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妖怪学園の七不思議① 影拾いの影法師  作者: 磐城 怜
第2章 別の世界に通じる電車
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11/21

第11話 妖怪電車と、たったひとりの人間の子

視線の先にある「→ 南番地・妖怪学園方面」という案内板を見ながら、流生は今までの出来事を頭の中で振り返った。


お化け電球。人間界。通行銭。そして、この案内板。


言いたいけれど、口にして良いのか分からず、ずっと喉元につまっていたもの。それらが流生の中で全部つながって、一つの答えになった。


豆ノ介にたずねようとするが、何から聞けばよいのか、言葉がつまる。


「……学園長って、会えるのかな?」


ようやく流生が絞り出した言葉は、それだった。


「僕には分からない。ただ……何というか、すごく忙しい人みたいだから、すぐにはどうかな。」


「そっか。」


流生はもう一度、来た方向を振り返った。


改札の向こう側。さっきまでいた場所。もうそこに、エレベーターの姿はない。


前を向くと、0番線のホームが続いている。そして遠くから、列車の音が近づいてくるのが流生の耳に聞こえた。


がたん、ごとん。

がたん、ごとん。


もう、戻れない。


しかし、不思議と流生に後悔はなかった。


チン、チン、チン。


電車の音と共に、遠くからベルの音が三回、0番線のホームに響いてきた。


「そういえば、名前、ちゃんと聞いてなかったね。」


豆ノ介が、ふと思い出したように言った。


「僕、豆ノ介。豆に、カタカナみたいな感じのノに、ふつうの介。あ、ほら。豆腐屋だからさ、うち。名前に豆がつくなんて、カッコ悪いよね。だから結構、みんなにからかわれちゃうんだ……あはは……。」


豆ノ介の声がどんどん小さくなっていく。改札前でのキリッとした態度はどこにいったのか、困ったように眉を下げながら笑っている。流生は何だか、いたたまれなくなった。


こういう時は一緒に笑ったほうがいいのか、そんなことないよと言ったほうがいいのか……返事に困った。


「別に。豆がついてもカッコ悪くないよ。だって豆腐屋さんなんだろ。」


そう、思ったことだけ素直に返した。


「あ、ありがとう。」


豆ノ介は少し驚いたように口を開けて、頬を赤く染めながら答えた。


「いや、別に。」


流生もなんだか恥ずかしくなって、ぶっきらぼうに前を見ながら答えた。


「君の名前は?」


「あ、俺は流生。流れるに、生きるでりゅうせい。」


「流生か。」


豆ノ介はそれだけ言って、小さくうなずいた。変な顔もしない。聞き返しもしない。ただ、


「いい名前だね。」


その一言だけ、微笑みながら返した。


「ありがとう。」


流生はまた、ぶっきらぼうにお礼を返した。先ほどからの気恥ずかしさが、まだ残っている。しかし、流生の胸の中の何かが、少しだけゆるんだ。


名前の漢字を言うと、今までは、こんなふうに言われることが多かった。


「めずらしい名前だね。流星じゃなくて、流生なんだ。」


しかし、流星ではなくて、流生なんだと、豆ノ介はただ受け入れてくれた。それだけのことが、今のままの自分をそのまま受け入れてもらえたような気がして、流生には嬉しかったのだ。


二人はホームの混雑の少ない辺りまで来て、立ち止まった。線路を流生が覗き込むと、暗闇の奥からは、丸い光がひとつ、だんだんと近づいてくる。


レモンイエローの車体に、チョコレート色の屋根。チン、チン、チンと音を鳴らしながら、丸みのある箱型の車両が、リベットをびっしり打ちつけた鉄の体でゆっくりとホームに滑り込んでくる。


前面の中央には、大きな丸いヘッドライトが一つだけ、じんわりとオレンジ色に光っていた。ヘッドライト下の窓には「0番線」と書かれた丸い文字が見える。


「こんなデザインの電車、初めて見た。」


流生が思わず口にした。


間違いなく古いデザインだけれど、ボロいわけじゃない。レトロとか何とか、おばさんが言ってたのは聞いたことがあるけれど……むしろ、妙にかっこいいと、流生は列車をじっと見つめる。


「そう? 0番線のデザインはずっとこれだよ。」


足元にある乗車口のマークを確認しながら、豆ノ介が答えた。プシューと空気の抜けるような音がホームに響き、電車が停車位置で止まった。ガラガラガラと、乱暴なほどの勢いで電車のドアが開く。


「乗るよ。」


豆ノ介は、さも当然というような顔で豆腐の箱を抱え直しながら、開いたドアから車内に入っていった。


流生はあわてて豆ノ介の後に続き、車内に入る。すると深い焦げ茶色の木の壁と、手すりを支える、五円玉のような渋い金色の金具が流生の目に飛び込んできた。それは流生が今までに見たことのない金属でできていて、ピカピカ光る代わりに、どこか温かみのある鈍い光を放っている。


よく見ると窓枠も、つり革がぶら下がっている棒も、くすんではいるがしっかりと磨かれ、古い宝箱の鍵みたいな、にぶい金色に光っていた。


左右を見渡すと、車内には、窓の外が見えやすいような四人がけのボックス席がいくつも並んでいる。流生と豆ノ介はなるべく空いていそうな端の方まで車内を移動し、丸々空いていた四人がけのボックス席を見つけた。


「ふー、やれやれ。」


豆ノ介が豆腐の入った木箱を、自分の座席の横に置いて、座席に腰かける。流生も真似をして、後に続く。座席はえんじ色の厚い高級な、ホテルのソファーに使われていそうな深い光沢のある布に包まれている。流生がそっと腰を下ろすと、バネがゆっくりと沈んで、体を優しく包み込んだ。


「うわぁ……。」


流生の口から思わず声がもれた。


妖怪が乗る乗り物って……めちゃくちゃ乗り心地がいい!


口には出さずに、感動を噛みしめる。


怖さはもちろん感じていたが、妖怪がどういうものか、流生には正直ピンときていない。先ほどまで経験したことも、今、目の前に広がっている世界も、どこか現実味がなかったのだ。しかし、とにかくこの列車の乗り心地の良さには、心を奪われた。やがてドアが閉まり、列車がゆっくりと動き出した。


席まで移動する間に流生がわかったのは、車内にはそこそこの人数の子どもたちが乗っていることだった。座席はちらほら空席もあるものの、ほとんど埋まっていた。しかし不思議なことに、エレベーターや駅にはいたはずの大人たちの姿は全く見当たらず、車内には子どもたちしか乗っていなかった。


「この車両、子どもばっかりだね。子ども専用車両?」


そんなものあるのか分からないが、流生は先ほど見た光景に答え合わせをするかのような気持ちで、たずねてみた。


「そう?」


豆ノ介がボックス席の椅子の背から少しだけ顔を出し、キョロキョロと車内を見回す。その様子はまるで、回転ずしレストランで、同じ小学校の子がいないか探す結人のようだった。流生はなつかしい気持ちになり、ふふっと笑った。


すると、車内を見回していた豆ノ介は座席に座り直しながら、流生に言う。


「子ども専用車両はないけど、もともとこの列車、学園に行く子しか基本は乗らないから。こんなもんじゃないかな。」


「大人は乗らないの?」


「僕んちみたいに配達とか、何かの都合でたまに乗る大人もいると思うけど、あまり乗ってる大人は見ないかな。」


「そうなんだ……。」


流生が煮え切らない返事をしたので、豆ノ介が小さな子供をなだめるような、やさしい口調で言った。


「もしも大人がいなくて不安だったら、上級生に言うといいよ。この車両は僕らと学年が近い子が多いみたいだけど、どこかに上級生が乗ってるはずだから。」


「あ、そういうことじゃないんだ。大丈夫、大丈夫!」


学園とは妖怪学園のことなんだろうと思いながら、流生は返事をした。心地の良い座席に身を完全に預けながら、先ほど歩きながら見た同じ車内の子たちを思い出す。


学ランに学生帽の子、セーラー服に学生帽の子、ランドセルを背負った子、大きな荷物を抱えた子。ぱっと見は、確かに自分と同じ年齢くらいの、普通の子どもに見えた。


でも……違う。


流生は身を隠すように、座席に深く腰かけ直す。すると窓に、豆ノ介の後ろのボックス席の様子が映っていた。友達と話しながら、楽しそうにお菓子を食べている女の子がいる。


しかし——舌が異常に長い。長い、というか舌を伸ばして、向かいに座っている友達が手に持っている袋から、そのまま舌でお菓子をとっている。


「ちょっと! 食べ過ぎないでよ。」


「このぐらい、いいじゃん。そっちが自分の方に持ってくからでしょ。」


でも、会話の内容を聞いていると、流生と結人と何ら変わらない。


ふと視線を感じて、流生が頭の上の網目になっている荷物棚を見上げた。誰かの学生帽が置いてあった。そして、その下で、何かがもぞもぞ動いている。身構えて目を凝らすと、学生帽の中に光る目のようなものが見えた。


流生はあわてて、視線をそらす。


そのまま視線を横に動かすと、通路をはさんだ、斜め前の男の子が見えた。普通に見たら、向かいの友人とふざけ合う小学生にしか見えない。だが、笑った時に「ゲロッ」と鳴くのを、流生は聞き逃さなかった。それと同時に、男の子の皮膚がカエルのようにツヤツヤして、瞳の真ん中が横に細くなった。


気のせいかもしれないが、気のせいじゃない。


「みんな……妖怪なの?」


流生が小声で聞くと、豆ノ介は少し考えてから、流生に顔を近づけて答えた。


「妖怪の子もいるし、半妖の子もいる。人間界と妖怪の世界を行き来する家の子もいるよ。人間の姿になれる子が多いから。」


「ただの人間は?」


その質問に、豆ノ介はさらに小声で答える。


「珍しい。すごく珍しい。妖怪学園に人間が入学するのは百年に一人くらいって、噂で聞いたことがある。だけど、実は僕もよく分からないんだ。君は……」


豆ノ介が意を決したように、流生にたずねた。


「さっきの通行銭を見て、気になってたんだけど……流生は、人間なの?」


流生の心臓が、ドキンと強く跳ねた。


もしもただの人間だと言ったら、どうなるんだろう……


なんと言うべきなのか、答えを探すように流生は窓の外を見た。暗い地下のトンネルを照らす灯りが、ものすごいスピードで後ろへ後ろへと流れていく。その時だった。


ゴロゴロゴロ。


列車の窓の外から、地響きのような低い音が鳴り始める。何かが、列車にどんどん近づいてくるようだった。


「な、何?」


流生は窓に顔を近づけて、暗闇に目をこらす。車輪のようなものが列車に並走するように走っているのが見えた。

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