サルキアとランのティータイム(2)
「きぇっへっへ! お盆で防ぐとはやるっねぇ!」
やがて、空間が揺らぎ、姿が露わになる――立っていたのは背の高い男で、その手には小型の斧のようなものが握られていた。
「ただのメイドさんかと思ったけど、そういうわけじゃないんだねぇっ? きぇっへっへ! いいねいいねいいねぇ!」
男はハイテンションになりながらアイリーンに襲いかかろうとするが。
「良くねーよ」
アンダーの投げたナイフが男の視界をかすめた。
「んああ!?」
男が込み上げる怒りに身を委ねかけたタイミングで、アンダーは再びナイフを投げる――だが不運にもアイリーンの耳もとにかすり、男のところへ届く頃には威力が落ちてしまっていて――結局、男を仕留めるには至らなかった。
アイリーンとアンダー、両者の間には何とも言えない空気が流れ始める。
「危ないですから、投げナイフはやめてください」
「は? アンタが動くからだろ」
「……人の耳に当てておいてそれですか」
「知るかよ」
二人が反発し合っている隙を見逃さず、男はアンダーの方へ突っ込んでいく。にちゃりと笑みを浮かべながらアンダーに急接近した男は「仲間割れしてる場合かなぁっ?」と発しそのままの流れで蹴りを繰り出した。アンダーは片腕で防ぐと、下半身へタックル。転倒させ、その場に押し倒す。
ほんの数秒の出来事に、その場にいた誰もが圧倒される。
「おい、アンタ、警備隊呼んでこい」
男を地面に押し付けたまま顔だけ持ち上げたアンダーは、アイリーンの方へ目をやり、そっけなく指示を出した。
「……言われずとも、そうします」
アイリーンはそっぽを向いて歩き出した。
「び、びび、びっくりしました……」
「大丈夫ですよランさん」
怯える小動物のように瞳を揺らすランは、サルキアにそっと抱き締められ励まされていた。
「怖かったです……」
サルキアは仕事柄今でも時折襲われることがある。それゆえ、こういったちょっとした襲撃にはある程度慣れている。が、王城で穏やかに暮らすランにとってはこういった出来事は珍しいことで。それゆえランはかなり驚いた様子であった。
男を地面に押し付けているアンダーがサルキアに優しく抱き締められるランをどこか羨ましそうに一瞥していたのは――また別の話。
その後、男は、駆けつけた警備隊に引き渡された。
「アイリーンさん、耳もと、手当てします……!」
「すみませんラン様」
「ではそちらを向いてください……!」
「承知しました。……ありがとうございます」
ランはテーブルの下から救急箱を取り出すとアンダーのナイフがかすったアイリーンの耳もとの応急処置を始める。
一方、アンダーはというと、サルキアに厳しく注意されていた。
「アンダー、後で謝ってくださいよ」
「何の話だよお嬢」
「アイリーンさんに、です! 怪我させたのは貴方のナイフなのですよ!」
「んなもん、大した怪我じゃねーだろ」
「そういう問題ではありません! いいから謝りなさい!」
サルキアに怒られるとさすがのアンダーも激しく反発はできず。
「さっきは当てちまって悪かったな」
「いえ、お気になさらず。……単なる事故ですから」
アイリーンに謝罪した。
◆
すべてが終わり、解散となった後、ランはアイリーンを連れて自室へ戻った。
「せっかくのティータイムを台無しにしてしまい、申し訳ありませんでした」
「そんな……! アイリーンさんはわたくしを護ってくださったではないですか。謝らないでください……!」
リッタは呑気に床で寝ている。
「ところで、耳は痛みますか?」
「そこに夢中ですね……」
「部屋に戻ればお薬も色々ありますから! 今後は状態に合わせて対応していくつもりですっ」
負傷部位への対応について話す時、ランの瞳は鮮やかに煌めく。
それは出会った頃から変わらない。
どんなことがあっても、どんな関係でいても、決して変わることのない部分を持った主人の姿を目にして――アイリーンは静かに笑みをこぼす。
◆
「アンダー、今日はありがとうございました」
ランたちと別れた後、二人きりになったサルキアとアンダーは、廊下で言葉を交わす。
「速やかな対応、さすがでした」
「ふつーだよ」
「改めて確認しますが、怪我はありませんね?」
「おう」
「分かりました。では解散とします」
サルキアの仕事はまだ終わっていない。
やるべきことは常にある。
「この後また仕事か?」
「はい。会議はありませんが書類の作成が多数」
「手伝うわ」
「……と言いつつ、また甘えようとするのですよね」
痛いところを突かれてしまったアンダーは気まずそうに「敢えてゆーなよ……」とこぼすのだった。
◆終わり◆




