第10話 ゴーストライター
やがて陽が落ちた。
リビングルームでは、四人の宿泊客と一人の管理人が思い思いの時間を過ごしていた。小五郎は妹山と雑談をしていて、志賀野はテレビを見ている。神崎は神経質そうにスマホを弄っていて、秋島は椅子に座ったまま微動だにしなかった。
豪雨は霧雨へと姿を変えた。台風は完全に去っていったようだ。
八時になると、ダイニングルームで夕食を取った。メニューはビーフシチューだった。絶品であることに違いはなかったが、五人の間に会話はなかった。
十時になると、一同は二階に上がった。睡眠を取るためである。
「では、昨晩と同じように僕が見張ってます」
小五郎は廊下に出しっぱなしだったデスクチェアに腰を下ろしながら言った。
「やっぱり、警察が到着するまで寝ない方が……」
神崎が震える声で異議を唱える。
「明日の昼まで耐えられるのか? 神崎、お前だってぐっすり寝たわけじゃないだろ。ていうか正直今も眠いんだろ?」
「……はい」
「遠慮なく寝てくれ。僕は夕方まで熟睡してたから、眠気は全くないんだ。うっかり居眠りするなんてこともない。見張ってるから、安心して眠っていいぞ。是非、僕を見習って爆睡してくれ」
そう言って小五郎が笑いかけると、神崎は少しだけ表情を和らげて二〇一号室に入っていった。志賀野、妹山もそれぞれ自室に姿を消す。秋島も小五郎に一礼すると階段を下っていった。
小五郎は椅子に深く腰掛けて、例のメモ用紙を取り出す。そしてそれを、なんとはなしに眺めていた。
妹山が部屋から出てきたのは、十一時過ぎだった。
ブラウスに黒色のベスト、ダメージジーンズという恰好をしている。シャワーにでも入ったのか、髪の毛は僅かに湿っている。妹山は二〇二号室の扉を閉めると、鍵をかけることもないまま、小五郎に近付いてきた。
そして、スツールに腰を落とす。
「佐々木くん、俺は実に馬鹿だった」
開口一番にそう言った。
「間抜けにも程があるよ。全ての答えは文字通り目と鼻の先に吊り下げられていたんだ。俺は一生、眼鏡をかけて眼鏡を探すような奴を笑うことができないだろうな――でもどうやら、犯人がその気になるよりは早く気付けたらしい。ああ、よかった」
「………」
「全て目と鼻の先だったんだよ。佐々木くん。これはすごいぞ。やっぱり、当初俺が睨んだ通り、トリック自体は単純なものだったんだ。これに気付かないなんてまったくどうかしてた。けど、単純であり、大胆でもある。俺は犯人に敬意すら覚えるね。同時に、恐怖も覚える。これほど大胆な犯人なら、皆殺しだって必要とあればするだろうから」
「妹山」
小五郎は確信めいて呼びかけた。
「ん、なんだい?」
妹山は熱に浮かされたような口調で応じる。
「解けたんだな?」
小五郎は妹山の瞳を覗き込んだ。
「密室の謎も、事件の犯人も、全てわかったんだな?」
「だから、そう言ってるじゃないか」
「じゃあ……誰が犯人なんだ」
声の大きさは抑えたが、熱量は抑えきれなかった。妹山は気圧されたように仰け反る。
「落ち着きなよ。心配しなくてももったいぶったりしない。けど、推理の開陳シーンは佐々木くんに任せる。舞台演技は苦手なタイプなんだ。『名探偵、一同集めてさてと言い』は、君に譲るとするよ」
「いいのか? お前の推理なのに……」
「なにを今さら躊躇っているんだい。最初からそういう約束だったじゃないか――いいんだよ、僕は探偵ってキャラじゃないし、佐々木くんの演技力は役者並みだ。僕が犯人を指摘しても全員が納得してくれるとは限らないけど、君がそうすれば必ず全員納得する。これは結構重要なファクターだよ。犯人を指摘したとき、その犯人が最期の抵抗で暴れ出さないとも限らない。そのとき他の人間が充分に納得できていなかったら、拘束に動きだせないかもしれないじゃないか。それは犯人にとって虐殺のチャンスになる」
妹山は爛々と目を輝かせながら、「適材適所だよ」と付け加えた。
「佐々木くん、俺が君に犯人を教える。そして君が犯人にとどめを刺すんだ。これは君にしかできない――頼んだよ、ホームズ」
「……わかったよ、ワトソン君」
探偵は力なく笑った。




