第50話 ギュスターヴだって面白くない(ギュスターヴ視点)
「ギュス、あなたも旅行に行けることになりましたよ」
眠る前にカルリアナからそう伝えられたギュスターヴは、思わず「本当!?」と聞いてしまった。
「中断していた旅行に明日から再出発する予定です」とカルリアナから聞いていたギュスターヴは、内心でがっかりしていたのだ。
彼女と離れたくなかった。
カルリアナは奇麗で優しくて物知りで、シェジュや獣人族をバカにしたりしない。
(それに……母上と少し似てる)
聡明な女王と謳われる母と雰囲気が近い。
ただ、気になることが一つ。
「……ねえ、あのディートシウスって人も、一緒に行くの?」
カルリアナは微笑した。
「ええ」
「そう……」
「何か気になることでもあるのですか?」
そう聞かれ、ギュスターヴは口籠もった。
あのディートシウスという男は自分のことを嫌っている。彼の態度からギュスターヴは敏感にそう感じ取っていた。
でも、正直に言えばきっとカルリアナが悲しむ。カルリアナにとって、ディートシウスが大切な存在であろうことにも、ギュスターヴは気づいていた。
昼間はできなかったが、勇気を出して二人の関係を聞いてみたほうがいい気がした。
「ねえ、カルリアナはディートシウスの妻なの?」
カルリアナは翡翠色の目を丸くしたあとで、照れたように笑った。
「まだ結婚はしていませんよ。婚約者です」
覚悟していたこととはいえ、ギュスターヴはショックだった。
ギュスターヴにとって理想の男とは、父王のように頑健で優しく誇り高い、戦士の中の戦士を指す。
身長が高く顔は美しいものの、言動や雰囲気が浮ついているディートシウスは、母に似たカルリアナにはふさわしくないように思えた。
(……そりゃあ、あいつはマルクの命の恩人だけど)
国境の山を超えると同時に力尽き、倒れ込んだマルク。自分を守って大怪我を負ったあげく気絶した彼を前に、右往左往していたギュスターヴは、通りかかった馬車に助けを求めた。
あのとき、ディートシウスが降りてきて即座にマルクを助けてくれなかったら。カルリアナを呼んで治癒魔法を使ってくれなかったら……考えただけでゾッとする。
でも、そのあとで自分をあれこれと気にかけ、親切にしてくれたのはカルリアナだ。
気づくと、ギュスターヴは矢継ぎ早に問いかけていた。
「あんなにいい加減そうな奴のどこがいいの? 無理やり婚約させられたの?」
「まさか。お互いに望んで婚約したのですよ。彼はああ見えて、いいところもたくさんあるのです」
「……ふーん」
カルリアナは男の趣味が悪いのだろうか。それとも面食い?
シェジュで自分を嫌っていたのは、多分ヴァランタン・ド・バルテレミー公爵だけだったと思う。
ディートシウスに嫌われる理由は単純だ。彼の婚約者であるカルリアナが、こちらを気にかけてくれるからだろう。
だが、バルテレミーに嫌われた理由は考えてもよくわからない。そのうえ、彼は表面的には礼儀正しく見えたため、余計に不気味だった。
おそらく、両親もバルテレミーの本心には気づいていなかっただろう。心配をかけたくなかったので、二人には黙っていたけれど。
(でも、言っておくべきだったんだ。そうすれば……あんなことになる前に何かが変わっていたかもしれないのに)
必死で自分たち兄妹を逃がそうとする両親の顔、母と別れた際、ふだんは気が強いのに泣きじゃくっていた妹の顔、自分を守るために散っていった武官たちの最期の顔が頭に浮かんだ。
二度と同じことは繰り返さない。
自分を嫌う者がクーデターを起こしたのだ。同じように自分を嫌うディートシウスが実は悪い人間で、カルリアナに危害を加えようとしている可能性も考えられる。
だから、ディートシウスがどんな態度をとってきても、屈せずに言い返してやる。
ギュスターヴはそう誓った。
***
今朝もギュスターヴは迎えに来たカルリアナとともに城の食堂に向かった。食堂に入ると、奴がいた。この国の王弟、ディートシウスだ。
ディートシウスはカルリアナを見ると緑がかった青い目を輝かせるのだが、その次に、彼女と手を繋いでいるギュスターヴを見ると萎えたような表情になる。あからさまなその態度に、ギュスターヴはムカッとした。
そんな内心を表には出さず、ギュスターヴは澄ました顔でカルリアナの隣に座る。明らかに嫌そうな顔をしていたディートシウスが作り笑顔で言った。
「ギュスはマルクが心配じゃないのかな? 彼が目を覚ますまで、城で留守番してくれていても構わないんだよ?」
ギュスターヴは言い返すことにした。
「マルクは僕がいなくても大丈夫だよ。この城の人たちはみんな親切だし。……あんた以外は」
ディートシウスは怒りの表情を浮かべながら固まった。その直後、怒気をにじませた笑顔を作る。
「すっごく年上の人を『あんた』呼ばわりはないんじゃないかな? 君の親はそう教えてくれなかった?」
尊敬する両親を侮辱され、椅子の下に垂らしていた尻尾がぶんぶんと動き始める。ギュスターヴはディートシウスを睨みつけた。
「礼儀作法ならちゃんと教えてくれたよ。でも、きっとあんたみたいな人には礼儀を払う必要はない、って言うんじゃないかな」
「なんで? 俺はこの国の王族なんだけど?」
「王族にも、民を食い物にするバカがいるでしょ? それに、あんた本当に王族?」
「生まれたときから王族だよ」
「見えない。俳優か何かの間違いじゃないの? 王族を演じるのに失敗した、顔だけしか取り柄のない大根役者」
「……最っ高のあおり文句だね? わたしが演劇好きだって知ってて言ってる?」
「そんなこと知るわけないよ。あんたに興味ないし」
「二人ともおやめなさい」
カルリアナだった。ギュスターヴもディートシウスも、ぴたりと舌戦を交わすのを中断した。
カルリアナは困ったように眉を下げ、ディートシウスを見る。
「ディート、イライラしないでください。相手は子どもですよ?」
「ごめん、カルリアナ。……俺のこと、嫌いになった?」
その甘えるような態度にギュスターヴは呆れた。これでは、どっちが子どもなのかわかったものじゃない。それなのに、カルリアナは優しく苦笑する。
「なりませんよ。ギュスもあまり毒舌を振るっていると、嫌われなくてもいい相手から嫌われてしまいますよ。それと、ディートに『あんた』と言うのはおやめなさい。彼を慕う方たちが悲しみます。もちろん、わたしも嫌です」
「……はい」
ギュスターヴはひとまず引き下がることにして、ちょうど運ばれてきた厚切りのハムを口に入れた。




