5-15 禁断の恋
現状最も謎なのが、なぜグバルテは印章を持ち出して旅に出たのかということだ。
質問したらレガルテは快く答えてくれた。なんだか、彼らにとっても答えたい質問だったように思える。
今から六十年ほど前のこと。グバルテは恋をした。
彼はサキナック家の直系の男子だが嫡男ではなかったために、恋愛に関する制限は緩かった。これが嫡男であれば婚姻相手は然るべき格の相手でなければいけなかったし、これが女であれば政略結婚の駒として取っておかれることも多い。
それに比べれば名門の次男坊など気楽なものだ。場合によっては都市内の有力貴族だったり他の魔法家との政略結婚に使われるなんてこともあるだろうが、かといって自分の好きになった相手と結ばれたとして特に周りから不平が出ることもあまりない。
彼は好きな相手を好きになる自由があった。
数少ない例外を除けばだけど。そして彼は例外を選んでしまった。
「彼が愛したのは、当時の城主の娘。彼女の名前はよく知らない。調べればわかるだろうが、誰も詮索しようとはしないからだ。彼女は対立するチェバルの誰かの手によって殺された。この街では有名な話さ。あまり公に語りたがる人はいないけど」
レガルテの話したそれは俺達も聞いたことがある。酒場で下っ端役人を酔わせて語らせた時だ。そうかあの話に出てきた男が、俺達が見つけた白骨死体だったとは。
城主の娘であるなら当然名前は残っているはず。しかし都市の権力者ふたりがその存在を隠蔽したとすれば、この娘の事を調べるのは難しくなるだろう。
暗黙のタブーを犯してしまったり、権力者の暗殺などという後ろ暗い真実をサキナックとチェバルはそれぞれ隠蔽した。
しかし人の口に戸は立てられない。この手のゴシップ好きな人間によって、この物語は詳細を忘れられながら受け継がれていって俺達の耳に入るまでになった。
「その話はあたし達も聞いたことがある。ここで繋がるとは思ってなかったけどな」
「旅人にも噂話として耳に入るぐらいには有名な話になっていたのか。もちろんこれは俺達にとっても他人事ではない」
「レガとわたしの関係が明るみに出たら、やっぱりお互いの家がお互いの子を殺そうとするだろうさ」
「ターナ。そんなことはさせない」
「そうとも。ふたりならどんな相手が来ても返り討ちに…………」
「惚気け合うのは後にしてくれ。なんでグバルテは恋人を殺された後にアーゼスの印章を持ち出したんだ」
放っておいたらすぐにふたりの世界に入ってしまうレガルテとターナを引き戻すようにシュリーが尋ねる。
レガルテなんか、さっきひとりで俺達を助けた時は普通に優秀そうな雰囲気してたのにな。恋ってのは謎だな。
グバルテがアーゼスの印章を持って旅に出た理由は定かではない。単に自分の家に対する嫌がらせだったという説が有力だ。
本来なら国宝レベルのアイテムが行方不明となれば、名門の面目は丸つぶれとなるだろう。共同で管理しているはずのチェバルにとっても非難が及びかねない事態となるはずで、事実この両家は共通の秘密として偽の印章を作って今も管理を続けている。
あるいはもうひとつのロマンチックな説として、城主の娘には魔法の才能があったのではないかというものがある。
城主の家系自体は魔法とは縁のないものだったが、その中にふと生まれて才能を持ったのが例の娘だ。彼女は自分の地元であるヴァラスビアのアーゼス伝説にも興味を抱いて彼に心酔していた。もちろん家に伝わる印章をとても大切に思っていた。
だからこそ彼女の死後、グバルテは大切な人の形見として印章を盗み出して旅に出た。己の傷を癒やすための旅かもしれないし、好きな女に世界を見せてあげたかったのかもしれない。
どちらが正しいのかはわからない。グバルテは死んだし、真相を追求しようとする人間も少ない。限られた人間にしか知られていない出来事なのだから。
「なるほど。理由はともかく印章は持ち出されたんだな。ということは、これは確かに本物である可能性が高い」
そこまで教えてもらったからにはシュリーも譲歩する気になったのだろう。ポケットからアーゼスの印章を取り出す。
手に持ったままでレガルテやターナには見せるだけ。もし奪おうとしてきたらすぐに守れるような距離はとっている。
それをわかっているのか、ふたりともその場から大きくは動かず離れてその印章を眺める。
「実は俺達も本物は…………いや、これが本物だから言い方が変だな。城に保管されているという印章は見たことがないんだ」
「でも話に聞いている形と同じじゃないか、レガ。たぶんこれが本物だと思うね」
「なんだよそれ…………まあ本物かどうかを論じるなら、確かに本物だろうけど。これと同じ形のアーゼスの印章はこの国のあちこちに伝わってる。それと見比べてもこの印章は本物と同じ形をしている。だから見た目だけで判断するなら、これは本物だ」
けれどシュリーはやれやれとため息をつきながら続ける。
「だが伝聞で決めつけるのは良くないぞ。あたしは実物を知っているから本物と言えるが、君達は違うだろう? 自分達の街だけじゃなく、もっと外の世界にも目を向けろ若者達」
若者達。レガルテとターナにそんな呼び方をした。ふたりとも二十歳程度に見えて俺達よりは年上で、そしてシュリーと比べるとそこまでの差はなさそうな気がするけれどシュリーは言い切った。
年上なのは事実みたいだからまあいいか。
「それで恋する若者諸君。君達はこの印章の在り処を気にしていたが……これを使って何をするつもりなのかね?」
シュリーがふたりに問う。たまに出てくる大袈裟な口ぶりは、この印章の謎の一端が少しぐらいは明らかになったからなのだろう。この人なりの気分の高揚の顕れだ。
レガルテとターナは一度見つめ合った後に揃ってシュリーをまっすぐ見る。
「俺達の願いはひとつ。お互いに結ばれることだけ。そのために、この本物の印章を城主様に見せることでこれまでのふたつの家の悪徳を暴く。そしてお互いの家の名誉を失墜させて力を削ぐ」
「城主様の信頼を失えば、どちらの家もこの街で権力を奮っていられなくなる。そうすればわたし達の仲なんて気にしている暇はないじゃないか。これでわたし達は関係を公に出来るってことさ」
「なるほど……なるほど……」
話を聞いたシュリーは腕組みをしながら目を閉じ頷き、考えこむ。それから俺達の方を向いた。
「どうだ? あのふたりの言ってること、うまく行くと思うか?」
「いえ。全然」
カイが即答して、俺達もあと追いするようにこくこくと頷いた。




