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妖怪学園の七不思議① 影拾いの影法師  作者: 磐城 怜
第2章 別の世界に通じる電車
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12/22

第12話 0番線名物、火の玉コロッケ

ゴロゴロゴロ。


列車の窓の外から近づいてくる地響きのような低い音。周りの子どもたちも音を聞いてざわつき、窓にピッタリと顔をつけている。流生もつられて窓に顔を近づけ、暗闇に目をこらした。


すると、暗闇の中から、大きな車輪のついたトラックのようなものが姿を現した。


「0番線限定の移動販売だよ! 安くて美味いから、この列車に乗る時はみんな買うんだ。」


周りの子たちと同じく窓の外をのぞき込んでいた豆ノ介が、目を輝かせて言った。


「移動販売って、列車の外を走るの!? ここ、線路の上だよね?」


列車に並走する移動販売なんて聞いたことがない。驚いた流生は、外から聞こえてくる大きな音に負けないくらいの大声を出した。豆ノ介はなぜそんなことを聞くのかというように、一瞬キョトンとする。


しかしその後、まるで年下の子どもに教えるかのように、ゆっくりと説明を始めた。


「あれは朧車(おぼろぐるま)だよ。お、ぼ、ろ、ぐ、る、ま。」


「おぼろくるま?」


「昔の貴族が乗っていた、牛が引く車みたいなやつさ。」


流生は必死に、社会で習い始めた歴史の内容を思い出す。


「そ、そうなんだ……?」


豆ノ介は正しい知識を教えてくれている。しかし、流生が本当に聞きたいのは、そんなことじゃない。


なぜ線路を走っている列車の横を、何かが走っているのか。そして、その何かが、なぜ昔の貴族が乗っていた朧車なのか。


それが聞きたかったのに、全く違う回答が豆ノ介から返ってきて、流生は混乱した。


さらに、その朧車が流生たちの車両に近づき、全体像が見えた瞬間。流生はますます混乱した。


豆ノ介が朧車と言っていたもの自体は、馬車とかそういう、何かが引くものに見えると言えば、見えなくはない。しかし、牛だか馬だか知らないが、そもそも流生が見る限り、その車体を引いているものが全くなかったのだ。


その朧車は、車体は静かなまま、車輪だけが火花を散らしながら猛烈な勢いで回転していて、その縁にオレンジ色の炎がぐるぐると巻きついている。地下鉄の真っ暗な線路の中に、赤く光る火の粉が、車輪が回転するたびに撒き散らされていく。


「え? 危なくない?」


流生が思わず口にした時、バタンと音を立てて、朧車の側面がガバッとハッチのように開いた。開いた先には、赤いのれんが風にバタバタとあおられ、木札のお品書きがカタカタと揺れているのが見える。


髪を風にあおられながら、朧車に乗っていた、三角巾のようなものを頭に巻いているおかっぱの女の子が、大声で叫んだ。


「0番線名物、火の玉コロッケはいかがですか! 百鬼印の妖力ドロップス! カッパ印の冷やしラムネもありますよ!」


その声を皮切りに、流生と豆ノ介が乗っていた列車の窓を子どもたちがバタン、バタンと開け始める。


「こっちに、火の玉コロッケ3個!」


「百鬼ドロップスと、ラムネくださーい。」


乗っていた子どもたちが、朧車に乗っている女の子に向かって、大きな声で叫んでいる。


「はい! 毎度ありぃ!」


威勢の良い返事とともに、朧車のおかっぱの売り子が、子どもたちに商品を渡す。流生が見た限り、朧車と列車の間にはわずかな隙間しかない。お互いにぶつからずに走っているのが、不思議なくらいだった。


流生がその様子を感心して見ているうちに、周りの子たちは窓に駆け寄り、楽しそうに買い物をしている。気づくと列車内に揚げたてコロッケの香ばしい油と、ラムネの爽やかな香りが充満していた。


「はー、いい匂い!!」


緊張のあまり、朝から飛行機でもらったジュースとキャンディーしか口にしていなかった流生のお腹から、グゥと大きな音が鳴る。


人間の自分が妖怪の食べ物を食べても、お腹をこわさないのかな?


少し不安に思いながらも、車内に広がる食欲をそそる香りに耐えきれず、流生はもう一度、窓の外に目をやった。


「?」


その瞬間、何かと視線が合った。なんだろうかとよく見ると、列車と朧車の間の隙間に、目のようなものがあるのに気づいた。


「ギャァ。」


流生の心臓が飛び出そうなくらい、バクバクと音を立てて波打つ。不意打ちだったのでびっくりして、自分でも聞いたことのない悲鳴が口から飛び出た。


窓枠に身を半分隠しながら、流生はもう一度、隣の朧車との間を見た。すると朧車の車輪の中央、真っ赤に燃える炎のど真ん中に、どんと構えたでかい顔がある。ぐるぐると回転しながら走っているのに、その顔だけは不思議とぶれることなく、こちらをまっすぐ向いている。


そしてその顔の口は、耳まで裂けるほど大きい。さらには、カバのように大きな歯が並んでいて、目がライトのように大きくギョロギョロ動く。眉毛は太く、天に向かって逆立っていた。


とんでもない顔だと流生は思った。車輪の真ん中に顔がついているだけでも驚きだったが、その顔自体も強烈だった。


しかしその印象的な顔は、迫力はあるものの、怒っているようには見えない。口の端を思いっきり持ち上げて、なんというか——とにかく、ものすごく楽しそうにしていた。


「あの顔、何?」


流生は相変わらず、窓枠の後ろに隠れながら、豆ノ介にたずねた。


「輪入道(わにゅうどう)おじさんだよ。朧車に、輪入道のおじさんが車輪としてくっついてるんだ。自分の炎をコンロの代わりにして、走りながら揚げ物してる。だから、いつもアツアツで美味しいんだよ。」


よほど美味しいのか、豆ノ介は瞳を輝かせながら答えた。


「……走りながら揚げ物。」


「うん。」


「車輪が揚げ物。」


「そうだよ。」


豆ノ介がキラキラした瞳のまま答える。手はどうなってるんだろう、と流生は思ったが、それ以上つっこむ気にもなれなかった。


「……すごいね。」


そう流生が答えた瞬間、おかっぱの売り子よりも大きな声が、流生の耳に飛び込んできた。


「いらっしゃい! いらっしゃい! 今日も絶好の揚げ日和じゃあ!」


声の方向を見ると、そこには車輪がぐるぐると回転しているのに、にっこにこで笑っている輪入道おじさんがいた。窓際にいるのにいつまでも買おうとしない流生と豆ノ介に気づき、おじさんが話しかけてきた。


「おや、腹ぺこそうな子がおるな! どうじゃ、火の玉コロッケはいかがかな? 揚げたてじゃぞ!」


「食べたいなー。どうしようかなー。迷うなぁー!!」


よだれを垂らしながら、豆ノ介が反応する。そして、クンクンと輪入道おじさんの方から漂うコロッケの香りを嗅いでいた。


「……食べないの?」


よだればかり垂らして、いつまで経っても買おうとしない豆ノ介を見て流生が聞くと、少し恥ずかしそうに答えた。


「食べたいんだけど……うち、ジャンクなものはあんまり食べるなって、言われてるんだ。母ちゃんに。実はファストフードのポテトとかも大好きなんだけど……たまにしか食べさせてもらえなくて。」


「へ、へえ……。」


流生は、少し戸惑いながら返事をする。まさか目の前の異常な光景の中にある食べ物と、よく食べていたファストフードの食べ物が、一緒の会話の中に出てくると思わなかったのだ。流生は、間の抜けた返事をした。


「えっと……それは豆腐屋だから?」


「まあ……そう、かな?」


すると、豆ノ介の口調も煮え切らない。


「うちの母ちゃん、健康にうるさくてさ。大豆イソフラボンがどうの、とか。植物性タンパク質がなんちゃら、とか。すぐダイエットとか言い出すし……。」


豆ノ介は恥ずかしそうに言ったが、流生はふと、いつも健康やダイエットを気にしていたおばさんの事を思い出した。


その時、離れた席からくすくすと笑い声が聞こえてくる。


「出たな、豆腐小僧の健康生活。」


「火の玉コロッケなんか食べたら、豆腐ママが泣いちゃうんじゃないかしら。えーん、豆ノ介ちゃん、ママ悲しいわ、って。」


「豆腐小僧はいいよな。豆腐だけ食ってれば、生きていけるんだろ? だから、白くてやわらかくて……すぐ崩れる。ヒョロヒョロのお前にぴったりだな! アハハ。」


流生が声の方へ振り向くと、エレベーターの三人組だった。同じ車両の少し離れた席に、いつの間にか座っている。


豆ノ介は、何も言い返さなかった。ただ自分の横に置いた、豆腐の箱を恥ずかしそうに見つめている。


「……俺が買う。」


流生がそう言った瞬間、車内がシンとなる。その後、乗客たちが流生と豆ノ介、そしてあの三人組に注目し、ヒソヒソ、ザワザワと噂をし始めた。


「おっ、買ってくれるのかい! ありがたい! ありがたい!」


輪入道おじさんだけが、車内の凍りついたような空気に反して、炎に照らされた白い歯をむき出し、満面の笑みで答えた。


「えっと……火の玉コロッケ二つと、そのドロップとラムネもください。」


流生は何を買うか決めていなかったが、窓の外の朧車のかべでカタカタと揺れる木札だけをしっかり見つめた。窓の外のおかっぱの売り子に向かって、注文する。ドキドキしながら、ショルダーバッグから茶封筒を取り出した。こんなことをするのは、流生にとって初めてだった。


今までだったら、なんとなく見て見ぬふりをして終わりにしていた。茶封筒からお札を抜き出そうとすると、指先が怒りで震えていることに、流生自身も気づいた。


値段はよく分からないけれど、この位あれば足りるだろう。


少し冷静になって、飛行機のチケット代のおつりの五千円札を茶封筒から抜き出す。窓の外に手を伸ばして、列車と並走するように走っている朧車の売り子に、お金を手渡そうとした。


しかし、売り子の妖怪は受け取ろうとしない。流生の差し出した紙幣が風に流されそうに揺れるのをチラリと見ながら、首を横に振る。


「……人間界のお金は、0番線じゃ使えないですよ。」


流生は固まった。大きく出て、豆ノ介に火の玉コロッケをおごるつもりだったのに。まさか、払えないとは。プッと吹き出すような声が、車内から聞こえた。


「何あいつ、なんも知らないの?」


「威勢だけいいのな。かっこいー! ククク……。」


その声を聞き、流生の頬が熱くなる。あわててポケットを探った。まず電子マネーを使おうと思ったが、スマホは壊れている。次に、先ほど手にしたコインのような通行銭を思い出したが、すでに改札に飲み込まれた事を思い出した。


あとは——。


あせってポケットを探していた時、指先にあの白いカードが触れた。


改札もあのカードで入って来れたのだから、もしかしてこの世界で使えるお金がチャージされているのかもしれない。


流生は最後の頼みの綱として、ダメもとで白いカードを恐る恐る差し出しながら、売り子に聞いた。


「あの、これで支払いとかできたり……しませんか?」


白いカードを見た瞬間、ハッと売り子の動きが止まった。


「……白札で?」


確認するような返事。それと同時に車内の離れた席から、大きな声が飛んできた。


「白札じゃねーか。」


ガラ坊と呼ばれていた三人組のうちのふっくらした男の子が、流生のカードを見て言った。


「えっ、白札? アタシ、初めて見たわぁ。学園内で一番下の札でしょ。ヤダァ、恥ずかしい。」


加えるようにつづらと呼ばれていた女の子が、からかうような高い声を出す。


「なんだ、おちこぼれかよ。」


玲牙の低い、明らかに見下すような声が車内に響いた。


しかし、そんな車内の反応とは異なり、白札を見て先ほどまでニッコニコだった輪入道おじさんの笑顔が、氷のように固まった。大きな目が、ぱちくりと大きく見開かれる。


「……白札ぁ!?」


次の瞬間、輪入道おじさんの口が、耳まで裂けるほどに開いた。


「ワッハッハッハッハ!! 白札じゃあ! 白札が来たぞ!!」


その岩も割ってしまいそうなほどの太い声が、走っている列車と朧車の音をかき消すように大きく暗闇に響く。


「人間の子どもが、白札で買い物じゃあ!! こりゃあ、いい話のタネになるわい! ワッハッハッハッ!!」


朧車の炎が、ボォとトンネルの天井に届きそうな勢いで、激しく燃え上がる。炎が列車の窓をふさぐように大きく燃え上がったので、車内にキャアと子どもたちの悲鳴が響いた。


「おぉ、すまん。すまん。」


「あの……なんで俺が人間ってわかるんですか?」


流生が思わず聞き返すと、輪入道おじさんは満面の笑みを見せて答えた。


「ワハハ! 改札前での通行銭の騒ぎは、もうこの列車中の噂じゃぞ! ワッハッハッハ!」


「そんなに噂になってたんですか?」


しまったと思いながら、流生は輪入道おじさんにたずねる。しかし、おじさんが答えるより先に、売り子の妖怪がニコッと笑って、声高らかに流生に話しかけた。


「お客さま。さ、こちらに白札をかざしてくださいまし。もちろん白札は、お支払いにご利用できますので。」


そう、ティッシュボックスくらいの大きさの木箱を、流生の目の前に差し出した。その木箱には、にぶく光る金色の金属で作られた正方形の枠が付いている。そしてその枠の中には、薄青いライトのようなものが、ぼんやりと光っていた。


「ここに軽く触れるだけで、結構でございます。」


売り子が、そのライトが光っている場所にカードをタッチするように、流生にうながす。その鋭くとがった爪を見て、流生は思わず視線を別の場所に泳がせた。言われるがままに、その白札と呼ばれるカードを木箱の枠の上にそっと触れさせる。


チリン。


すると澄んだ鈴の音が、車内に静かに響いた。


さっきまでざわついていた周りの子どもたちが、静かに流生の行動を見守っている。離れた席の三人組の笑い声も、ぴたりと止まった。


「毎度ありぃ! 火の玉コロッケ、二つ。こちらが百鬼印の妖力ドロップスと、カッパ印の冷やしラムネでございます。」


鈴の音を聞いた売り子は、てきぱきと紙袋の中に、ドロップの缶とラムネを入れる。そして、紙のようにうすく切られた木につつんだコロッケ二つと合わせて、流生に渡した。


「熱っ。」


受け取った流生は、思わず叫んだ。火の玉コロッケから、揚げたての油の匂いとソースのよい香りが漂っている。流生は受け取ったコロッケの包みを開けて、豆ノ介に一つ差し出した。


「よかったら、一緒に食べようよ。二つ買ったし。」


「え……いいの?」


「うん。」


その時、また離れた席から、あの三人組の声が聞こえてきた。


「クスクス。豆腐小僧、白札のやつにおごられてるし。」


「豆腐係の次は、案内係にでもなったんじゃなぁい?」


その声を聞いて、豆ノ介のコロッケを受け取ろうとする手が、ぴたりと止まった。流生の中の何かが、お湯が沸騰するように熱くなり、一瞬で体の中を巡る感覚がした。


流生は熱々のコロッケを豆ノ介に無理やり渡して、三人組の方を見た。


「さっきから、いちいち、うるさいんだけど。」


玲牙が、怒った様子で流生を見下ろした。


「あ? 何か言ったか?」


「……何食べようが、人の勝手だろ。」


流生は負けずに、そのまま続けた。


「妖怪って何か、すごいのかと思ってた。でも、人間と変わらないんだな。」


車内がシンと静まり返る。三人組の目の色が明らかに変わった。その様子に、流生は自分が言ってはいけない何かを口にしてしまったのを感じた。

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