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妖怪学園の七不思議① 影拾いの影法師  作者: 磐城 怜
第2章 別の世界に通じる電車
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第9話 0番線はお化け電球の生息地

ぽん、と聞き慣れた軽い音がして、エレベーターの扉が開いた。


ゴーッという低い地響きのような音とともに、ひんやりとした空気が足元へ流れ込んでくる。流生と豆ノ介は、前の人たちに続いてエレベーターを降りた。


さっきの三人組と顔を合わせたら嫌だな。


そう心配していたが、人混みの中にその姿は見えなかった。流生は、ほっと息をつく。顔を上げると、目の前には0番線のホームが広がっていた。ただ、流生が知っている駅のホームとは、どこか雰囲気が違う。


まず目に飛び込んできたのは、見たこともない照明だった。


ホームの壁には、青白い光がゆらめいている。光の筋が水の流れのように壁を伝い、ゆっくりと形を変えていた。まるで壁に水面が映っているかのような、幻想的な明るさだった。


そして天井からは、透明なガラスの電球がいくつもぶら下がっていた。一斉にジジジと音を鳴らし、細かく震えながらホームを照らしている。ガラスの中では、オレンジ色のくるくるとした細い線がまぶしい光を放っていた。


「何? この電気?」


「見たことない?」


「うん。北海道って、みんなこの電気なの?」


豆ノ介は一瞬きょとんと目を見開いたあと、アハハと大きく笑った。出会ってから初めて、豆ノ介が本当に素のまま笑った気がして、流生はなんだかうれしくなった。


「いや、北海道でも普通は蛍光灯とか、今はLEDじゃない? だってこれ、まぶしいし、音うるさいし。」


「そ、そうだよな。」


見当違いのことを言ってしまったと気づいて、流生は頬が少し熱くなった。


「電気代が安いし、交換の手間が減るから、うちのお店も全部LEDにしてるよ。これが今でもこんなに生息してるのは、0番線くらいじゃないかな。」


「そうか、って……え?」


あまりにも自然に話が進むので、流生はそのまま同意してしまうところだった。


生息って何だ? 今、電球の話をしてたよな。


戸惑う流生を見て、豆ノ介も不思議そうに首をかしげた。


「あれ、聞いたことない? 0番線は、お化け電球の有名な生息スポットなんだよ。ほら、ここは地下で日の光が当たらないし、駆除されることもないし。仲間がたくさんいるから、繁殖しやすいんだって。」


「な、何の話してるの……?」


流生は怖くなって、豆ノ介の顔を見つめた。天井から降り注ぐ光が、その瞳の奥に映っている。オレンジ色の小さな光が、どこまでも続くように連なっていた。


背筋を、ぞくりと寒気が駆け上がる。なのに、おでこにはじわりと汗がにじんだ。


隣でさも普通に話しているこの少年は、いったい何者なのか。そして、たくさんの人が行き交うここは、どこなのか。


「か、帰らなきゃ……。」


からからに乾いた喉で唾を飲み込み、かすれた声でそう口にした瞬間。


ホームの低い天井を埋め尽くす、無数の電球たちが、一斉に身震いし始めた。


ガラスの奥の細い金属線が、ジジジジと大きな音を上げる。そして生き物のようにうごめき、目の形を結んだ。ホームじゅうの電球たちがくるりと向きを変え、一斉に流生を見下ろす。


やばい!


流生は無意識に、ポケットのスマホを握りしめた。


キィィィィィィン!


鼓膜を刺すような高い音が、駅じゅうに響き渡る。それと同時にポケットの中のスマホが、急に熱くなった。思わず手をゆるめると、天井の電球たちが激しく点滅し、目を開けていられないほど強烈な光を放った。


あまりのまぶしさに、流生が腕で目をおおった、その瞬間。


――フッと、電球の光が消えた。


壁を伝っていた青白い光まで消え、ホームが闇に沈む。周囲から驚いた声や、ため息が聞こえた。


「な、何!?」


一瞬のことで、流生は何が起きたのか分からなかった。とにかく明かりが欲しくて、ポケットからスマホを取り出す。ライトをつけようと画面を押し、続けて電源ボタンも押した。しかし、画面は真っ暗なままだった。


「どうしよう……。スマホの電源もつかない。」


暗闇の中でつぶやくと、すぐ隣から豆ノ介の声がした。


「あ……携帯の電源、切ってなかったんだ。」


「え?」


いくら操作しても画面が明るくならないスマホを手に持ったまま、流生は頭が真っ白になった。


「0番線に入る前には、切っておかないといけないんだよ。お化け電球は、人間界の携帯の電波にびっくりして、暴れ出しちゃうから。」


「でも、機内モードにしてたよ?」


飛行機を降りる前、結人との電話を切ってから、また連絡が来るのが怖くて機内モードに戻したのだ。


「電波を止めても、電源が入ってると気づかれちゃうのかな? ここでは必ず電源ごと切るように言われてるんだ。」


「そうなの? どうしよう。俺、駅のライト壊しちゃったかも。」


「壊れたんじゃないよ。びっくりして、光るのを止めちゃっただけだから大丈夫。電源を切ったか、先に聞けばよかったね。」


「……スマホも壊れたみたい。」


これからスマホなしで、どうやって摩周湖まで行けばいいのか。流生の全身から、力が抜けていく。


「そっちは、また人間界に戻れば使えるようになるから、大丈夫だよ。こっちの妖力のせいで、一時的に動かなくなってるだけだから。学園にいる間はもちろん使えないけど、人間界に……。」


「妖力? 人間界? ねえ、何言ってるの!?」


流生は思わず大きな声で、豆ノ介の話をさえぎった。スマホを握る手が、カタカタと震える。


落ち着け、落ち着け。


もう片方の手で震える手を押さえ、自分に言い聞かせた。


そのときだった。


キュッキュッと金属がこすれる音が、流生の頭の上で響いた。顔を上げて目をこらすと、ひとつの電球の中に、ぼんやりと赤い光がともっている。


その電球が、くるくると自ら回転しながら、天井からぽろんと外れた。根元から伸びる電線のようなものを揺らし、蝶のようにふわふわと降りてくる。そして、流生の目の前でぴたりと止まった。


額から、冷たい汗が流れ落ちた。息をのんだまま、吐くことができない。


今、自分の目の前で、謎の何かが浮いている。


身動きできずにいると、電球は警戒するように近づいたり離れたりしながら、流生が持っているスマホへ寄ってきた。その様子は、近所の公園で見かけた野良猫によく似ている。


電球はスマホへそっと先端を寄せ、フンフンとにおいをかぐような仕草をした。


「俺のスマホ……もしかしてクサい?」


プッと隣で豆ノ介が吹き出す声が聞こえた。流生は怖いのに、何だか恥ずかしくなった。


電球はしばらくスマホの周りを漂ったあと、何かを確かめ終えたように、するりと離れていく。そして、流生の顔の前へ戻ってきた。


目の前で、電球のガラスの奥から、ジジ……と小さな火花が散った。赤く光っていた金属線が、柔らかなオレンジ色へと落ち着いていく。さらに、ぐにゃりと曲がって、にっこり笑う口のような三日月形になった。


ち、ちょっと可愛いかも……。


思わず流生の頬がゆるむ。すると電球はうれしそうにチカチカと点滅し、ふわりと天井へ戻っていった。


それが元の場所に収まると、周りの電球たちにも、次々と明かりがともった。ガラスの中の細い線が、同じように笑った口の形へ曲がっていく。


柔らかなオレンジ色の光がポッポッと咲くかのようにホームの奥へ、さらにその奥へと広がった。壁の青白い光も、水面のようにゆらめきながら戻ってきた。まるで蛍の群れのような明かりが、駅全体を優しく照らし始める。


「うわあ……きれい。」


流生から、感動の声がこぼれた。


さっきまであんなに怖かったのに、今は目の前に広がる光から目を離せない。その愛らしく、どこか一生懸命なお化け電球の光に、自然と口元がほころんだ。


「本当にきれいだね! 僕も初めて見たよ。君、お化け電球にずいぶん歓迎されてるね。」


隣で豆ノ介も興奮した声で言った。ホームにいるほかの子たちも、天井を見上げ、感嘆の声を上げている。


「普段は電源を切り忘れている人がいたら、不機嫌になって、なかなか明かりをつけてくれないのに。こんなに優しく光ることもあるんだね。……もしかして君、提灯お化けの家系なの?」


豆ノ介が真面目な顔で聞いた。


流生の顔から、笑みが消えた。


返事ができない。聞きたいことが、喉の奥にいくつも詰まっている。


ここはどこなのか。お化け電球って何なのか。人間界って、どういう意味なのか。それに、豆ノ介はどうしてそんなことを当たり前みたいに知っているのか。


けれど、聞いてしまったら、もう戻れなくなるような気がした。


今ならまだ、知らないふりができる。ただ変な駅に迷い込んだだけだと、自分に言い聞かせて戻ることもできる。


流生は、動かなくなったスマホを握ったまま、黙っていた。


そのとき、豆ノ介が流生の顔をのぞき込んだ。


「……もしかして君、何も知らないの?」


「え?」


流生の心臓が、ドクンと跳ね上がった。


「0番線のこと。お化け電球のこと。あと、携帯の電源を切っておくこととか。」


本当のことを言ってもいいのだろうか。言った途端に、急に冷たくされるんじゃないか。


不安になったが、嘘をついてごまかす勇気も知恵も、流生にはなかった。


「……知らない。」


覚悟を決めて、流生は正直に答えた。すると豆ノ介は、少し困ったように眉を下げた。


「そっか。じゃあ、誰も説明してくれなかったんだね。」


その言い方が、妙に流生の心に引っかかった。まるで、ここへ来る前に、誰かが説明しておくのが当たり前みたいだ。


誰から、どんな説明を受けるのがふつうなんだろう?


流生が口を開きかけたとき、ホームの奥から、今までに聞いたことのない重い金属音が、ガチャンと響いてきた。

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