うさぎ酒場
「にいちゃん、大丈夫か? そないビックリしたか? 気付けにどうや」
鈴子は氷の入ったグラスを手渡す。
薄い黄金色の液体……梅の香り。
「あ、どうも。いただきます……あ、おいしい」
高アルコールの梅酒は上質の味。
口に含めば、気分が良くなった。
動物霊園事務所の中。
聖はソファに。
鈴子が目の前に。
ゴールドに茶色の細ストライブのパンツスーツ。
いつもながらに派手。
脱いだ<ウサギの着ぐるみ>がテーブルの上に。
透明ポリ袋に入れて置かれている。
……やっぱコレ、気味が悪い
聖は、禍々しい邪気を感じていた。
「ウワン、ウウ、」
「わん、わん、わん、」
外からシロとトラの吠え声。
ややこしいから柵に戻されたらしい。
その事が不満で吠えているのか?
にしても、吠えすぎている。
「セイさん、焼いて墓に埋めて欲しいと男の人が持ってきたんです」
(受付カウンターに立っている)悠斗が言う。
男?
なんで動物霊園に?
着ぐるみに墓?
どうして……?
複数の疑問が湧く。
何から聞いていいのか。
まずは、
「どうして社長は、ソレを着てたんですか?」
「にいちゃん、自分でも、よお分からんねん。何となく、やな」
鈴子はしれっと答えた。
「何となく……でもね、社長、『水色のウサギ』ですよ」
着ぐるみを、動物霊園に持ち込むなんて、それだけでも異常でしょ?
しかも、あの<ウサギ男>まんま、ですよね。
怪談師殺しのモノかも知れないんですよ。
すぐに警察に通報すべき、ですよね。
被害者の血が付いてるかも、知れないのに、
鈴子は、聖の問いには答えずに
「ウサギ男やて。なあ、知ってる?」
悠斗に聞いた。
「すぐ調べます」
悠斗は携帯電話で検索。
「社長、これです。怪談師が配信中に刺し殺されて……」
事件記事を鈴子に見せる。
「へえ。喋ったら死ぬ話をして殺されたんか。けったいな事件やなあ」
「『ウサギ男』、着ぐるみは水色みたいですよ」
なんと
鈴子も悠斗も<ウサギ男事件>を知ってはいなかった。
「にいちゃん、カオルさんに知らせるんやろ?……ゴメンって言うといてな」
鈴子は事件のあらましを知り、バツが悪そう。
「セイさん。自分が1人で対応しました。事情は詮索していません。今までにも人形やぬいぐるみを持ち込まれたケースはあります。マニュアル通り人形供養の寺などを勧めました。しかし、どうしても墓にと言われて、料金は現金前払いです。もちろん申込書に記入は頂いています」
悠斗は、事務的に説明する。
「申込書も撮らせてもらってカオルに送ります」
依頼主の素性は警察ならすぐに分かる。
着ぐるみのパーツごと写真と一緒にカオルに画像を送った。
直ぐに既読になり
10分後に
(今から暑を出る。霊園事務所に回収に行く)と返信。
アニー殺害の動画に写り込んでいたモノなのか。
テーブルの上の着ぐるみに、皆の視線が集まる。
水色の着ぐるみはところどころ色あせて灰色。
よく見れば血痕のような汚れもあった。
自分の頭に浮かんできたのと、何故同じなのか?
聖はソレが怖い。
怖いから、なぜなのかと考えずにはいられない。
わからない。
考えても、考えても分からぬ問いに、
鈴子が
あっさり答えをくれた。
「これは『うさぎ酒場』の『うさぶろう』やな」
と。
「うさぶろう、ですか?」
不気味なウサギは、固有名詞があった。
頭に浮かんだのは、実際に見たから?
「社長、『うさぎ酒場』って、昔、ミナミ(大阪の繁華街)にあった4階建ての居酒屋ですね」
悠斗は、噂を聞いたことがあると言った。
顔つきから良い噂では無さそう。
「そうやで。3年しか続かんかったけど。ようけ金かけて宣伝したのにな。関西局でコマーシャル流してたんやで。『うさぶろう』が店の外階段を千鳥足で降りてくるねん……月並みでは無いからな、不気味やと、評判にはなったな」
(あ、それだ。俺、そのコマーシャルを見たんだ)
聖は腑に落ちた。
頭に浮かんだ気味の悪いウサギは、空想では無く記憶だった。
子供の頃に実際見ていたのだ。
<ウサギ男>の着ぐるみは、この<うさぶろう>なのか?
<うさぎ酒場>から辿れば犯人が分かるのでは?
「にいちゃん、それはどうやろ。閉業して20年も経ってるから。『うさぶろう』は3年の間は、ずーっと店の前に立ってたけどな」
11時から24時まで営業中は店の前に居た。
おどけた身振りで動く看板の役目を果たしていた。
ポケットティッシュや割引券を配っていた。
時には酔っ払いに絡まれたり、こどもに蹴られたり……
「長時間労働で立ちっぱなし?……キツい仕事ですね」
聖はシフト制だったかと思った。
「1人やで。一番の役立たずに『うさぶろう』させてると、店長は言うてたな」
嫌な事を思い出したのか、鈴子は眉をひそめた。
「役立たず、ですか……辞めさせる為に、キツい仕事を振ったってコトですか」
自主退職させるための常套手段かも。
「違うで。事情があって辞められない人を、選んでた。皆、泣く泣く『うさぶろう』になったんやで」
「皆?……『うさぶろう』は何人もいたんですか?」
「うん……」
鈴子は口ごもる。
「セイさん、自分が聞いた話では、4人ですね」
悠斗が話を引き継いだ。
「外階段から転落して1人死にました、酔っ払いに川に投げ込まれて溺死が1人。熱中症で救急車で運ばれたが手遅れだったのが3人目。あと1人は……」
なにやら怖い話をスラスラと……。
ブラックジョーク?
「4人目は老人で心不全でしたね」
(ひいいーーつ)
聖は
妙な金属音を聞いた。
どうやら自分の口から漏れたようだと、
気付いて恥ずかしい。
「兄ちゃん、えげつない話やろ」
「あ、は、はい……」
怖すぎる。
そんなんで『うさぎ酒場』はすぐ潰れたのか?
「しやで(そうだ)。さすがに4人も死んだらゲンが悪い。人も引く。……まだ続きがあるんや。こわいで。聞きたいか?」
鈴子はタバコに火を付けた。
「は、はい。聞きます」
こわいけど、聞かずにおられない。
「恐ろしいのは後日談や。職を失った店長がな、おかしなって、2年くらい後に、無理心中したんやで。嫁と2人の子を刺し殺して、自分も死んだ……因果応酬や、『うさぶろう』の祟りやと、ミナミでは密かに語り継がれてるんや」
嫁と子供2人殺した……一家4人無理心中?
20年前に店が潰れて、その2年後なら18年前。
エスターが<ウサギ男>を見たのと同じ頃ではないか。
キミ子が住んでいた団地の、無理心中事件と……もしや同じ話?
だったらどうなる?
一瞬、これで繋がった気がした。
しかし何と何が繋がるのか、見えてこない。
「社長、今の話も、カオルに伝えます」
(着ぐるみは『うさぶろう』だと山田社長から聞いた。
ミナミにあった『ウサギ酒場』の客寄せらしい。
元店長は、妻と子2人を道連れに無理心中で死去)
結月薫に、ラインを送った。




