第12話 名探偵 佐々木小五郎の名演
妹山が気絶していた時間はほんの一分ほどの時間だった――そもそもスタンガンに人間を気絶させるほどの電圧はない。妹山が今回気絶したのは、慮外の電気ショックに対する驚嘆によるもので、気絶というよりはただの意識の空白という表現の方が正しいのかもしれない。
なんにしろ、その一分弱の間に妹山は腕を後ろ手に縛られていた。ベルトによる拘束である。ベルトの持ち主は小五郎だった。
「……どういうことだい、佐々木くん」
妹山は比較的冷静だった。
むしろ、神崎や志賀野の動揺の方が大きく、小五郎の暴挙に戸惑いを隠せずにいる。
「さ、佐々木さん、なにしてるんですか?」
「見ればわかるだろ。犯人を拘束したんだ」
小五郎は気怠い口調で言葉を返した。
「でも、犯人は志賀野さんで……」
「志賀野さんは犯人じゃない。だって本人がそう言ってるじゃないか。ね、志賀野さん?」
「あ、ああ」
結果的に助かった立場になった志賀野さえ困惑している。
さもありなんといったところだ。
妹山は腕を縛れらているだけで他は自由だが、早々に抵抗を諦め、ぐったりと身体を投げていた。しかし、小五郎には非難の眼差しを向けている。
「佐々木くん」
「……わかったわかった、説明するよ――でもその前に、秋島さん、ご無事ですか? さすがに志賀野さんがあそこまで暴れるのは予想外でした。すみません。心臓に負担とかなければいいのですけど」
「大丈夫でございます」
「それはよかった――さて」
小五郎は気障ったらしく指を鳴らした。
そして、その指で妹山を差す。
「お前、妹山あおいじゃないだろ」
※※※※※※※※※※
「妹山あおいじゃない?」
困惑が飽和した表情で神崎が呟く。
「でも、妹山さんは妹山さんで。入れ替わったりもしてないですよ――え、あ、双子とか?」
「違う違う、そうじゃなくて。こいつは端から妹山あおいじゃなかったんだよ。偽名だったんだ。もちろん、小説家でもない――ちなみに、本名はなんていうんだ?」
妹山は――青年は答えない。
その顔はまさに百面相だった。驚嘆、憤怒、失望、諦観と色を変えていく。
そして最後には、諦めたように口を開いた。
「……答える前に一ついい?」
「なんだ?」
「どうして俺が妹山あおいじゃないってわかったんだい? 妹山あおいは覆面作家だ。名前を調べたって、顔が出てくるわけじゃないだろう?」
「色々と罠を張ったんだよ。それで、お前が小説家じゃないことを僕は確信した。どれが罠だったのかに関しては、牢屋の中でゆっくり考えてくれ――で、お前の本当の名前は?」
「……宮藤瞳哉」
「ああ、そう。よろしく、宮藤」
小五郎は握手を求めて手を差し出した。それから「ああ、手は僕が縛ったんだった」とおどける。
「早い話、僕は最初からお前を疑ってたんだよ。でも、脅迫文をちょっと真に受けすぎてな、ペンションに爆弾でも仕掛けられてるのかもしれないって思ってたんだ。僕は虚弱だから、どれだけ不意を打ったって抵抗も許さず大の男を取り押さえられるわけがない――だから、お前を安全圏に置くことで警察が来るまで制御するつもりだった。密室の謎を解く時間も稼ぎたかったしな……だけど、志賀野さんがちょっとイレギュラーすぎた。まさか暴れ始めるとは思ってなかったんだよ、僕も」
志賀野は酷く赤面した。
小五郎は苦笑して、それから一同に向けて口を開いた。
「御法川さんを殺したのは、宮藤だ」
息を呑む音が聞こえるようだった。
志賀野も神崎も秋島もなにも言わず、宮藤は否定すらしない。
「順を追って説明しよう――宮藤はおそらく、御法川さんと元々親交があった。というか、一方的に知っていた。深い恨みがあったのかどうなのかは知らないけど、殺したくなるような関係だったんだろう」
「………」
「そして、宮藤はなにかの拍子に御法川さんがこのペンションに泊まることを知った。ここら辺の細かい経緯は知りようがないし、興味もない――とにかく、宮藤はこれを好機と捉え、自分も同じペンションに宿泊することにした。偽名を使ってな」
その偽名が、妹山あおいだったというわけだ。
「事件の夜の宮藤の動きはこうだ――まず、リビングルームで僕と神崎とウイスキーを飲む。それから神崎と一緒に二階に上がって、部屋に入ったことを印象づける。そのあと、頃合いを見計らって一階に下り、御法川さんを晩酌に誘った」
これはおそらく十一時より後だろうな――小五郎は付け加えるように言う。
「そして、新しい酒を注ぐことでも口実にして、御法川さんに睡眠薬を飲ませた。たぶん、効きが早い種類の睡眠薬だろう。御法川さんの意識はすぐに朦朧とした。宮藤はそんな御法川さんに肩を貸す形で二〇五号室に上がり込み、無防備に眠った御法川さんを濡れたタオルで殺害した。そして自分の部屋に戻って息を潜め、十二時過ぎ、二〇五号室の扉の前で立ち往生している僕と秋島さんに何食わぬ顔で合流する――そのあとのことは、まあ、説明する必要はないか」
「でも、それだと……」
神崎が躊躇いがちに口を挟む。言葉の続きは、志賀野が継いだ。
「密室は? 妹山……じゃなくて、宮藤とかいう彼は、どうやって二〇五号室を密室にしたんだ?」
「それは単純に物理トリックを使ったんでしょ」
「どんな?」
「糸を使った物理トリックです」
「それは君が否定しただろう」
「僕が否定したのは、糸を使って鍵をかけるトリックだけです」
志賀野が訝しげに目を細める。
小五郎は唇を湿らせると、一同に向かって密室のトリックの説明を始めた。
「ドアの内側についているドアストッパーのフックと、廊下の端にあるコンソールテーブルの脚を糸で繋ぐ――これが密室のトリックの全て。そうすれば、糸が張ってドアは開かなくなる」
つまり――
「《《鍵はかかってなかったんだ》》」
鍵がかかっているように見せかけて実際はかかっていないという、古典的な物理トリック。
「糸の長さは一メートルもあれば足りる。おそらく黒い毛糸だろう。廊下が暗いのと、黒くて毛足の長いカーペットのせいでぱっと見では糸の存在に気付けない――宮藤は扉が開かないことを僕に確認させたあと、マスターキーを取りに行かせた。その間にスニーカーの爪先でぐりぐりと毛糸を踏みつけて、糸を切るか切れやすくしておく。あとはマスターキーを受け取って、開錠するふりをして、ドアに体当たりするようにして糸を千切れば密室は解錠される。糸はどさくさに紛れて回収したんだろ」
「そんなの……成功するんですか?」
「失敗してもおかしくないけど、成功してもおかしくない――トリックに使った糸はたぶん、今着てるあのベストにでも編み込んだんだろうな」
証拠の隠滅方法としては、なかなか悪くない。
「宮藤の予定としては、どこかのタイミングでちゃっかりペンションから逃げ出すつもりだった。予約に使った名前は偽名だし、そうそう見つからないと高を括って――けど、予想外の事態が起きた」
「土砂崩れ、ですか?」
「それもそうだし、僕らがあっさり警察に通報したところから、もう予定外だった。あの脅迫文で、台風の雨風が落ち着くくらいの時間は稼げるとでも思ったんだろう――これに関しては想定が甘いと言わざるを得ない――警察には通報されるし、土砂崩れで逃げられなくなるし、宮藤は焦った。そこに、僕から絶好の提案が転がり込んでくる。つまり、探偵のゴーストライターの誘いだ。宮藤はそのチャンスに飛びつき、見事ミスリードを作り上げて志賀野さんを犯人に仕立て上げた。志賀野さんが暴れ始めたのは宮藤にとってもイレギュラーだっただろうけど、都合は良かったろうな。揉み合ってるうちにうっかりを装って志賀野さんを殺してしまえば、正当防衛という名目と一緒に御法川さん殺しの真相を闇に葬れる」
「そんなつもりはなかったさ」
宮藤が久しぶりに口を開いた。
「まあ、お前はそう言うしかないだろうな。一人殺したのと、二人目を殺そうとしたのとじゃ、罪の重さが段違いだ」
「手厳しいね」
「志賀野さんへの殺意を否定するってことは、御法川さん殺しに関しては情状酌量を狙えると思ってるのか? そういえば、どうして御法川さんを殺したんだ?」
「復讐だよ。妹のね。詳しくは言いたくない」
「あっそう。なら聞かないけど」
ちょうどそのとき、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。パトカーのサイレンだ。街中で聴くと不安で仕方なくなるその音も、今ばかりは愛おしい。
「警察がやっと来たか? はあ、今の説明をもう一回警察にしなくちゃいけないと思うと、億劫なことこの上ないぜ」
小五郎は立ち上がって、ペンションの玄関に足を向ける。
その背中を宮藤の声が呼び止めた。
「佐々木くん」
「ん?」
小五郎は振り向くこともなく、カーディガンの襟を正しながら答える。
「君はいつから、俺が妹山あおいじゃないと気付いてたんだい?」
「いつからと言われてもな……徐々に確信を深めていった感じだし」
「なら、いつから俺を疑ってた?」
「それなら、僕が名探偵の演技を始めたときからだ。明智小五郎と同じ名前の探偵が現れて、妹山あおいが反応しないのはおかしいと思ってたんだよ」
「参ったな……それ、ほとんど最初からじゃないか」
宮藤は失笑する。
「俺のこと、最初から掌の上で転がしてたのか? 俺が妹山あおいじゃないことに気付きながら、気付かないふりをして」
小五郎はドアの前で振り返り、人を喰ったような表情を浮かべた。
「名演だったろ?」
ここまで読んでくださりありがとうございました。
一章『名探偵 佐々木小五郎の名演』になりました。次は二章『名探偵 佐々木小五郎の明暗』でお会いしましょう。ブックマークをしてお待ちください。
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