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妖怪学園の七不思議① 影拾いの影法師  作者: 磐城 怜
第3章 0番線の向こう側
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第17話 乗れない牛車

ガチャン。


電話の向こうで、受話器を叩きつけるような音がした。若い駅員はやれやれという顔で、耳をゴシゴシとかきながら、黒電話の受話器を本体の上に戻した。


「……というわけで、聞いてた通り。流生くん、豆ノ介くん。俺が学園まで送りまーす。」


「あ、はい。」


流生はなんと言ったら良いのか分からず、とりあえず返事だけした。


「だから、ちょっと抜けていいっすよね、駅長。」


若い駅員が、流生と豆ノ介のすぐ横へ目を向け、にっこり微笑む。二人がその視線を追うと、いつの間にか駅長が立ち、天狗の面の奥から二人を見下ろしていた。


「ギャァ。」


豆ノ介が情けない声で悲鳴をあげた。流生も悲鳴をあげたかったが、豆ノ介が先にあげてくれたので何とかこらえた。


「ほらほら、駅長。さっそくコワイですって。」


若い駅員がクックッと笑う。


「いやぁ、ごめんねー。駅長、こう見えて子どもに優しいから、心配してるんだわ。」


「え、マジ?」


「今んとこ、一番駅長がコワイけど。」


二人がヒソヒソと話し出すと、駅長が手袋をした拳をググッと握りしめた。


「ほら、豆ノ介。言い過ぎだよ。」


「えっ、何。ヤバイ、怒られる!?」


二人がとっさに頭を抱えると、若い駅員が笑いながら言った。


「違う、違う。あれ悲しみをこらえてるの。駅長、こわく見えるのがコンプレックスだから。ね、駅長。」


すると駅長が、流生と豆ノ介の隣でこくんとうなずいた。


「ウソだろ……。」


「さ、行くよ。途中で逃げると道に迷うから、もし逃げるなら俺に言ってからにして。」


「え、言ったら逃げていいのかな?」


流生が豆ノ介にささやく。


「ジョーダンよ。だめに決まってるでしょ。」


即座に若い駅員が笑いながら、ツッコミを入れた。駅務室を出る頃には、場の空気がすっかりほころんでいた。


若い駅員について、入ってきたのとは反対側の扉を抜けると、南番地駅の前は夕焼けでいっぱいだった。まだ昼前のはずなのに、空はまるで一日の終わりみたいに赤い。駅舎の屋根も、線路の鉄も、並んでいる子どもたちの横顔も、ぜんぶあたたかい色に染まっている。


生徒の数は駅務室に入る前の半数以下になっていた。それでも駅前には、何台もの牛車が並んでいる。大きな二つの車輪の上に、小さな部屋のような箱が載っていて、屋根までついていた。窓には簾が下がり、その隙間から、先に乗った子どもたちの顔がチラリと見える。


けれど、それを引く牛は一頭もいない。それなのに牛車は、ぎしり、ぎしりと車輪を鳴らして、少しずつ場所をつめるように動いている。まるで、自分の順番を待っているみたいだった。


「青札、六番車。」


「赤札、八番車。」


「黒札は、あっち。」


駅員たちが、新入生の札を見ながら、てきぱきと牛車へ乗せていく。


牛車に乗る前には子どもたちが、大きな風呂敷や荷物を、駅の端に並んだ古い荷車へ預けていた。荷車のそばには、それを引くような人影は見えない。それでも牛車と同じように、順番に並び、荷物がいっぱいになると勝手にガラガラとどこかに向かって動き出す。


「あっ、僕、荷物預けてきてもいいですか。」


豆ノ介が、流生と若い駅員に声をかけて、荷車の方へと近寄っていった。


「おーい! 霜降り片輪車(しもふりかたわぐるま)さーん!」


「え、舌噛みそうな名前だな……。」


流生はそうツッコんだが、豆ノ介には聞こえていなかった。代わりに横でプッと若い駅員が笑う。


豆ノ介の向かった先には、全体にびっしりと霜がついた荷車が待っていた。けれど、車輪は片側に一つしかない。


片方しか車輪がないのに、なんで倒れないんだ?


流生が不思議に思ってよく見ると、車輪がない側からはドライアイスのような白く冷たそうな煙がもあもあと吹き出している。


あれでバランスを保ってるってことかな。


荷台の内側にも冷たそうな氷が乗せてあり、流生は見ているだけで寒くなりそうだった。


「いつもありがとうございます。これ、どうぞよろしくお願いします。」


豆ノ介は、荷車のひとつに声を掛けながら、ずっと抱えていた木箱を荷台の上にそっと置いた。


「いつもの豆腐です。今日のは奉納用なので、絶対に箱を傾けないでくださいね。あと、上に重いものを乗せないでください。あと、できれば日が当たらない道を通って……」


「豆ノ介くん。」


若いカラス天狗駅員が豆ノ介のそばに近づき、苦笑いしながら帽子のつばに指を添えた。


「その荷車さん、お前より運ぶのうまいよ。」


荷車は、ぎいぎい、と少し胸を張るように鳴った。荷台にはもちろん顔はない。しかし霜の間から見える板の節が、まるで目のように見えた。


若いカラス天狗駅員に持ち手をなでられるたびに、ぎい、と得意そうに鳴る。豆ノ介は心配そうに木箱を見つめたまま、惜しむように霜降り片輪車が出発するのを見送った。


そのとき、強い香の匂いが風に乗って流れてきた。流生が振り向くと、三人の脇を黒塗りの駕籠(かご)が通り過ぎようとしていた。三人は道の端へ寄り、立ち止まった。


駕籠はまるで、持ち運べる小さなお城のように、流生の目に映った。全体が黒いウルシで塗られ、つややかに磨き上げられて、夕日を浴びて神々しく輝いている。黒い壁の上には金の絵の具で描かれた豪華な花模様が、夕焼けに染まることなく、七色に浮かび上がっていた。


前と後ろで、狐の面をした人たちが、その駕籠を大事そうに肩にのせて運んでいる。


慎重に運ばれている駕籠に付けられた小さな窓には、細い竹で繊細に編まれた、美しいカーテンが垂れていた。そのため、中にだれが乗っているのか、外からはまったく見えない。


この豪華な装飾の駕籠と比べてしまうと、新入生たちが乗っている牛車は、シンプルな木の板で作られていて飾りがなく、よく言えばシックに、悪く言えば地味に見えた。


駕籠が進むたびに、小さな鈴が、りん、りんと澄んだ音で鳴る。中に誰がいるのかは見えなかったが、横を通り過ぎる際に、白い指が一瞬だけ、窓の端から覗いたように流生は感じた。


「今の、何?」


駕籠が通り過ぎたのを確認して、三人は道の真ん中へ移動した。流生が聞くと、豆ノ介は声をひそめる。


「たぶん、いい家の子。えらい妖怪の家の子は、牛車じゃなくて駕籠なんだ。」


「ふうん。」


流生は、自分の手の中の白札を見た。白札は、夕焼けの中でもその純白のままだった。


「豆ノ介くんは、十三番車に乗れるよ。」


若い駅員が言った。豆ノ介は顔を上げた。


「流生は?」


「白札の子は……ちょっと確認中だから。俺が歩いて送る予定。」


若い駅員は困ったように、手袋をした両手をひらひらさせた。


「確認中?」


流生は眉を寄せた。


「まあ、道の都合ってやつ。」


「道の都合って、何ですか?」


「いやぁ……申し訳ないけれど、ここの道はさ、ただの道じゃないんだよ。」


駅員は、駅の向こうに続く夕焼けの道を見つめた。道は細く、森の中へ吸いこまれるように伸びている。しかし、さっきまで何台も三人の目の前を牛車が進んでいったはずなのに、車輪の跡はひとつも残っていなかった。


「妖怪学園では道が、人を選ぶんだ。」


流生は、思わず足元を見つめる。ただの土の道にしか見えない。夕日に染まる落ち葉と、ところどころに小さな石がある、ふつうの山道だ。


「道が?」


「うん。好きなやつには近道を出す。苦手なやつには、同じところをぐるぐる歩かせる。うっかり嫌われると、学校じゃなくて全然関係ない場所に着いたりもする。」


「全然関係ない場所?」


「まあ、たぶんね。」


「たぶんって言われても……。」


どうせ問い詰めてもムダなことは今までの経験からわかっている。流生はあきらめて口を閉じた。若い駅員が、流生に同情するかのように、帽子のつばを軽く下げながら話す。


「だから、新入生はだいたい牛車に乗せる。牛車は道と仲がいいから、迷わない。札ごとにまとめて乗せれば、道の方も覚えやすい。」


「じゃあ、俺も乗ればいいと思うけど。」


流生が言うと、駅員はポンと流生の背中を叩いて言った。


「残念だけど白札を乗せて、いつも通り学園まで着けるかは、まだ分からないんだ。何しろ前例がないし、道が見慣れてないからね。」


そう優しく笑う。


前例がない。そう言われると、来てはいけない場所へ来てしまったような気がした。荷車には預けなかったリュックの紐を、流生はギュッと握りしめた。


「今日は俺が、道に話を通しながら連れていくよ。歩きなら、途中で道の様子を確かめられる。」


豆ノ介が十三番車の方を見た。牛車の中では、同じくらいの年の子どもたちが数人、もう腰をおろしているようだった。


「僕も歩きます。」


「え?」


横に立っていた流生が思わず聞き返す。豆ノ介は、あわてて手をふった。


「ほ、ほら。僕、いつも豆腐の木箱持ってるから、体力あるし。今日はもう、荷物も預けちゃったし。あと、道に顔を覚えてもらうのも、大事だし……。」


最後の方は、ほとんど言い訳みたいだった。若い駅員がたずねる。


「いいの? 道にもよるけど学校まで、ちょっとあるよ。」


「いいです。」


豆ノ介は、今度ははっきり言った。


「僕も、流生と行きます。」


流生は何も言えなかった。目頭が熱くなったような気がして、思わずこらえる。


胸の奥がボワッと膨らむような、むずがゆいような少し変な感じ。嬉しいような、くすぐったいような、それでいて、どう返せばいいのか分からなかった。流生は何となく下を向き、お礼を豆ノ介に伝えそびれた。


そのとき、走り出した牛車が、三人の横を通りすぎる。牛車についた簾(すだれ)のすき間から、何人かの子どもの顔がのぞいた。


「あれ、豆腐小僧じゃん。」


「なんでー、乗れたのに歩いてる。」


「白札と一緒だから?」


「豆腐も白だし、仲間なんじゃない?」


くすくす笑う声が、車輪の音にまぎれて遠ざかっていった。豆ノ介は何も言わなかった。ただ、洋服の裾をぎゅっと握りしめていた。


流生は、ちらりとその横顔を見た。さっきまでにこにこ笑っていた口元は、ギュッと一文字に固く結ばれている。流生は、何か言い返してやろうかと思った。けれど、豆ノ介が何も言わないので、今は黙っていた。


若い駅員が、通りすぎた牛車の方へ大きな声で叫ぶ。


「シャンと前向いて乗りな。道に嫌われるぞー。」


声は軽かった。でもその一言で、牛車の中の笑い声は小さくしぼむ。若い駅員が、流生たちの前に立つ。背中の黒い翼が、夕方の風に少しだけ揺れた。


「じゃ、三人で行こうか。」


「歩きで?」


流生が聞く。


「歩きで。」


若い駅員は帽子のつばに指を添え、にっと笑った。


「特別待遇ってやつだ。妖怪学園の人気者、カラス天狗の駅員と一緒に来たとなると、君たちはちょっとした有名人だな。」


そう言うと、若い駅員はスタスタと駅を背にして歩き出す。流生と豆ノ介は、はぐれないように後を追って、夕焼けの道を歩き出した。一歩一歩進むごとに駅前のにぎやかな声が、少しずつ後ろへ遠ざかっていった。

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