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妖怪学園の七不思議① 影拾いの影法師  作者: 磐城 怜
第3章 0番線の向こう側
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第19話 妖怪学園の門

三人は、橋を渡り切って五分も歩かないうちに、また霧の中へと入った。


一瞬で霧が晴れると、今度はグレーの美しい石畳の登り坂に出た。道の左右には、石灯籠がずらりと並んでいる。そして道の両脇は、深い緑に覆われていた。空を見上げると、先ほどの夕焼けは、すでに彼方へと移動している。空はオレンジ色から少しずつ濃紺に変わり、遠くに透き通った一番星が見え始めていた。


「だいぶ暗くなってきたな。」


風下が空を見ながら、ぼそりとつぶやいた。しかし、道の左右の石灯籠に灯はひとつも灯っていない。夜が訪れ始めた中、石灯籠が森に吸い込まれるかのように黒く沈んで見え、足元は流生が思っているより暗く、見えにくくなっていた。


「あれ? 今日は灯ってないんだ。」


不思議そうに、豆ノ介が言った。


「いつもは、明かりがついてるの?」


少し不安になって、流生がたずねる。


「うん。前に来た時はついてた。なんか当然すぎて……あんまり覚えてないけど。」


風下は石灯籠の列を見て、少しだけ眉を動かしたが、すぐにいつもの軽い笑顔に戻った。


「今日は通る人が多いから、妖力切れかもね。」


もしかして、俺のせい? 俺、やっぱり来るべきじゃなかったのかも……。


そんな考えが、流生の頭をよぎる。この先に続くうす暗い道を見て、心細くなった流生は、無意識のうちに、ポケットの中の白札をギュッと握った。


その瞬間、一番近い石灯籠に、ぽっ、と白い火が灯る。


青白い狐火ではない。雪のような純白。内側から発光するような滑らかな白。真っ白に光り輝くのに、熱は伝わってこず、炎なのに、音がしない。風もないのに、ユラユラと不思議にゆらめいていた。


「えっ?」


流生が、握りしめていた白札から手を離そうとしたとき、次の灯籠にも火が灯った。


ぽっ。


ぽっ。


ぽっ。


白い火が、これから進む道の奥へ向かって順番に灯っていく。最初は小さな火だったのが、列になり、波になり、道そのものを起こしていくようだった。


どうなってるんだ?


流生が来た道を振り返ると、通り過ぎたはずの後ろの灯籠にも白い火が灯っていた。その白い光たちのおかげで、霧で見えなくなっていたはずの朱色の極楽橋が白く照らされ、ぼんやりと浮き上がって見えた。川の霧の細かい粒子が七色にきらめいている。


再び、これから進む道に視線を戻すと、夜の闇と白い火が混ざって、暗かった石畳が雪明かりに照らされたように幻想的に浮かび上がっていた。その先には、山の木々の奥に見える大きな鳥居の影と、暖かそうなオレンジ色に輝く遠くの光が見える。その灯りにつながるように石灯籠の列が、まっすぐ道を作っていた。


目の前に広がる光景に、豆ノ介が息をのむ。


「流生……今の、流生がやったの?」


「いや、知らない。俺、何もしてない。豆ノ介じゃないの?」


「え、僕は違うよ。だって今まで、こんな風になったことないもん。」


「風下さん、この灯りって、なんかスイッチとかあるんですか?」


流生が質問したが、風下はまっすぐ学園へと続く、白い火の列を黙って見ていた。いつもなら何か軽口を言うはずなのに、反応が遅い。一拍過ぎてから、帽子のつばに指を添えて、口を開いた。


「……いやあ。ここまで道に歓迎される新入生は、初めてだな。」


流生は反射的に言った。


「だから、俺は新入生じゃないです!」


風下は、軽く笑って答える。


「そう思ってるのは、今のところ君だけかもね。」


チリン。


するとその時、後ろで鈴の音がした。振り向くと、先ほどは気づかなかったが、駅前で見かけた豪華な駕籠がいつの間にか、三人の来た道を進んできている。


「うわっ、いつの間に。」


豆ノ介が一番に、道の端へよけた。狐の面をつけた従者が、足音も立てずに静かに一定のペースで坂道を登ってきていた。風下と流生も隅に移動し、駕籠に道をゆずるようにスペースを開ける。


すると三人を追い抜く際に、駕籠についた小さな窓の、垂れ下がる簾の奥から、また白い指がチラリとのぞいた。


ずいぶん白くて、小さな指だな。


流生がその指をじっと見ていると、今度は簾の隙間からのぞいた琥珀色の瞳と目が合う。


やばっ。


見ていたのがバレて、流生はどきりとする。しかしその瞳が遠慮なく、興味深そうに流生を見つめ返してきた。すると、豆ノ介が横で流生をひじでつつきながら、小声でささやく。


「あんまり見ない方がいいよ。たぶん、狐の名家の子だから。」


流生は急いで、視線を別の場所に移す。駕籠はすぐに三人の横を追い抜いて、白い火に照らされた石畳の道を進んでいく。少し先に進んだだけなのに、白い霧が、まるでカーテンを閉めるようにゆらりと駕籠を覆い、あっという間にその姿が見えなくなってしまった。


木々のてっぺんに沿って、クレヨンで細く線を引いたような夕焼けだけが残っていた。みるみるうちに、道の外の森や空はすっかり暗くなっている。白い火に照らされた三人の前に、ちりん、と鳴る鈴の音だけが遠くから響いた。


駕籠がいなくなったのを確認すると、風下はさっさと道の真ん中へと移動し直した。


「名家の子も、新入生は新入生。初日はみんな迷子予備軍ってことだ。」


「あっ、そうか。あの駕籠、僕らの前に駅から出てたもんね。それなのに、ここまで来るのに僕らより遅かったのか。」


豆ノ介が、ハッと気づいたように声をあげる。


「今回は白札くんのおかげで、我々はだいぶ早く着きそうだ。」


風下は頭の後ろで手を組み、胸を大きく広げて、嬉しそうに息を吸った。


「牛車より早く着いてたらいいなー。」


豆ノ介も嬉しそうに、風下の後に続いて歩いていく。


「白札くんも早くおいで。夜の闇には、道もお手上げだから。はぐれると、その辺で一夜明かすことになるよ。」


あたりを見回すと、闇に加えて、霧もまた近づいてきている。


こんなところで一夜明かすなんて、とんでもない。


流生は返事もせず、二人の後にぴったりと続いて歩いた。


白い灯に照らされた石畳の道をしばらく進むと、目の前の霧がどんどん薄くなっていく。そのまま進むと、道の先に、大きな門のようなものが見えてきた。


それは流生が普段見ている学校の正門の十倍くらい高く、一番上の部分は漆黒の空の中に溶けて見えない。目を凝らしてよく見ると、その形は神社の鳥居のようでもあり、古いお城の門のようにも見える。木と石と黒い金具でできていて、古くて、敵を寄せ付けないような威圧感を持ち、たたずんでいた。


夜の闇に溶けてしまいそうな門の高いところに、看板が付いている。そこに書かれた筆文字が、ほんのりと金色に輝いていた。流生は首を後ろに倒して、必死にその文字を見つめた。


上を見ているので、ぽかんと口を開けている状態になり、口の中が乾いてしょうがない。しばらく見つめていると、その物々しく威厳を感じさせる看板に書いてある文字が浮かび上がって見えるようになってきた。


流生の目に『妖怪学園』という文字が映る。そして門柱の古い石碑には『北海道摩周湖一ノ一』と住所が刻まれていた。


流生は、思わず深呼吸する。段ボールの荷札に書かれていた住所と同じだった。


本当に、ここだった。あのサッカーボールの送り元。父さんと母さんに会えるかもしれない場所。


そして、おじさんとおばさんと結人がいたあの日常には、もう簡単に帰れない場所。


風下が、門の前で止まった。


「到着。ここから先は、先生の仕事。とりあえず職員室に向かおっか。」


学園に来たことがあるという豆ノ介も「職員室」という言葉を聞くと、少し緊張した顔を見せた。


「僕……職員室は行ったことないです。」


「そうだよね、あんまり行く場所じゃないし。俺も学生時代に怒られに行って以来だ。」


風下があははと笑いながら答えた。


流生は気づくと、また無意識にポケットに入れっぱなしの白札を握っていた。心臓がドキンドキンと鳴る音がうるさい。前を見ると足元から妖怪学園の門まで、白い火の灯った道がまっすぐ続いているのが見える。


もうすぐ父さんと母さんに会えるんだ。


職員室に向かう恐怖より、両親に会うという緊張が、流生の全身を駆け巡っていた。


門をくぐった瞬間、周りの空気が変わる。駅から続いていたどこか懐かしいような、ちょっと家が恋しくなるような夕方から夜に変わる空気とは、また少し違う。もっと濃くて、深くて、古い。冷たいわけじゃないけれど、重くて迫力のあるような空気。


父さんと母さんは、この場所を知っている。いや、知っているどころか、ここから俺にサッカーボールを送ってきた。ここにいるのか? それとも、ここに来れば何かが分かるのか?


流生の中でドキドキと高鳴る心臓の音に合わせて、思考がぐるぐると巡る。


「はい、ここから学園内でーす。迷子になっても駅には戻れませーん。」


門を通り終わってすぐ、風下が軽い声で言った。


「もう学園なんですか?」


流生は周りをキョロキョロ見回した。


「校舎はまだ先だけど、門をくぐったらもう学園だよ。」


豆ノ介が答えると、風下も続けた。


「人間界の学校は建物からが学校かもしれないけど、ここは道も庭も食堂も寮も、ぜんぶ学園。」


「いや、人間の世界でも校門くぐったら学校ですけど、そうじゃなくて……。あの、校舎が、まったく見えないんですけど……。」


流生の言った通り、門の内側に入っても、校舎どころか建物はいっさい見えなかった。それどころか、逆に森が深くなり、ところどころ木の根が道の石畳を押し上げるように大きく盛り上がっている。門の前から見えていたオレンジ色の光も、重なり合う木々にさえぎられて見えなくなっていた。


「そうだね。ここは妖怪学園の端っこだから、校舎まではまだしばらく歩くと思うよ。」


「妖怪学園って、どのくらい広いんですか?」


気になった流生がたずねる。


「うーん、どっからどこまでっていうのは、誰にも分からないけど……」


「分からないんかい!」


流生は思わず、ツッコんだ。


「ほら、あの山、見える?」


風下が、木々の間から見える山の影を指さした。


「あそこまで、学校なんですか?」


「あの向こうにも、授業で使う場所があるよ。」


「……山、越えるんですか? ふだんの授業で?」


「毎回とは限らないけどね。」


流生は、もう一度山を見た。暗い空を背に、木々のギザギザした輪郭が続いている。


あそこへ行くのが遠足ではなく、ふつうの授業だなんて。


話しながらも、三人は木の根ででこぼこになった石畳の道を歩いていく。門の内側にも古い灯籠が並んでいた。オレンジ色の火が灯る灯籠と、ほのかに青白い火が灯る灯籠が、交互に並んでいる。


すると、今まで続いていた石畳の道が、ふいに途切れた。足元にはキラキラと光る細かい白砂利が敷かれていて、夜の闇の中でぼんやりと浮かび上がっている。踏むとシャリシャリと、かき氷をくずした時のような涼しげな音が響いた。


「なんか、気持ちいいな。」


流生は思わず口にする。月明かりを吸い込んだ星のかけらを、踏んで歩いているように感じられた。


そんな流生の前を、荷車が荷物を乗せてぎいぎいと進んでいくのが見える。相変わらず引っ張っているものはなく、荷車だけがひとりでに動いていた。車輪が回るたびに白い砂利を踏む心地の良い音が、シャリシャリと規則的に聞こえる。


「道から外れないようにね。」


少し離れたところから、風下の声が風に乗って、流生の耳に届いた。

読んでくださって、ありがとうございます。

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