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妖怪学園の七不思議① 影拾いの影法師  作者: 磐城 怜
第3章 0番線の向こう側
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第16話 カラス天狗の駅務室

駅務室の中は、流生が覚悟していたよりもずっとふつうの部屋だった。


茶色の木の机の上に、古い黒電話。壁に貼られた時刻表と連絡板。


『本日の担当』という箇所には、まるで学校の黒板に書かれた日直のように、駅員さんたちの名前が書いてある。


机の上を見ると、書類の山がいくつかあり、その周りにも紙が散らばっていた。その横に湯気の立つ湯呑みが置かれていた。湯呑みは、流生がお寿司屋さんでしか見たことがないような、分厚くて立派なものだ。


「座って。豆腐の箱はそこ。あ、そこの座布団は噛まないけど、座る前に一応あいさつして。」


「座布団に?」


「うん。礼儀知らずが座ると沈むから。」


流生が横を見ると、豆ノ介は長椅子に並んだ座布団の一つへ、まじめに頭を下げている。流生も小さく「失礼します」と言ってから、隣の座布団へ腰を下ろした。流生はもう、何に驚けばいいのか分からなくなっていた。


若い駅員は黒電話の受話器を取り、ダイヤルを回し始める。


じーこ、じーこ、と丸いダイヤルを回す音が駅務室に響いた。その音を聞いていると、流生は古い映画の中に入り込んだように思えた。


「南番地駅でーす。新入生対応で一本。……はい。白札の子が来てるんです。……はい、たぶん人間界から。通行銭に爪痕があったって話も出てます。で、豆腐小僧の子が一緒です。」


豆ノ介が不満そうに「豆ノ介です」と口をすぼめた。駅員は受話器を耳に当てたまま、片手で「ごめんごめん」と笑顔で合図する。


流生は、そのあいだにキョロキョロと部屋の中を見回した。茶色い木の机は、長く使われているらしく、角のところだけ少し黒ずんでいた。


机の上には、真鍮の小さなベルと、朱肉の入った丸い入れ物、そして古い判子がいくつか並んでいる。判子の持ち手には、それぞれ「到着確認」「迷子保護」「荷物注意」「要連絡」と、小さな札が貼られていた。


その横には、切符ばさみが無造作に置かれている。そう言えば、昔は自動改札機どころか、電子チャージもなくて、切符を切るのにこういった鋏を使っていた、と小学校の先生が言っていたのを流生は思い出した。


目の前の切符鋏には、持ち手のところに黒い羽の模様が入っている。刃の先はきらりと光っていて、流生が想像していたよりもはるかに大きく、ただ切符を切るだけの道具には見えない。


「はい。駅側の判断ですと、学園側へ送った方が早いかなぁと。……いや、ホームで止めると騒ぎになりますし。というか、もうなってるんですよねぇ。駅務室で現在、保護してます。……はい。職員室に確認お願いします。」


受話器の向こうで、誰かが大きな声を出したらしい。駅員は、うえっ、と言いたそうに顔をしかめて、耳を受話器から離す。


確認に時間がかかるらしく、若い駅員は受話器を持ったまま、机へ軽く腰を預けた。


流生はふと、自分が腰掛けている長椅子の前の机に視線を落とした。机の横の小さな鉤に、羽根用らしい櫛が掛かっている。櫛の歯には黒い羽が一本、引っかかっていた。光の加減で、七色にきらめいて見える。


流生がその羽へ手を伸ばすと、受話器を耳に当てたまま、若い駅員が言った。


「それ、触らない方がいいよ。」


「……なんでですか?」


「くすぐったいから。」


「誰が。」


「持ち主が。」


流生は、そっと手を引っこめた。


壁には古い時刻表が貼ってある。しかし時刻表の文字は出たり、消えたりを繰り返している。列車も0番線のエレベーターのように来たり、来なかったりを繰り返しているのかもしれない。


時刻表の下には小さな黒板があり、白いチョークで文字が書かれていた。


霧量:やや濃し

風:北東より弱く吹く

妖気流:南番地手前に小さな乱れあり

新入生:七十三名 到着確認中


黒板の下には、小さな風車が窓も開いていないのに、カラカラとかすかに回っている。赤い羽根、青い羽根、黒い羽根が、やさしくゆっくり動いていた。


「……風、ないのに回ってる。」


流生がつぶやくと、豆ノ介が小声で言った。


「風じゃなくて、風の気を見るんだと思う。」


「風の気?」


「たぶん。列車が走る時に気が乱れると、揺れるから。前にお母さんと豆腐を奉納しに来た時は、めっちゃ気が乱れてて。豆腐がこぼれるかと思うくらい、列車が揺れたんだよ。」


「豆ノ介って、入学する前から学園に来てたんだ?」


「うん。母さんと豆腐を奉納しにね。生徒になるのは今日からだけど、何度も来てるから、場所は少し分かるんだ。」


どうりで色々知ってるわけだと流生は納得した。


「じゃあ、駅で会ったイヤなやつは、先輩?」


「……あー、あいつらね。実はあいつら同じ新入生なんだ。家が由緒正しいとか、古くから伝わる妖怪の血がナントカとか言って、いつもバカにしてくるんだ。同じ学年なんて、本当に最悪。」


豆ノ介がわざと舌を出し、白目をむいた顔をつくる。大人の前ではできないような、ひどい変顔だったが、流生には同年代の友人と話している安心が込み上げてきた。


ふと、豆ノ介の後ろの小さな棚に置かれた、細長いガラス管が三本、目に入った。中には水のようなものが入っていて、一本は透明で、一本は白く濁り、もう一本はうっすら青く光っていた。


ガラス管の背面の壁には、手書きの札が貼ってある。


霧濃度計:赤線を越えたら、単独飛行禁止


流生は思わず、電話中の駅員の背中についている黒い翼を見た。


あの人たちは、さっきまで何でもない顔で列車の外を飛んでいた。けれど、それはただ飛んでいたわけではなく、霧の濃さも、風の流れも、目に見えない何かも、全部見ながら飛んでいたのだ。


周りを見回すと部屋の奥の壁には針のついた丸いメーターもあった。古い時計みたいな形をしている。けれど、文字盤に数字はない。そのかわりに、


「安定」「ざわめき」「乱れ」「危険 即時閉鎖」


と書かれていた。


目を凝らすと針は今、「ざわめき」のあたりで、かすかに震えている。


「ね、あのメーターさっきから動いてる。」


流生が豆ノ介に言うと、若い駅員は受話器を押さえ、ちらっとメーターを見た。


「ああ。ホームでみんなが騒いでるからね。新入生が一斉にびびると、妖気も揺れるんだよ。」


「俺のせい?」


「半分くらい。」


「半分も?」


「残り半分は、騒いだ大人のせい。」


若い駅員は、バカにしたようにクックッと笑いながら言った。しかし、目が笑っていないのを流生は見逃さなかった。受話器の向こうから、また声がした。若い駅員は笑いをこらえて受話器から手を離し、返事をする。


「いやいや、だかぁら、俺もそう思いますよ。白札で、人間っぽくて、通行銭には爪痕があったっていうでしょう? しかもそんな子、新入生リストにいました? あれ? 豆腐小僧……じゃなかった豆ノ介くん、今、何歳?」


また豆腐小僧と言われたからか、小さい子どものように年齢を聞かれたからか分からないが、豆ノ介はぶっきらぼうに「十二歳」とつぶやいた。


「そっちの白札くんは?」


「あ、同じです。」


若い駅員がうなずいて、電話口に戻る。


「どっちも十二歳ですよ。名前は豆ノ介くんと、流生くん。新入生リストにいるんじゃないですか? え、豆腐くんはいるけど、白札くんは……あぁ。はい、はい、そうっすよねー。」


豆ノ介がまた口をとがらせたが、今回は黙っていた。どうやら大問題になっているであろうことは、この世界にうとい流生でも、若い駅員の様子から簡単に想像ができる。


「あっ、あの……。」


今、どうなっているのか知りたくて、流生は勇気を出して電話中の駅員さんに声をかけたが、ちょっと待ってという目線を返される。


「あー、ちょっとそう言われましても。こちらとしても判断できないんで。一回、組頭か、司の先生に見せた方がいいですって。」


若い駅員は今度は真剣な目つきで、ちらりと流生を見た。流生の心臓がドキンと飛び跳ねる。


組頭? 司? 何だか分からないけれど、怖そうな名前だ。


ビビりながら流生が豆ノ介の方を見ると、表情がカチカチの氷のように固まっている。流生は勇気を出して、大人の話に割り込んだ。


「あ、俺、新入生じゃありません! ただ、親に会いたくて来たんです!」


勇気を出しすぎたのか、その声は駅務室中に大きく響いた。


「は?」


若い駅員が受話器を耳に当てたまま、ポカンと口を開けてこちらを見ている。豆ノ介も流生に注目した。駅務室に、しばし沈黙が訪れる。


沈黙を破ったのは、電話口の向こう側の人物だった。


「なっ、何だと!?」


受話器から漏れた叫び声が、駅務室に響いた。その後の相手の言葉は、流生には聞き取れなかったが、電話の向こうでギャアギャア言っているようだった。


若い駅員が受話器を耳から離しながら、さもうるさそうに眉をひそめる。


「……いやぁ、まぁ、そうっすねー。ちょっと、まぁ、そんなこと言われても、こちらも初耳なもんで。」


「あれ、俺ヤバいこと言った?」


予想よりも周りの反応が大きかったことに驚き、流生はこっそり豆ノ介に耳打ちする。


「いや、僕も親に会いに来たなんて聞いてなかったから、びっくりしたよ。」


「あっ、そうか。ごめん。」


「でもさ、親って誰なの? しかも新入生じゃないのに、札持ってるの、なんで?」


「この札、みんな持ってるんじゃないの?」


「違うよ。この札は学園生が持つんだよ。あとは先生とか、うちの母さんみたいな学校に関係する人だけ。」


「うーん、じゃあ俺の親、学校の先生なのかな?」


「どうだろう、白札の先生なんているのかなぁ。」


「札の色って、親と同じ色なの?」


「たぶん。大体は親と同じ色だっていうけど……。」


また「たぶん」か。流生は心の中でつぶやいた。口には出さないけれど、この世界は「たぶん」なことが多すぎる。


外国に行くってこんな感じなのかな。


流生は、ふとそう思った。分からないことが多すぎるけれど、それに今は身をゆだねるしかない。


「はい。あーそうですねぇ……ただ、怖い顔の連中にぞろぞろ来られると困るんすよ。あっ、すんませーん。えっとぉ、迫力のあるお顔や体つきの先生が来られると。はい。駅には今、新入生たくさんいますし。この子らも、固まりますよ。というか、今の話聞いて、もう十分固まってますし。」


電話しながら駅員がチラリと豆ノ介と流生を見る。二人は慌てて、こくこくとうなずいた。それを見て、若い駅員は少しだけ笑う。


「……はい。じゃあ、もういいっすよ。俺、行きますわ。」


受話器の向こうが静かになったようだ。


「その代わり、行くまでに、そっちはそっちでちゃんと話を通しておいてくださいね。いきなり囲むのなしですよ。白札だからって、初日から取り調べみたいなのは勘弁してやってくださいよ。」


駅でやる気なさそうにしていた時とは打って変わって、駅員さんは真面目な口調できっぱりと言った。それから黒羽一枚の帽子のつばに、指を添えた。


「俺、昔から嫌いなんすよ。何も知らない子どもを、大人の都合で怖がらせるの。」


その言葉に、やけに感情がこもっているような気がして、流生は気になった。


……この人、味方なのかな?


流生はそっと、若い駅員さんの顔を盗み見した。しかし若い駅員は、さっきまでの言葉など忘れたかのように、もう相手をおちょくるような軽い調子に戻っていた。

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