ランの挨拶練習
「サルキア様、少しよろしいでしょうか……?」
その日、ランは、近々開催されるとある集会での挨拶について相談したいことがありサルキアのもとを訪ねた。
「はい。何でしょうか」
「挨拶について教えていただきたいことがあるのです……」
山積みになった書類を捌いているサルキアだったが、親しいランに対して冷たい態度を取ることはない。
「前に言っておられた、全国医務官集会での開会の挨拶の件ですか」
「は、はいっ」
生まれながらに王族であったサルキアは育ってくる過程で人前に出る経験を積んでいるだろう――そう考えて、ランはコツを教わりに来た。
「わたくし、人前ではっきりと話すことが苦手で……よければ上手く話すコツを教えていただきたいのです」
「正直、私も挨拶はあまり得意ではありません。目立たないところで働いている方が性に合っています」
ですが、と、サルキアは続ける。
「ランさんからの頼みを無視することなどできません。ぜひ協力させてください」
「ありがとうございます!」
「では早速、一度、試してみていただけますか?」
「はい!」
こうして練習の第一歩が始まったのだが。
「……ことで、これから……ま……も、皆……」
ランの挨拶は思った以上に小声で。
「それでは聞こえません」
サルキアはそう言うことしかできなかった。
「はい、その……そう、です、よね」
「もう少し大きく声を出してください」
「わたくし、どうしても、人前で話すことになるのだと思うと声が出なくて……どうすれば上手く声を出せるでしょうか……」
弱々しい問いに、暫し考えて。
「集会の参加者はランさんの命を狙う者たちではないのですから、あまり気にしなくていいと思います」
サルキアは答えを発した。
「見られている、聞かれている、と、意識しない方が良いと思います」
「どうしても意識してしまいます……」
「確かにそうですね。気にするなと言われたからといってすぐに気にしなくなれるはずもない……もう少し、繰り返してみましょうか」
ランは懸命に覚えた文を繰り返し発する。
しかしなかなか聞き取りやすくならない。
全体的に声が小さいという点が最も改善すべき点であったが、ランの精神的な部分からの影響が大きく、それゆえすぐに改善できるものではなかった。
もう、とにかく、繰り返して慣れるしかない。
すぐには上手くいかず、しかし、ランはそれで諦めはしなかった。覚えている挨拶文を口から出すことを何度も何度も繰り返した。上手くいかなくても負けない、と主張するかのように。同じ文章を発することを繰り返す。
そして、ついに……。
「今の! 今の感じですよ! その感じ!」
繰り返すにつれて少し大きくなったランの声。
鈴の音のように可憐な声は、目立ちはしないがほどよく聞きやすく、これまでと比べれば遥かに理想に近いものと言える。
「そ、そうですか……?」
「はい! 今の、とても良かったです。そのイメージで、もう一度、やってみましょう!」
「は、はいっ」
それからしばらくして。
「サルキア様! 本日はありがとうございました!」
挨拶の練習は終わる。
「上手く話すコツ、あまりお伝え出来ずできずすみませんでした」
「そんなことありません……! 付き合っていただけて、おかげで、とても良い練習になりました……!」
ランは何度もお辞儀する。
「挨拶、上手くいくと良いですね」
「ありがとうございます……!」
サルキアとランの間には終始温かな空気が流れている。
「このお礼と言っては何ですが、今度、お食事に誘わせてください……!」
「と、言いますと?」
「アイリーンさんのとっても美味しいアカタケ料理をサルキア様にも食べていただきたくて……!」
その言葉から状況を理解した様子のサルキアは「それは楽しみです」と返した。
◆終わり◆




