第13話 顔のない友だち
「妖怪って何か、すごいのかと思ってた。でも、人間と変わらないんだな。」
流生の口から出た言葉に、先ほどまでざわついていた車内がシンと静まり返る。三人組が、ジロリと流生を見た。その目が、さっきとは少し違う色に光ったように流生には見えた。流生は、思わずたじろいだ。その時、
「流生。」
スッと豆ノ介が流生の横に立った。
「相手にしなくていいよ。いいから戻ろう。」
「えっ?」
とまどう流生の腕を引いて、グイグイと座席に引っ張っていく。豆ノ介は、一度も三人と視線を合わさなかった。
「チッ。」
後ろから玲牙の舌打ちが聞こえた。
二人はコロッケを手にしたまま座席に戻り、身を隠すように静かに座った。流生がしばらくジッとしていると、先ほどまでシンとしていた車内にも、次第に子ども達の話し声が戻っていった。流生はチラリと豆ノ介の様子をうかがう。さっきから、豆ノ介はうつむいたままだった。
怒ってるのかな……?
「豆ノ介……あの、ごめんね。」
流生は不安になって、つぶやいた。
「目立ちすぎると、よくない。白札のこともあるし、駅での通行銭のこともあったし、今の会話で……たぶんもう、みんなに広まってる。」
顔を上げた豆ノ介は、怒っているわけではないようだった。流生は少しホッとした。しかし、豆ノ介のサラサラした前髪の隙間から、眉の間にくっきり刻まれた深いシワが見える。
「俺が人間だってこと? それって、そんなにまずいの?」
「僕も、詳しくは分からないんだ。ただ、昔話みたいに聞いたことがあるだけだったから。」
豆ノ介は記憶をたどるように、こめかみのあたりを指でおさえる。
「さっき流生が0番線の改札を通る時、銀色の傷が入った通行銭が出たでしょ?」
「爪痕っていうか……通行銭が古くて、傷が付いちゃっただけじゃない?」
豆ノ介が小さく首を振った。
「黒く焦げて、銀色の傷が入った通行銭は、特別なものなんだ。人間が妖怪の世界に入る時だけに出るものだって、0番線では噂されてる。黒いのは、龍の炎で焦げたから。そして、あの銀色の傷は龍の爪痕なんだって。」
「龍……?」
「そう。妖怪の世界に来ることができる人間は、龍に守られてる人間で、龍付きって呼ばれてる。今までの感じだと、君が龍付きの人間だって、もう広まってると思うんだ。」
「えっと……」
妖怪の次は龍が出てきたぞと、混乱する頭を抱えて、流生は豆ノ介に一番聞きたかったことをたずねた。
「龍付きだと、どうなるの?」
すると、豆ノ介は首をかしげて言った。
「うーん。そこなんだよね、どうなるんだろ?」
「知らんのかい!」
思わず流生がつっこむ。
「そもそも龍付きが妖怪学園に来るのは、百年に一人いるかいないかってほど、珍しいみたいだから。どんな扱いをされるのか、僕は聞いたことないんだよね。」
「誰か詳しく知ってる人は、いないの?」
「そうだよね、誰に相談したらいいんだろ。僕みたいに妖怪とのハーフの子も多いけど、妖怪学園には、人間を嫌ってる妖怪もまだまだ多いし、白札のこともあるし……。」
豆ノ介は少し言葉を濁すように言った。その様子に、流生は自分のポケットにそっと手を入れて、白いカードがあるのを確認した。
そうだった。こいつのこともあるんだった……
改札に入れたり、支払いができたり、便利ではあるものの、先ほど妖怪の子たちに馬鹿にされたことから考えると、あまり良いものではないのかもしれない。
「だから、今はむやみに目立たない方がいい。学園に着いたら、まず先生に相談しに行こうよ。」
「先生に会えるの?」
「職員室に行けば、人間でも先生に会えると思う。流生は札をちゃんと持ってるんだしね。」
とりあえず、話を聞いてもらえそうな場所があるのを知り、流生は心からホッとした。
「でも、本当に龍付きの人間っているんだな。」豆ノ介がつぶやく。
「そんなにめずらしい?」
「うん。龍が付くのは妖怪の世界でも、めったにないから。」
「人間だけに龍が付くんじゃなくて?」
「妖怪にも龍が付くことはあるよ。僕が知ってるのは、今の学園長だけだけど。」
「学園長って?」
流生がそう聞くと豆ノ介は、周りをキョロキョロと見回した。そして誰も聞いていないか確認してから、さらに少し声を低くして、流生に耳打ちする。
「……学園長でありながら、実は生徒なんだ。今、最高学年にいるんだけどね。すごく強くて、すごく怖いんだって。変に噂していると危ないから、学園に着いてから先生に聞いた方がいいよ。」
「え、危ないって……」
「しーっ。」
豆ノ介が口の前に人差し指を構えた。そして、これ以上は勘弁してくれという顔を見せたので、流生はしぶしぶ諦める。
そんな怖い人と同じ龍付きが、自分だなんて。変にからまれたりしたら、どうしよう……。
龍付きと白札。流生は突然この世界で、今の自分にあたえられたこの二つの存在に戸惑った。龍付きであれば、人間でも妖怪の世界に来ることができる。だからこそ流生は今、ここにいる。今の学園長と同じだと考えるとすごそうに思えるが、あの通行銭は、自分が人間であることを、妖怪の世界で証明してしまうものでもあった。
そして白札。どうやら、札と呼ばれるカードは、みんな持っているもののようだ。しかし、今までの会話からすると、この札に何か種類があり、自分が持っている札はあまり良くないもののようだった。
「まず、冷めないうちにコロッケ食べようか。」
考え込んでいた流生はハッとして、手元のコロッケを見た。目の前のコロッケは、美味しそうに湯気をあげ、油の香ばしい匂いがしていた。流生のお腹がグゥと反応する。
「そうだよな! まずは食べよう。いただきまーす!」
「いただきまーす!」
ガブリと二人で同時にかじりつく。その瞬間、口の中で、衣についている火の粉がぱちぱちと弾けた。
「あ、熱っ! でも、ハフハフ……うまーーーい!」
流生が大きな声をあげる。
「ちょっと、流生! 目立っちゃダメ!」
豆ノ介が急いで止めた。
「あ、ごめん。あまりにも美味くてびっくりしちゃった。」
流生は急いで背中を丸め、周りからなるべく見えないように座席に深く座り直した。
人間界でもお馴染みのソースが染みた衣はさくっと割れて、中からほくほくした芋が出てくる。流生が心配していた火の粉はちりちりするだけで、痛くはなかった。むしろ、噛むたびにサクサクした食感がたまらなくて、どんどん食べ進めてしまう。
「出来立ては、もっと熱々で美味しいんだよ~。」
目の前では、ハフハフと美味そうにコロッケを豆ノ介もほおばっている。流生は先ほどまでの怒りや不安が、少しだけ軽くなった気がした。
豆ノ介がもう一口かじって、ほっとしたような顔になったその時、列車が急に速度を落とし、ガタンと大きく横に揺れた。次の瞬間、車内の明かりが——フッ、と消える。
「わっ。何だ?」
流生はびっくりして、車内を見回した。真っ暗になった一瞬の間に、壁際の小さなオレンジ色の予備灯だけがポッと灯る。
「大丈夫。電車の切り替わりのポイントだって、母ちゃんが前に言ってたよ。だから電気が一瞬消えるんだけど、しばらくすると戻るから。」
座席から身を乗り出してキョロキョロしている流生の後ろから、豆ノ介の声が聞こえた。予備灯がついても、先ほどまでの灯りに比べるとだいぶ暗い。
ちゃぷん、ちゃぷん。
ふと豆ノ介が座席に置いた豆腐の箱から、水が揺れる音が聞こえる。目が暗闇に慣れてきたのか、少しずつ車内が見え始めてきた。流生が豆腐の箱に目をやると、木箱にかけられた白い布の隙間から、白い豆腐が見える。
「そういえば、学校にいつも豆腐運んでる……の?」
流生は言葉を失いかけた。言いながら豆ノ介の顔を見ると、なんと豆ノ介の顔がなかったのだ。思わず流生は悲鳴をあげそうになる。
よくよく見れば、顔自体はある。しかし、顔のパーツがない。先ほどまであったはずの、眉毛、目、鼻、口、全てがない。薄暗い闇の中で、豆ノ介の顔は、白くしっとりした光をまとい、布の隙間から見える豆腐のようにツルツルしていた。
ゴクリ。
流生は思わず生唾を飲み込む。
「流生、どうしたの? 大丈夫?」
目がないので本当は分からないが、豆ノ介がこちらを見た気が流生にはした。
「あ、ううん。何でもない。早く電気つくといいなーって。」
何事もなかったように、手元の火の玉コロッケにかぶりつく。先ほどまで、あんなに美味しかったのに味がしない。流生はもぐもぐと火の玉コロッケを噛み砕きながら、あくまで自然にゆっくりと視線を車内の方に泳がせた。
座席の背もたれから飛び出たツノ。
うさぎのような長い耳や、ふわふわと揺れる尾の影。
見てはいけないものを見たような気まずさにおそわれ、流生は自分の横にある窓ガラスに視線を移した。すると通路の反対側の影が、窓に反射してぼんやりと見える。そこには鋭く光る二つの金色の目、けむくじゃらの動物のようなものが映っていた。
流生はもうこれ以上は何も見ないと心に決め、天井を見上げた。すると、そんな流生をあざ笑うかのように、視線の先を長くて白い布が、ふよふよと浮かびながら通り過ぎていく。しかも、その布にはエイのようなつぶらな瞳がくっついており、流生と目が合うとニコッと笑った。
流生の頬から、冷たい汗が流れ落ちる。
早く、電気よ、ついて!
目をギュッと閉じ、心の中で強く念じた。すると豆ノ介の言っていた切り替えのポイントを通り過ぎたのか、車内の電気がパッとつく。流生が目を開けると、何事もなかったように、電気が消える前と何ら変わりのない車内の様子が飛び込んできた。
「ふぅー。」
流生は長い息を吐き、窓ガラスに頭をもたれかけた。
「ね、本当に大丈夫?」
豆ノ介が心配そうに声をかける。
「大丈夫、大丈夫。ちょっと慣れないことばかりで、疲れが出たみたい。」
流生は笑ってごまかした。
妖怪がいいものなのか、悪いものなのか、分からない。でも目の前にいる豆ノ介を、妖怪だからと言って避けるような奴にはなりたくない。豆ノ介だって、俺が人間でも、白札ってやつでも、一緒にいてくれてるじゃないか。
そう思った時、流生はふと、さっきの三人組に言われた言葉を思い出した。
「ねえ、豆ノ介……。」
「何?」
「白札って、学園じゃ弱い証なの? さっき三人組がそう言ってたけど。」
豆ノ介の表情が少しくもる。
「学園じゃ、そう言われてる。昔からの序列では、白札は一番下なんだ。でも……」
「でも?」
「実際に白札を持ってる学園生を見たって話は、聞いたことがないんだ。だから、白札はないってことになってたんだよ。みんな言ってるし、僕もそう思ってた。今日、君の札を見るまでは。」
豆ノ介はとりつくろうように、早口でまくし立てた。豆ノ介なりに気をつかってくれているのだろう。その優しさが流生には申し訳なかった。
「……学園に着いたら、先生に聞いた方がいいよね。」
「うん。ごめん。」
豆ノ介も流生もそれ以上、何も言わなかった。
ごとん。ごとん。
走り続ける列車の中で、流生はポケットにしまった先ほどの白いカードをそっと取り出し、見つめた。
わざわざ何で、両親はこんなものを送ってきたのだろう。
流生は窓の外に、視線を移した。よく見るとトンネルの壁の色が、最初に列車に乗った辺りとは違っている。
本当に、別の世界へ向かっているんだ。
もう片方の手に残っていた火の玉コロッケの最後の一口を、流生は口に放り込む。だいぶ時間が経っているのに、口の中で、また火の粉がぱちぱちと弾けた。
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