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水は自由だ。決まった形を持たない。何にでもなることができ、どんな狭い隙間にも入り込むことができる。
だからこそ、水は全てを吸収してしまう。天の神の慈悲、雨になって地面に叩きつけられるまでに見えた清らかな景色、人間の体に染み込んだ感情、下水道の緩やかな散歩道……全てを記憶している。
一杯のコップの水、それら一つ一つの粒子に絡みついている記憶を考えると、眩暈がするほど膨大だ。それを日々私たちは飲み、腹におさめ、体外に排出している。
母は水の記憶を読み取ることができた。物心ついたときには、もうその事実に気がついていたらしい。
飲み水、プールの水、汗……どんな形であれ水を口に含むと、何百もの景色、思い出、感情が一種の衝撃波となって脳裏に駆け巡る。その衝撃は鉄パイプでがつんと頭を殴られたように凄まじく、まだ体が十分に発達していない幼い頃の母は何度も発狂し、気を失ったらしい。何年かして体が慣れるようになっても、鮮やかな記憶の渦に呑み込まれ、三週間に一回のペースで倒れていたそうだ。
医者は母を「原因不明」と位置づけた。脳や臓器に異常があるわけでもないのに、しょっちゅう救急車で運び込まれる母を、医者は新種の生き物を見るような目で診察した、とは母の言葉だ。
そのとき、わたしはカメレオンの眼を思い浮かべた。大きすぎる瞳で幼い少女を上から下までねめつける医師の姿が、ありありと想像できた。
最初は憔悴するほどに心配していた母の家族も、同級生と運動場を走り回った数時間後に意識を失う少女を気味悪く思い、だんだん避けるようになったらしい。
銀行勤めのお堅い父に、専業主婦の母。そして末っ子の特権を思いつく限り利用していた三歳年下の妹が、私の母、恵子の家族だった。
最初に恵子を避け始めたのは、父の正則だった。仕事でそこそこの地位につき、上司からの信頼も得ていた正則にとって、原因不明で倒れる娘の存在は、自身の醜聞に等しかったのだろう。娘が救急車で運ばれるたびに、正則は忌々しいものをみるような目をして恵子を迎えにきた。
「お前はなんでそう、すぐに倒れるんだ」
そういったときの父は、まるで他人のようだったわ。
母はそう語った。
娘が意識不明になっているのに、正則にとっては自分のキャリアを邪魔されないことが何よりも大事なのだ。
恵子が倒れれば、病院に駆けつける。医者に娘の容態について尋ねる。正則がしたのは、ただそれだけだった。
病弱な娘を保護する理想の父親の姿を周りに見せておきながら、家での恵子に対する態度は日ごとに悪化していった。
そんな父をなだめていたのが、恵子の母、智子だ。稼ぎ柱の夫をもつ専業主婦という典型的な母親。娘への対応もまた典型的で、恵子を心配しながらも、期待の眼は妹の奈々子に注がれていた。
奈々子はそれを敏感に感じ取り、年を取るごとに姉の恵子を軽んじるような言動が多くなったそうだ。運動会のかけっこで一等賞を取ったときには、入院していて出られなかった恵子の前で、一等賞の証としてのリボンをこれでもかと見せつけた。友人と遊ぶときにも、皆が盛り上がれる話題として恵子のことを面白おかしく話したりもしていた。
それだけには留まらず、愛らしい容姿と末っ子特有のずる賢さを併せもっていた奈々子は、自分が恵子よりさらに注目されることを望んだ。
自分と姉が通う高校で、恵子の発作は人を呼び寄せるための仮病だ、あいつは注目されたいだけなのだ、という噂を流したのだ。
友人も周囲の信頼も失った恵子は、孤立した。誰からも悲しまれることも、見送られることもなく、高校卒業と同時に家を離れた。
……という事情を、わたしは母から聞いて知っていた。
母は少女のような表情をする女性だった。くりくりとした瞳や淡く色づいた唇が愛らしく、何度もわたしと姉妹だと勘違いされた。若かりし頃はさぞ可愛らしかっただろう。
瞳に薄く涙をためながら道を歩く母を、わたしは想像する。その華奢な背中には、心ない悪口が残酷に投げかけられる。
母はそれ以来、故郷には一度も帰っていない。お盆も、クリスマスも、正月も、智子――わたしのとっては祖母だ――の葬式にさえ、母への招待状はなかった。




