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5-16 揺るがぬ権力

 このレガルテとターナの名誉のために言えば、彼らは真剣なんだろう。しかし恋の病の前に正常な判断ができなくなっている。

 ふたりの語った作戦というか願望は希望的観測に満ちていた。たぶんそこまでうまくはいかない。


 そこらへんの説得は大人であるシュリーに任せることにした。


「いいか恋する若者よ。この印章を城主に見せて本物だと証明すれば確かに名門魔法家の信頼は揺らぐだろう。だが完全に崩れはしない」

 なんと言っても千年間、この都市の中枢にいた家だ。対立を繰り返し市民から疎まれているとしても、この都市の行政には絶対に必要なものだ。城主からお役御免を言い渡されることなんかは無いと思われる。


「次に、そもそも城主にこれを見せたところで彼が信用してくれるかどうかはわからない。あたしは首都の学術院で働く学者で身分証明もできる。だがこの都市や城主からすればよそ者だ。城でずっと昔から保管しているという偽物の方が城主にとっても信頼できるものだろう」

 そりゃそうだ。偽物といったって見た目でいうならこの本物と変わらないように作られていると思われる。サキナックとチェバルの人間は保管されている方が本物だと主張するに違いないし、本物である証明をなんとかやらないとな。


「ちなみに証明する方法ってあるんですか?」

 カイの質問にシュリーは難しい顔をする。

「なくはない。けれど必要なものが首都に置いてある。アーゼスの印章以上に価値のある宝で、当然ながら持ち出すなんて無理だろうな。仮に持ち出せたとしても首都からここまで運ぶのにそれなりに時間がかかる」

 ここから取りに行ってまた戻るのはたしかに面倒だ。それにその証明に必要な物というのがなんなのかはわからないけど、アーゼスの印章に関係していると知られているものだというのは予想できる。持ち出すとすればシュリーが印章を持っているということを話さなきゃいけない。そうなれば国の宝を再び問題ある都市に持っていくのを許す人間なんてあんまりいないだろう。


「それから最後に、仮にお前達の家が名誉を傷つけられたとしてもだ。そうなった以上は家の名誉をこれ以上汚さないために、これまで以上に体制の維持に躍起になると思われる。つまり、自分の一族が相手の家の人間と一緒になるなんてさらにありえなくなる」

 サキナックとチェバルの権威が多少失墜したとしても、その本質的な性格は変わらない。それも簡単に予測できることだ。



「そういうわけで君達のやろうとしてる事は無謀だ。…………気持ちはわかるが、もう少し考えた方がいい」

 最後はふたりを宥めるような言い方になった。正しく諭すばかりではなく、寄り添う姿勢も見せるのが大人の余裕というものらしい。シュリーとふたりは数年しか歳違わないけど。



「そ、そうか……いやでも。俺達はなんとかして添い遂げたいんだ!」

「そうさ学者さん。なんとかわたし達のために力になってくれないかい? なにかいい方法を教えてくれよ」

「いい方法っていってもな…………」


 道理を説いたら頼られてしまった。とはいえシュリーも大人なだけで、この手の権力構造に関する話題は専門外だ。


 シュリーが頭を悩ませているがいい案なんて浮かびそうにない。



「なあ。とりあえず一度休むのはどうでしょうか。もう朝だし」

 そこにカイの提案。彼の方を見ると、眠さに耐えられなくなったユーリに肩を預けて眠らせていた。窓を見れば空が白み始めている。寝る前に役人どもに連れられて今に至るわけで、そういえば今夜は寝られていない。


「そうだな。あたし達疲れてるんだ…………ここで寝させてもらってもいいか?」


 宿に戻るわけにはいかないだろうし。あそこは複数の保安官の死体が転がっていて寝るには気の進まない場所だ。もう死体が誰かに発見されているかもしれないし。

 そうなれば俺達が犯人って疑われるよな。だから外に出るわけにはいかない。


 幸いにしてレガルテ達も同じ考えで最初から俺達をここに匿うつもりだったらしい。他にいい案を思いつくまではしばらくここにいていいと言ってくれた。


 いい案っていうのはつまり、レガルテとターナの結婚とかを公に認めさせるってことへの案なんだよな。助けてくれた手前協力してやりたい気持ちはあるけど、そんなことできるんだろうか。


 考えるのは後にしよう。今は眠い。レガルテとターナは自分の一族の屋敷に戻っていって、俺達はベッドに横になった途端に睡魔に勝てず眠りについた。





 目覚めた時には昼過ぎだった。俺がこの世界に来てからこういう事は数度あったけど、自然に目が覚めるまで好きなだけ寝てられるっていうのは気持ちがいいな。俺以外の全員は、空腹に悩まされてるようだけど。

 ぬいぐるみの体というのも便利なところはあるようだ。飯を食う必要がない。食事の楽しみを奪われているともいえるけれど。


 だからみんなの目が覚めてから、次は食事だなということになった。都市の権力者が俺達を探している可能性を考えれば、できるだけこの部屋からは出ない方がいい。

 宿の食堂も使わない方がいいだろう。宿屋からすれば俺達が何者かわからないのだから。怪しまれるのは避けたい。レガルテがここを長期間借りているから、この部屋に宿の人間が入ってくることはないだろうけど。


 結論として、誰かが買い出しに行くことになった。



「うー。なんでわたしなの……もうちょっと寝てたかった…………」

「文句を言うな。合理的判断だ」

 選ばれたリゼと俺が昼過ぎの街を歩いているのはそういう理由だ。


 奴らが探しているのは、学者の女性とその護衛である剣士の少年と魔法使いの少女。だからシュリーとカイとリゼは外に出るのは避けたほうがいいと思われる。

 しかしかといってフィアナやユーリだけで外に行かせるのは不安だ。まだ小さい子供だし。手の届く所にいてほしいと昨日の夜に痛感した。


 だから、リゼを魔法使いに見えないようにする。ローブを脱げばどこにでもいるような村娘に見える服装をしている。この場合は町娘か。

 写真なんてものは存在しない世界だ。魔女に見えなければ周囲に溶け込み役人達に見つかることもないだろうという考えだ。


 フィアナとユーリだけで外を歩かせるのが不安なら、リゼだけで歩かせるのはもっと不安という意見もある。そこは俺が同行することで解決するというのがリゼ以外の全員の意見だ。


 うん、間違いなく論理的な結論だな。

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