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婚約破棄されて自由を手に入れた女伯爵ですが、知識をいかして司書になったら王弟殿下に認められ、専属になりました  作者: 畑中希月
第2部 ライオン族の小さな王子

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第49話 他の男に(前半ディートシウス視点)

「俺が彼女に心からほほえみかけてもらえるまで、どれだけの時間がかかったと思っているんだ!」


 自室に戻ったディートシウスは、クラウスに先ほどのショックと怒りをぶちまけた。

 クラウスは無の表情をしてたたずんでいる。

 ディートシウスはそれには構わず、さらに畳みかける。


「カルリアナに世話を焼いてもらうのも、優しくしてもらうのも、ほほえみかけてもらうのも、俺一人であるべきだ。そう、世界にたった一人でいいんだよ! ……ああ、しかも彼女と手をつないで、おまけに口元まで拭いてもらいやがって、あのクソガキ!」


 クラウスはため息をついた。


「お気は済みましたか?」

「……少し」

「では直接、伯爵に訴えるしかございませんね。早ければ早いほどよいでしょう」


 クラウスとメラニーには、ギュスターヴがシェジュの王子である可能性が高いことは説明済みだ。だからこそ、このそっけない反応なのだろう。

 ディートシウスは椅子に腰を下ろし、唇をとがらせる。


「クラウス君、正論すぎー」


 クラウスはぷい、と顔を背け、部屋の壁際に下がってしまった。

 話し相手を失ったとはいえ、少し冷静さを取り戻してきたディートシウスは、卓上のベルを鳴らして従僕を呼び、ミルクをたっぷり入れたコーヒーを持ってきてもらった。


「あー、生き返る」


 コーヒーを一口飲んでつぶやいてみるが、反応はない。根は面白い男なのに、クラウスはノリが悪い。


(ゲアがいてくれたらなあ)


 こういうとき、ゲーアハルトだったら呆れつつも親身になってアドバイスしてくれるだろう。

 仕方がない。ゲーアハルトはクーデターが起こった際、王宮を占拠しようとしたイングベルト派を一掃し、国王一家を守り抜いた功績で、昇進を果たして准将となった。


 現在は、ディートシウスが新設した陸軍召喚士統合本部長の役職に就いている。事実上、国内にいる軍人の召喚士のトップになったわけだ。元帥副官時代のように、いつでもディートシウスに付き従う、というわけにはいかないのだった。


 ちなみに、壁際で沈黙しているクラウスは、現在もディートシウスの護衛隊長を務めているが、ディートシウスによるイングベルト捕縛を助けた功績で少佐に昇進した。


 もっとも、本人は「わたしは何もしておりません。殿下ご自身の功績です」と昇進を固辞しようとしたため、ディートシウスは「日頃の君の働きぶりを加味した結果だよ」とクラウスを説得しなければならなかった。


 そんなこんなで、クラウスの昇進は兄王じきじきに推挙されたゲーアハルトよりも大幅に遅れ、今月である盛月せいげつ(八月)一日付で少佐になったのだった。


 それはともかく、ゲーアハルトは以前からシュテルンバール公爵領の領主顧問も務めており、たまっている陸軍の仕事を片づけ次第、こちらと合流することになっていた。彼に宛てた手紙を残し、ギュスターヴとマルクのことを伝えておく必要があるだろう。


 ディートシウスはコーヒーを半分ほど飲んだところで、クラウスに聞こえるくらい大きな声で言った。


「俺、カルリアナに捨てられちゃうのかなー。やっぱり、若い男には勝てないのかなー」


 クラウスがつかつかとこちらに歩み寄ってくる。


「むしろよかったのでは?」

「どこが?」

「会ったばかりの子に親身になれるのですから、伯爵はよい母親になる可能性が高いと言えます。未来の夫としては万々歳でしょう。ただし、殿下がよい父親になるのは無理そうですが」


 確かに今の自分は子どもを持つことに後ろ向きだ。しかし、なぜそこまではっきり言い切れるのか。納得がいかず、ディートシウスは尋ねた。


「なんで?」

「考えてもごらんなさい。お二人の間に男の子がお生まれになったとして、殿下は伯爵がそのお世話をなさるたびに、いちいち嫉妬してみっともなくわめき散らすおつもりですか? どう考えてもダメ親ですし、そんなことをしたら、まず離婚されますよ」

「え、嫌なんだけど」

「でしたら、せいぜい『よい親とは何か』を考え抜いてください」


   ***


(さて、明日からギュスをどうしましょうか)


 その日の日中、カルリアナは自らギュスターヴに城の中を案内してまわった。

 ギュスターヴはケルツェンの建築様式が珍しいらしく、興味深そうにしていた。好奇心旺盛なさまが実に可愛らしい。彼が何かを思うたびに耳や尻尾がぴょこぴょこと動くさまは見ていて飽きなかった。


 呼び寄せた服屋と仕立屋に頼み、今のギュスターヴにぴったりの服も注文できた。

 それに、今日一日でギュスターヴはだいぶ自分に懐いてくれたように思う。


 時々ディートシウスが現れ、カルリアナの隣にいるギュスターヴを見ると、慌てて立ち去ってしまうということを繰り返していたのだが、あれはなんだったのだろう。


 それはあとで本人に聞くとして、カルリアナは問題を一つ抱えていた。

 明日、カルリアナはディートシウスとともに、再び視察という名の婚前旅行に出掛ける。


 その間、ギュスターヴをどうしようか、という問題だ。


 城でカルリアナの帰りを待っていてもらうこともできるが、おそらく彼は追われる身だし、自分の留守中に何があるかわからない。


 あまりにも心配になったカルリアナは、昼間の謎の行動についても聞きたかったので、夕食後、ディートシウスに直談判することにした。ギュスターヴも同席した夕食中は、ディートシウスの元気がなかったため、話を切り出すのを遠慮したのだ。


 メラニーを伴い、ディートシウスの部屋に赴く。メラニーを控えの間に待たせ、扉脇に立つクラウスに取り次いでもらってから入室する。すでに椅子から立ち上がっていたディートシウスが、パッと美麗な顔を輝かせた。


「カルリアナ、どうしたの?」

「少しご相談したいことがありまして」

「大歓迎だよ。座って座って」


 カルリアナはディートシウスに勧められるまま椅子に腰掛けた。ディートシウスも向かいに座る。


「何か飲む? お茶なら俺がれるよ。カルリアナのために練習したんだよねー」

「それはありがとうございます。ですが、お気遣いなさらず。実は、ギュスのことなのですけれど」

「……え?」


 まぶしい太陽のようだったディートシウスの表情がとたんに曇った。

 カルリアナは聞かずにはいられなかった。


「どうなさいました?」

「いや、なんでもない。続けてよ」

「……はい。ギュスはわたしに懐き始めてくれているので、明日から城で留守番をさせてしまうのはかわいそうだと思うのです。それに、わたしたちが留守にしている間に、何があるかわかりませんし……ですから、彼も旅行に帯同させたいと思いまして」


 ディートシウスの口元が引きつった。


「うーん、俺は反対かな。あの子は十中八九シェジュの王子だろうから、正体がバレたら厄介なことになりそうだし」


 想定内の反論だったので、カルリアナは落ち着いて説明した。


「それでしたら心配ないかと。実は昼間、服屋が勧めてくれたものの中に、ギュス用の帽子がありまして、両耳を出すための穴があいているものと、穴はあいていないものの、耳を潰さないように自然な膨らみがついていて、一見すると獣人族には見えなくなるものを両方買ったのです。外を歩くときは後者をかぶっていれば、正体を隠せるかと思います」


 ディートシウスは苦笑する。


「さすがカルリアナ。用意周到だね。尻尾はどうするの? もし、今から変身の魔法を使える術者を探すとなると、時間がかかると思うけど」

「ご心配なく。王都にいたときから小耳には挟んでいたのですが、現在、獣人族の間ではシェジュ王室に憧れる人たちによって尻尾のライオンカットがはやっているらしいのです。シュテルンバールの町で見かけた獣人族にも、明らかに犬族や猫族なのに尻尾はライオンカットという人たちがちらほらいましたから、大丈夫だと思います」

「ふーん、それなら大丈夫かもね。でも、君はともかく俺は懐かれていないし、馬車で移動するときに気まずくならない?」


 なぜ、ディートシウスは乗り気でないのだろう。それに今日一日、ギュスターヴと顔を合わせたときに限って様子が変だった。彼について話している今だって態度がおかしいし……。

 頭を働かせたカルリアナは、ある結論にたどり着いた。


「もしかして……嫉妬なさっています?」


 ディートシウスは大きくうなずいた。


「うん、実は」

「相手は子どもですよ?」

「よく知らないけど、ロマンス小説とかでそういうのありそうじゃない!? 小さな男の子がイケメンに成長して年上ヒロインと結ばれるって話!」

「よく知らないのなら、例えに挙げないでください。……それに、わたしにはあなたという婚約者がいますから」


 先ほどまで不安と不満に満ちていたディートシウスの表情が変わった。愛しい者を前にして、甘えたくて甘えたくてたまらないような表情。


「カルリアナ、ちょっと椅子から立ってよ」


 ディートシウスが何かよからぬことを考えているような気がしたが、今は断らないほうがいい気がする。

 カルリアナは椅子から立ち上がった。


「こうですか?」

「もっと横に、椅子の横に立って」

「こうでしょうか」

「うん、そんな感じ」


 椅子から立ったディートシウスがゆっくりとこちらに近づいてくる。そのまま彼は、おもむろにカルリアナの背後に回り、後ろから抱き締めてきた。


「たとえまだ子どもでも、他の男に君を取られたくない」


 耳元でささやかれ、彼の息がかかる。それに、ディートシウスのいい匂いに、全身が包まれていくような気がした。カルリアナは身体がしびれるような感覚を覚え、赤面する。

 ディートシウスはカルリアナの腰に両腕を回す。カルリアナはおずおずとディートシウスの大きな手に自分の手を重ねた。言い訳のように小さな声で言う。


「……わたしがあなた以外の男性を異性として見るなど、あり得ません」

「本当?」

「本当です。神々に誓えますよ」


 ディートシウスはカルリアナを解放し、前に立った。何かを我慢しているような顔つきで、彼は言う。


「いいよ、ギュスを連れていっても。君からおねだりをされるなんてめったにないし」


 おねだり、と表現されてしまうとなんだか嫌らしい感じがしたが、今夜のディートシウスにそう指摘するととんでもないことになりそうなので、カルリアナは黙っておくことにした。

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