↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
25/29

25. 大荒れの忘年会

登場人物 

愛田紗綾 32歳急逝した夫・優弥の跡を継いで建築設計事務所の所長となった明るい性格で、人が良い

上原一誠 24歳設計意匠スタッフ新人密かに彩華と付き合うが秘密にしている

吉田忠司 38歳チーフ事務所の番頭格として、所長のサポート役に徹している

倖田彩華 28歳二番手デザイナー何事も、物怖じしない

河合美穂 31歳 有名アトリエ系事務所から中途採用、才色兼備で性格も明るい

東郷隼人 29歳 元ゼネコンの施管後、入所 一見真面目で固そうだが…

片山 千鶴 37歳 事務担当 しっかり者で抜けが無い

ー 片山 千鶴 ー 


今週末は忘年会。


そのことを、私は今週に入ってから何度も皆に確認している。


別に、忘年会が嫌いなわけではない。


むしろ私は好きだ。


ただ、この事務所には、仕事を優先するあまり、忘年会の日程まで忘れる人がいる。


あるいは、


「すみません、現場から電話があって……」


などと言って遅刻してくる。


だから今年は、念を押しておくことにした。


「今週の金曜日、忘年会ですからね。午後六時半、研究学園駅の近くの店ですよ」


「分かってますって」


東郷さんが答える。


「一誠君も、分かってるわよね」


「はい。もうカレンダーに入れてあります」


「よろしい」


私はそう言ってから、隣の彩華さんを見た。


「彩華さんも忘れないでね」


「忘れないわよ」


「去年みたいに、仕事してて遅刻しないでくださいよ」


すると彩華さんは、少し笑って、


「去年遅れたのは、所長とチーフよ」


「え?」


「二人とも来なくて、始まる時間になっても誰も来ないの」


「……そうでしたっけ?」


「そうよ。私たち三十分待ったんだから」


そして、さらっと言った。


「それで二人くらい辞めたかな……」


「え?」


私は思わず彩華さんの顔を見た。


冗談なのか、本気なのか分からない。


彩華さんは時々、こういうことを平気な顔で言う。


「……冗談ですよね?」


「さあ」


そう言って笑った。


やっぱり、この人はよく分からない。


ただ、一つだけ確かなことがある。


今年の忘年会の幹事は私。


そして、費用は事務所持ち。


だから、


「大体、費用は事務所持ちなんだから、忘れたり遅刻したりなんて、あり得ないわ」


私はそう言いながら、出欠表を確認した。


*


当日。


今年の忘年会は、研究学園駅近くの居酒屋だった。


私が幹事だったこともあって、皆、珍しく時間通りに席についた。


所長の挨拶から始まり、チーフの乾杯。


「それでは皆さん、今年一年、お疲れ様でした!」


「乾杯!」


グラスが一斉に上がった。


最初の三十分くらいまでは、普通だった。


最初の三十分くらいは。


今回参加しているのは、うちのスタッフだけではない。


構造設計事務所、設備設計事務所。


それに、普段から仕事で付き合いのある建設会社や工務店から、担当者や社長さんたちも来ている。


小鶴工務店の小島専務も来ていた。


全部で十五人。


まあ、よく集まったものだ。


そして、私には一つ気になることがあった。


今年は――。


女性が三人いる。


所長。


彩華さん。


そして、美穂さん。


しかも三人とも、普通に考えれば「美女」と呼んで差し支えない。


それを、施工店の男性陣が見逃すはずがなかった。


気がつけば、三人の周囲に男性が集まり始めている。


「いやあ、愛田さんのところは華やかですね」


「河合さん、東京の事務所ではどんな仕事を?」


「倖田さん、今度ぜひ一緒に……」


などと、あちこちからお世辞が飛んでいる。


三人とも、それを嫌がっている様子はない。


むしろ、それなりに楽しんでいる。


一誠さんと東郷さんと私は、少し離れた席で三人で飲んでいた。


私は、こういう時はあまり前に出ない。


仕事と同じ。


全体を見ている方が楽なのだ。


すると、最初にこちらへやってきたのは所長だった。


もう、かなり出来上がっている。


「三人とも、飲んでる?」


「飲んでますよ」


一誠さんが答える。


「ダメよ。三人でこんな暗い雰囲気で飲んでちゃ」


「暗いですか?」


「暗いわよ」


所長は笑っていた。


まあ、明るい酒だからいいのだけれど。


そして私と一誠さん、東郷さんに一杯ずつ注いだ。


「はい、飲んで」


「ありがとうございます」


「もう一杯」


「え?」


結局、一人二杯ずつ飲まされた。


「じゃあ、またね」


そう言って、所長は別の席へ行ってしまった。


私たちは顔を見合わせた。


「……所長、かなり飲んでますね」


東郷さんが言った。


「まだ序盤ですよ」


私は答えた。


「これからです」


すると、次に来たのが彩華さんだった。


これは少し困る。


事務所では有名なのだ。


彩華さんは、酒癖があまり良くない。


だから酒の席では、なるべく近づかない。


これは暗黙の了解になっている。


しかし、この日はもうかなり出来上がっていた。


「おい、一誠」


「はい?」


「飲んでる?」


「飲んでますよ」


「何飲んでんの?」


「ビールです」


「日本酒飲まないの?」


「まだです」


「日本酒飲みなさいよ」


「いや……」


「上原酒造の酒、あるじゃない」


彩華さんが一誠さんの肩を叩く。


「君の実家の大吟醸。あれはいい」


「ありがとうございます……」


一誠さんは、困ったような顔をしている。


私は笑いをこらえていた。


すると彩華さんが、突然こちらを向いた。


「片山さん」


「はい?」


「一誠君、今日は彩華が送っていきますから」


「え?」


一誠さんを見る。


「……はい」


小さな声で答えた。


私は心の中で、


――ご愁傷様。


と呟いた。


*


そして最後に来たのが、美穂さんだった。


私は、彼女がこんなに酒を飲むところを見るのは初めてだった。


「片山さん……」


「はい」


「ちょっと聞いてください」


声が妙に湿っている。


「どうしました?」


「私……男運が悪いんです」


「……はい?」


「本当に、最悪なんです」


そこから始まった。


過去の恋愛の話。


男を見る目がないという話。


自分では普通にしているつもりなのに、なぜか変な男性ばかり寄ってくるという話。


そして最後には、


「どうして私ばっかり……」


と、泣き始めてしまった。


――泣き上戸だった。


「美穂さん、大丈夫ですよ」


「片山さん……」


「はい」


「私、本当に男運が悪いんです……」


「分かりました。分かりましたから」


私は慰めながら、ふと横を見た。


一誠さんと東郷さんが、黙ってこちらを向いている。


聞いている。


間違いなく聞いている。


二人とも、ものすごく耳が大きくなっている。


――ダンボの耳。


まあ、無理もない。


こんな話を隣でされていたら、聞かない方が難しい。


*


一次会の最後は、チーフの三々一拍子で締めた。


「それでは皆さん、来年もよろしくお願いします!」


パン、パン、パン。


「ありがとうございました!」


そして、


「二次会、カラオケ行きましょう」


ということになった。


所長も行くという。


私も行くことにした。


ところが――。


この時点で、私はあることに気がついた。


所長。


彩華さん。


美穂さん。


三人とも――。


酒癖が悪い。


それに気づいた施工店の男性陣も、さすがに少し疲れたのか、


「今日はここで失礼します」


「また来年お願いします」


と、次々に帰っていった。


結局、二次会へ行ったのは七人。


所長。


チーフ。


彩華さん。


一誠さん。


美穂さん。


私。


そして、小鶴工務店の小島専務。


チーフは自宅が遠いので、すでに近くのビジネスホテルを予約していた。


「さすがチーフ」


私は思った。


こういうところだけは、妙に用意がいい。


残りは市内なので、それぞれ帰れる。


ただ、美穂さんは彩華さんのマンションに泊まることになった。


そして、私たちは近くのカラオケ店へ入った。


そこから先は――。


もう、何が何だか分からない。


所長はシティポップを歌い始める。


彩華さんはデュエットを要求する。


美穂さんは、さっき泣いていたのが嘘のように笑っている。


一誠さんは困った顔をしながら、彩華さんに引っ張られている。


東郷さんはいない。


……そうだった。


帰ったんだった。


小島専務だけが、最後まで比較的まともだった。


そして、気がつけば十二時を過ぎていた。


もちろん終電はない。


「じゃあ、ここで解散ね」


チーフはホテルへ。


彩華さん、一誠さん、美穂さんはタクシーで彩華さんのマンションへ。


小島専務は帰宅。


そして私と所長は、二人で所長のマンションへ向かった。


別に、変な意味ではない。


私たちは――。


飲み直すだけだ。


*


所長のマンションに着くと、所長が冷蔵庫から上原酒造の大吟醸を出してきた。


「片山さん、まだ飲める?これ一誠君ちのお土産」


「もちろんです」


「じゃあ、もう一杯だけ」


「はい」


私はグラスを受け取った。


そういえば、言い忘れていた。


この事務所で飲み比べをしたら――。


所長と私が双璧だと思う。


彩華さん?


あの人は酒量が多いだけ。


私たちは違う。


飲んでも崩れない。


少なくとも、私はそう思っている。


所長がグラスを掲げた。


「じゃあ、今年もお疲れ様」


「お疲れ様でした」


グラスが軽く触れた。


そして私は思った。


――この事務所、来年も大丈夫かしら。


まあ。


たぶん、大丈夫だろう。


この人たちなら。


そう思いながら、私はもう一口、大吟醸を飲んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。