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その男性は、体にぴっちりとはりつくダイバースーツを着ていた。髪もきっちりとスーツのなかにしまい込み、顔も大きなゴーグルで隠されているが、スーツに浮かび上がる筋肉の使い込まれ方から、そこそこ年のいった男性なのだと分かった。
それでもぱりっと日焼けした肌に皺は少なく、一つ一つの動きもきびきびとしていて余裕があった。ベテランなのだろう、自身の体に器具を巻きつける一連の動作に無駄がない。
「ダイバーの光男さんです。この道三十年のベテランで、今ではダイバー志望の多くの新入社員が彼の下で学びます」
わたしを眺めていた様子とは打って変わり、後藤は身を乗り出して説明を始めた。今までで一番滑らかに口が動き、皺に囲まれた瞳の奥に少女のような光が灯っていることにわたしは気づいた。
「今から彼が水槽に潜って、清掃を始めます。飼育員やダイバーによる清掃は毎日行われていて、一時間ほどの作業を一日に三回行っているんです。観覧面であるアクリル面を拭く作業では、水槽面からアクリル面に付着した汚れをスポンジなどで拭き取ります」
手早く準備を終えたダイバーは、彼を見つめるわたしたちに一目もくれず、早々と水槽のなかに潜っていった。底が見えないほど深く暗い水槽のなかに彼の頭の先が沈むまで、わたしと後藤は一時も目を逸らさずに見守っていた。
ほんの小さな音さえ立てずに潜ったダイバーは、手慣れた様子で体を動かし、さらなる底へと沈んでいった。スーツの下で筋肉が流れるように動いているのが、わたしの目からも分かった。ダイバーの上を通りすぎる大型魚の銀色の鱗が、照明をあびてぎらりと光った。
後藤はほうと息を吐き出した。その頬は、今まさに接吻された思春期の少女のように染まっていた。
「光男さんは仕事がとても早い方なんです。さきほど一時間の作業だと言いましたが、それは他のダイバーが清掃を行ったときにかかる時間です。あの人は同じ作業を三十分で終わらせます。半分の時間で効率よく、水槽をぴかぴかに磨き上げてしまうんです」
わたしは腕時計をみた。一時十分。
昼食から、四十分ほど経っている。
そろそろだろう。
「その後藤さん、もう上がってはきませんよ」




