12. メリーウィドゥの業務改善「6つの改革」
年が明けて2017年の1月5日は、愛田設計の仕事始めだ。
例年午前中は近所の八坂神社へ初詣に行き、今年の商売繁盛・身体健全・安全祈願をしている。それで業務は終了、帰宅となる筈だが…。
仕事始めの午後一だと言うのに。
スタッフがまだ残っている。
時計は14時40分。
彩華も一誠も図面に向かっている。
紗綾が突然、
「みんな、ちょっといい?」
と言って、ミーティングルームに集める。
そしてホワイトボードに、
「今年から、働き方を変えます」
と書く。
「まず、一人が持つ仕事の数を決める」
彩華が顔を上げた。
「数?」
「住宅なら三件。特建なら二件。それ以上は、原則として持たせない」
「そんなことしたら、仕事取れないじゃないですか」
「だから、私が断るの」
彩華が黙った。
紗綾はホワイトボードに続けて書いた。
『仕事は、空いている人間に入れる』
「今まで、この事務所は仕事が来たら、誰かに押し込んでいたでしょう。でも、それじゃダメ。担当者が忙しい時に新しい仕事が来たら、別の人間に振る」
「でも、設計って担当者によって得意不得意が……」
吉田が言う。
「だから、チームで見るの」
紗綾はそう言って、彩華、一誠、吉田を順番に見た。
「一人の仕事じゃなくて、事務所の仕事にする」
一誠は黙って聞いていた。
「それから、夜十時以降は原則仕事をしない」
「ええっ」
今度は一誠が声を上げた。
「所長、それじゃ終わらない仕事が……」
「終わらない仕事は、そもそも受けない」
一瞬、部屋が静かになった。
「それが所長の仕事でしょう?」
紗綾は笑わなかった。
「私の夫は、仕事を減らせなかった。仕事を断れなかった。人に任せられなかった。最後には、自分で全部抱えた」
誰も口を開かなかった。
「私は、同じことをしない」
それだけ言って、紗綾はホワイトボードに最後の一行を書いた。
『仕事を断る勇気を持つ』
「設計事務所は、仕事を取れば取るほど偉いわけじゃない」
紗綾はペンを置いた。
「ちゃんと設計して、ちゃんと寝て、ちゃんと次の日に来られる事務所にする」
彩華が腕を組んだ。
「……所長、本気?」
「本気」
「じゃあ、私たちが仕事を減らすんじゃなくて、所長が仕事を選ぶってこと?」
「そう」
「……分かった」
彩華は小さく頷いた。
吉田も、
「やってみましょう」
と言った。
一誠はホワイトボードを見ながら思った。
この事務所、少し変わるのかもしれない。
でも――。
その時の僕は、まだ知らなかった。
建築設計という仕事は、そんなに簡単には人間の思い通りにならないことを。
紗綾がスタッフ達に提示した「6つの改革」は
1 . 一人が抱える案件数に上限を設ける
2.「締切表」ではなく「工程表」を事務所全体で共有する
3. 「外注先の遅れ」は担当者の責任にしない
4. 「所長しか判断できない」を減らす
5. 「残業禁止」ではなく「22時まで仕事をしない」
6. 「仕事を断る」ことを所長の仕事にする
というものだった。
彼女は説明する
「順番に1.これは、すでに考えていた
住宅:一人3件まで
特建:一人2棟まで を中心にします。
ただし「案件数」だけでは足りません。
たとえば住宅でも、
基本計画中の住宅3件
と
実施設計中の住宅3件
では負荷が全然違う。
そこで紗綾が、
「件数じゃなくて、仕事の山を重ねないの」
と言う。
つまり、
企画 → 基本設計 → 実施設計 → 申請 → 現場監理
という工程のピークをずらす。
これはかなり現実的だと思う」
「成る程、一番負荷が大きい実施設計を基準に考えた方が良いかも」と吉田が言う。
紗綾は続ける
「2つめ「締切表」ではなく「工程表」を事務所全体で共有する
小規模事務所では、所長や担当者の頭の中だけで、
「これ、来月だから」
「こっちはそろそろ実施設計」
となりがちです。
そこで片山さんに、
全案件一覧表
を作って貰う
例えば、
案件 担当 現在 次の締切 負荷
A住宅 彩華 実施設計 6/15 大
B住宅 一誠 基本設計 6/20 中
U図書館 彩華 基本設計 7/10 特大
梅林アトリエ 一誠 企画 未定 小
これを毎週月曜日に全員で見る」
「仕事が来た順番にやるんじゃないの。事務所全体の山を見て、誰に振るか決めるの」
と言う。
「成る程、この考え方は業務の分散にもつながりますね」と彩華が言う。
③ 「外注先の遅れ」は担当者の責任にしない
「ウチみたいな小規模設計事務所では、
構造
電気
機械設備
を外注することが多い」
だからと紗綾は続ける
「外注先が遅れたら、担当者が徹夜して取り戻す――それはもうやめる」
「そして、
外注先ごとに提出期限を本納期の2~3週間前に設定するさらに、
「予定日に図面が来なかったら、その時点で私とチーフに報告」
というルールを作る」
「次に、
4つめ 「所長しか判断できない」を減らす
これもわたし自身の働き方改革として重要です」
「所長が全部の図面を見て、全部判断して、全部施主に説明する
これでは私自身若しくは吉田がボトルネックになります」
そこで、
彩華 → 意匠の中間判断
吉田 → 工程・施工・外注調整
片山 → 契約・請求・工程表
各担当者 → 自分の案件の一次判断
とする。
紗綾は、
「私が全部見ないと仕事にならない事務所なら、私が倒れたら終わりでしょう」
と言う。
次、
⑤ 「残業禁止」ではなく「22時まで仕事をしない」
「明日から18時退社!」
では、建築設計事務所として現実味がありません。
そこで
「定時に帰れとは言わない。でも、夜10時を越える仕事を常態化させない」
とする。
そして、
22時になったら原則終了。
どうしても必要な場合は所長かチーフに報告。
つまり、
「遅くまで働くことを努力の証にしない」
という文化を変えます。
彩華あたりが、
「所長、それじゃ仕事終わりませんよ」
と言うかもしれないが、
わたしは
「だから、終わらない仕事を受けないの」
と返します。
どう、彩華と彼女の方を見る。
最後、
⑥ 「仕事を断る」ことを所長の仕事にする
これが一番重要かもしれません。
小さな設計事務所は、仕事が来ると、
「ありがたい」
と思って何でも受けてしまう。
そこでわたしが、
「仕事を取ってくるのが所長の仕事じゃない。取る仕事を選ぶのも所長の仕事」
と言う。
例えば、
納期が極端に短い
設計料が安すぎる
施主の要求が際限なく変わる
構造・設備の外注体制が取れない
現場監理まで含めると人員不足
こういう仕事は断る」
皆を見渡して紗綾は言う。
「以上よ、色々質問、疑問はあるでしょう、はい、彩華」
とそれからスタッフ達から疑問、質問がいくつかあったが、紗綾はそれらに丁寧に答えていった。
新年のこの「6つの改革」はこの年から徐々に実行に移された。
後日チーフの吉田がこう言っている
「最初はあれが実際出来るなんて、全然思っていませんでしたが、トラブった時に、あれを思い出し、原点に返り、進めました。お陰で、あれ以降オーバーワークや過労で休職したり、辞めたりするスタッフは皆無です」




