第51話 ディートシウス対ギュスターヴ
朝食を終え、旅行に出発する準備を終えたカルリアナは、とりあえずおとなしくなったディートシウスとギュスターヴとともに馬車に乗り込むため、シュテルンバール城の車寄せにいた。
まず、カルリアナがディートシウスにエスコートされ、馬車に乗る。その次に馬車に乗り込んだディートシウスは、当然カルリアナの隣に座ろうとしたのだが。
「カルリアナ、僕、カルリアナの隣がいい」
ギュスターヴがそう言いだしたので、彼を振り返ったディートシウスが怒りのにじんだ声を出す。
「カルリアナの隣に座るのはわたしだ」
「カルリアナは僕のほうがいいよね? この人が隣に座ったら、図体ばっかり大きくて窮屈だよ」
「カルリアナはそんなわたしが好きなんだよっ!」
カルリアナはため息をつく。
「……では、三人で同じ席に座りましょう。ギュスは身体が小さいですから、わたしを真ん中にしても座れるはずです」
ディートシウスとギュスターヴは仕方なさそうに、カルリアナの言葉に従った。
馬車の中でも、二人の関係は険悪を通り越して最悪だった。
「カルリアナ、別の男を探したほうがいいよ。この人、結婚したらでっかい長男になること確定だから」
ギュスターヴのせりふに、ディートシウスはわなわなと形のいい唇を震わせた。
「……どこでそんな言葉覚えてくるんだよ。シェジュって、子どもたちに毒舌の英才教育でも施してるわけ?」
馬車に乗っている間中、二人はずっとそんな調子だった。カルリアナも途中から注意するのが面倒になってしまったのだが、自らを叱咤した。
(いけません! カルリアナ、そんなことでは未来の夫と子どもたちを教育できませんよ)
しつけには根気が必要だということを結婚前に思い知るカルリアナだった。
次の目的地はテルマッセの北に位置する港町、ノルトハーフェンだ。今回は最初に出発したときとは経路を変更し、前に立ち寄った町と村は通らない。
シェジュとの国境沿いを通ると、ギュスターヴを捜している者たちの目につきやすくなるのではないか、という懸念があったためでもある。
ノルトハーフェンは直進すればテルマッセから比較的近い町だ。テルマッセに比べれば、獣人族の住民や旅行者は少ないといわれる。
いくつかの村に立ち寄りながらノルトハーフェンに到着したあとも、ディートシウスとギュスターヴの戦いは続いた。
ノルトハーフェン滞在初日は、お忍びで市街や、図書館などの施設を視察する予定なので、大通りを歩いているときのことだ。
「はい、カルリアナ。市場の屋台で買ってきたよー。好きでしょ?」
用事があると言って別行動をとっていたディートシウスが合流するなり、紙に包まれた焼き立てのプレッツェルを差し出してきた。砂糖を振りかけた温かいプレッツェルを受け取りながら、カルリアナは申し訳ない気持ちで説明する。
「ありがとうございます。……ですが、食べ物を下さるのはしばらく控えていただきたいのです。結婚式までに少し体重を落としたいので」
自分の行動が喜ばれなかったことに衝撃を受けているディートシウスを横目に、ギュスターヴがカルリアナの手を軽く引っ張る。
「カルリアナ、さっきの服屋のショーウィンドウにカルリアナにぴったりのドレスがあったよ。見に行こうよ」
「いいや、カルリアナはわたしとドレスを見に行く。センスだったら、わたしのほうがいいに決まっているからね」
「僕のほうがいいよ」
(困りましたね)
どうやら二人は、カルリアナの点数を稼ごうと競い合っているらしい。
だが、どうしてムキになってまでそんなことをするのか、いまいちわからない。
カルリアナに付き添っているメラニーがおかしそうに笑った。
「お二人とも、お嬢さまを取り合っていらっしゃるのですね」
「取り合う……?」
「そうですよ。わたしは弟がいるのでよくわかります。小さいころは、どちらが母の関心を引けるかで毎日競争していましたから」
「母親……」
母を早くに亡くしたうえ、兄弟のいないカルリアナには心からは理解できなかったが、二人がなぜああしているのかは少しだけわかったような気がした。
(つまり、妻を取り合う夫と息子といったところでしょうか。……どちらかというと、飼い主を巡ってケンカする犬か猫のようです)
いや、ギュスターヴはライオン族だし、ディートシウスは猫顔なので、ネコ科の猛獣同士が争っている感じか。それにしては、平和な光景だが。
(不思議です。まだ結婚前なのに、家族が出来たような……)
いまだに困惑する気持ちはあるが、カルリアナは少しうれしかった。できれば、二人にはもう少し仲良くなってほしいけれど。
そのあとで、〝ですが〟と首をかしげる。
(これでは、子どもの可愛さを実感するどころか、ディートがますます親になりたくなくなるのでは?)
結局、カルリアナは二人にこう言うことにした。
「二人とも、わたしは逃げませんよ。三人で行きましょう」
二人は異口同音に返事をする。
「はーい……」
ギュスターヴがはぐれないようにカルリアナが手を繋ぐと、ディートシウスも反対側の手を握ってきた。
(仕方ありませんね……)
カルリアナは苦笑しながらディートシウスの右手を握り返す。
「こうして三人で歩いていると、道行く人たちからはどんなふうに見えているのでしょうか」
ディートシウスは目線を上に向けて考え込んだ。
「……ギュスの尻尾が見えなかったらギリギリ家族に見えるかも。あ! カルリアナに八歳の子がいるように見えるとか、そういう意味じゃないから!」
「そんなことで怒りませんよ。ただ、家族に見えるのなら、少しうれしいです」
「そう?」
「わたしには家族と呼べる人たちは、メラニーたち屋敷の皆しかおりませんから」
ディートシウスは無言になったあと、真面目な表情で口を開く。
「俺はもう、カルリアナの家族だよ。結婚するって、たとえ夫婦二人だけでも、家族になるってことだよね」
「あ、ありがとうございます……」
とたんに恥ずかしくなり、カルリアナはうつむく。ディートシウスの言葉が、ひどくうれしかった。彼はいつもカルリアナが欲しい言葉をくれる。
しばらくディートシウスと話に花を咲かせていたカルリアナは、ふと気づいた。右手にギュスターヴの小さな手の感触がない。
「あら!? ギュス! どこへ行ったのですか!?」




