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12/25

12. メリーウィドゥの業務改善「6つの改革」

年が明けて2017年の1月5日は、愛田設計の仕事始めだ。


例年午前中は近所の八坂神社へ初詣に行き、今年の商売繁盛・身体健全・安全祈願をしている。それで業務は終了、帰宅となる筈だが…。


仕事始めの午後一だと言うのに。

スタッフがまだ残っている。

時計は14時40分。

彩華も一誠も図面に向かっている。

紗綾が突然、

「みんな、ちょっといい?」

と言って、ミーティングルームに集める。

そしてホワイトボードに、

「今年から、働き方を変えます」

と書く。


「まず、一人が持つ仕事の数を決める」

彩華が顔を上げた。

「数?」

「住宅なら三件。特建なら二件。それ以上は、原則として持たせない」

「そんなことしたら、仕事取れないじゃないですか」

「だから、私が断るの」

彩華が黙った。

紗綾はホワイトボードに続けて書いた。


『仕事は、空いている人間に入れる』

「今まで、この事務所は仕事が来たら、誰かに押し込んでいたでしょう。でも、それじゃダメ。担当者が忙しい時に新しい仕事が来たら、別の人間に振る」

「でも、設計って担当者によって得意不得意が……」

吉田が言う。

「だから、チームで見るの」

紗綾はそう言って、彩華、一誠、吉田を順番に見た。

「一人の仕事じゃなくて、事務所の仕事にする」

一誠は黙って聞いていた。

「それから、夜十時以降は原則仕事をしない」

「ええっ」

今度は一誠が声を上げた。

「所長、それじゃ終わらない仕事が……」

「終わらない仕事は、そもそも受けない」

一瞬、部屋が静かになった。

「それが所長の仕事でしょう?」

紗綾は笑わなかった。

「私の夫は、仕事を減らせなかった。仕事を断れなかった。人に任せられなかった。最後には、自分で全部抱えた」

誰も口を開かなかった。

「私は、同じことをしない」

それだけ言って、紗綾はホワイトボードに最後の一行を書いた。

『仕事を断る勇気を持つ』

「設計事務所は、仕事を取れば取るほど偉いわけじゃない」

紗綾はペンを置いた。

「ちゃんと設計して、ちゃんと寝て、ちゃんと次の日に来られる事務所にする」

彩華が腕を組んだ。

「……所長、本気?」

「本気」

「じゃあ、私たちが仕事を減らすんじゃなくて、所長が仕事を選ぶってこと?」

「そう」

「……分かった」

彩華は小さく頷いた。

吉田も、

「やってみましょう」

と言った。

一誠はホワイトボードを見ながら思った。

この事務所、少し変わるのかもしれない。

でも――。

その時の僕は、まだ知らなかった。

建築設計という仕事は、そんなに簡単には人間の思い通りにならないことを。


紗綾がスタッフ達に提示した「6つの改革」は


1 . 一人が抱える案件数に上限を設ける

2.「締切表」ではなく「工程表」を事務所全体で共有する

3. 「外注先の遅れ」は担当者の責任にしない

4. 「所長しか判断できない」を減らす

5. 「残業禁止」ではなく「22時まで仕事をしない」

6. 「仕事を断る」ことを所長の仕事にする

というものだった。


彼女は説明する

「順番に1.これは、すでに考えていた 

住宅:一人3件まで 

特建:一人2棟まで を中心にします。


ただし「案件数」だけでは足りません。

たとえば住宅でも、

基本計画中の住宅3件

と

実施設計中の住宅3件

では負荷が全然違う。

そこで紗綾が、

「件数じゃなくて、仕事の山を重ねないの」

と言う。

つまり、

企画 → 基本設計 → 実施設計 → 申請 → 現場監理

という工程のピークをずらす。


これはかなり現実的だと思う」

「成る程、一番負荷が大きい実施設計を基準に考えた方が良いかも」と吉田が言う。


紗綾は続ける

「2つめ「締切表」ではなく「工程表」を事務所全体で共有する

小規模事務所では、所長や担当者の頭の中だけで、

「これ、来月だから」

「こっちはそろそろ実施設計」

となりがちです。

そこで片山さんに、

全案件一覧表

を作って貰う

例えば、

案件 担当 現在 次の締切 負荷

A住宅 彩華 実施設計 6/15 大

B住宅 一誠 基本設計 6/20 中

U図書館 彩華 基本設計 7/10 特大

梅林アトリエ 一誠 企画 未定 小


これを毎週月曜日に全員で見る」


「仕事が来た順番にやるんじゃないの。事務所全体の山を見て、誰に振るか決めるの」

と言う。

「成る程、この考え方は業務の分散にもつながりますね」と彩華が言う。


③ 「外注先の遅れ」は担当者の責任にしない

「ウチみたいな小規模設計事務所では、


構造


電気


機械設備


を外注することが多い」

だからと紗綾は続ける

「外注先が遅れたら、担当者が徹夜して取り戻す――それはもうやめる」


「そして、

外注先ごとに提出期限を本納期の2~3週間前に設定するさらに、

「予定日に図面が来なかったら、その時点で私とチーフに報告」

というルールを作る」

「次に、

4つめ 「所長しか判断できない」を減らす

これもわたし自身の働き方改革として重要です」

「所長が全部の図面を見て、全部判断して、全部施主に説明する 

これでは私自身若しくは吉田がボトルネックになります」

そこで、


彩華 → 意匠の中間判断


吉田 → 工程・施工・外注調整


片山 → 契約・請求・工程表


各担当者 → 自分の案件の一次判断


とする。

紗綾は、

「私が全部見ないと仕事にならない事務所なら、私が倒れたら終わりでしょう」

と言う。

次、


⑤ 「残業禁止」ではなく「22時まで仕事をしない」


「明日から18時退社!」

では、建築設計事務所として現実味がありません。

そこで

「定時に帰れとは言わない。でも、夜10時を越える仕事を常態化させない」

とする。

そして、

22時になったら原則終了。

どうしても必要な場合は所長かチーフに報告。

つまり、

「遅くまで働くことを努力の証にしない」

という文化を変えます。

彩華あたりが、

「所長、それじゃ仕事終わりませんよ」

と言うかもしれないが、

わたしは

「だから、終わらない仕事を受けないの」

と返します。

どう、彩華と彼女の方を見る。


最後、


⑥ 「仕事を断る」ことを所長の仕事にする

これが一番重要かもしれません。

小さな設計事務所は、仕事が来ると、

「ありがたい」

と思って何でも受けてしまう。

そこでわたしが、

「仕事を取ってくるのが所長の仕事じゃない。取る仕事を選ぶのも所長の仕事」

と言う。

例えば、


納期が極端に短い


設計料が安すぎる


施主の要求が際限なく変わる


構造・設備の外注体制が取れない


現場監理まで含めると人員不足


こういう仕事は断る」

皆を見渡して紗綾は言う。


「以上よ、色々質問、疑問はあるでしょう、はい、彩華」

とそれからスタッフ達から疑問、質問がいくつかあったが、紗綾はそれらに丁寧に答えていった。


新年のこの「6つの改革」はこの年から徐々に実行に移された。


後日チーフの吉田がこう言っている


「最初はあれが実際出来るなんて、全然思っていませんでしたが、トラブった時に、あれを思い出し、原点に返り、進めました。お陰で、あれ以降オーバーワークや過労で休職したり、辞めたりするスタッフは皆無です」

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