼んでくるのだ。
そういった時、アイリーンはいつも若干困惑する。だが、戸惑いながらも「対応する」と返した時の、花咲くような喜びの顔は格別で。その表情は、アイリーンに、清らかな波の間を駆け抜けるような心地よさを与えてくれる。それゆえ頼まれれば大抵いつも対応してしまうのである。なんだかんだで、やるだけやってみよう、と思ってしまう。
「お待たせしました、二品ほど作ってみました」
アイリーンはアカタケで二種類の料理を作った。
一品目は、刻んだアカタケとひき肉を混ぜ乾燥したパンの中に詰めて香ばしく焼いたもの。
二品目は、大雑把に切り一口サイズにしたアカタケの表面だけを炙ったものに甘酸っぱい特製タレをかけたもの。
「ほ、ほわあああ……!」
「美味しい、そう、多分、強い予感」
楽しみすぎてニコニコしながら待っていたランと、待っている間にたまたま部屋へやって来たリッタが、重なるタイミングでそれぞれの言葉を発す
「美味しいかどうかは分かりませんが」
「す、すす、すすっすすっすす……凄すぎます……!」
今にも泣き出しそうなほど感動しているラン。
「いただきますっ」
彼女がまず口にしたのは一品目。
「ふ、ふほわぁぁぁぁぁ……!」
硬めのパンの中から溢れ出す肉汁、その中で唯一無二の個性を発揮する刻みアカタケのほどよい歯ごたえ。
「どうでしょう」
「お、美味しいですっ。もう、これは、たまらなくっ……美味しすぎるくらいです! この、食感の多重奏感が、とってもとってもっ……ああもうたまりません! これはもう! あまりにも美味しすぎて! 泣きそうです!」
続けて、二品目も口へ運ぶ。
「これは……っ、タレが!」
生に近い食感を保ったアカタケにじっとり絡みつくタレの旨味のある甘酸っぱさ――その魅力に、ランは頭を殴られたかのような衝撃を受けていた。
「タレとの相性が抜群です……!」
「良かったです」
「酸味があることで重すぎない味わいになっています。わたくし、こういった味がとても好きなのだと今気づきました。楽園のような味わいです」
その後ランはリッタと分け合いながら二種類のアカタケ料理をあっという間に平らげた。
「アイリーンさん、今回は本当にありがとうございました……!」
「美味しい、かった、すごく。スキ」
「とっても美味しかったので、今度サルキア様にもこちらのお料理を紹介してみようと思います……!」
満面の笑みでリッタと手を繋ぐランを見て、アイリーンはそっと微笑んだ。
――この人と出会えて良かった。
そんな風に思いながら。
これからも温かなこの場所を護っていこう、と、胸の内に在る決意を再確認する。
◆終わり◆




